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全権限

彼等は討伐隊。彼女は最高権力者の一人。




 制御室から悲鳴が聞こえて直ぐに扉へ駆け寄るが、窓から覗く光景を目にしたフェンネルはノブに手を掛けたローズマリーを止め、彼女の肩を押して扉から離した。


「なんで、こんな所に……!」

「な、何だ。どうなってる?」

「二足小型が二体、四足小型が一体。死傷者多数、生存者不明」

「は!?」


 フェンネルは持っていたライフルを背負っていたショットガンと入れ替え、入れていた弾薬を全て抜いて色の違うショットシェルを入れ直した。一度ポンプを引いて薬室に送り込み、予備の弾薬を腰のホルダーに嵌め込むと扉の前で待機し機会を伺う。

 ローズマリーが中を覗き込もうと窓に近付いた瞬間、飛んできた何かが窓にぶつかり、彼女は驚いて一歩退いた。

 半分が赤く色塗られてしまった窓に、ローズマリーは言葉を失い、視界が悪くなった事でフェンネルは舌を打つ。

 既に、悲鳴は聞こえなくなっていた。


「そんな……どうして」

「邪魔になるから、リンデンの側で待ってろ」

「……ちょっと待て。何か無茶な事考えてないよな?」

「良いと言うまで入るなよ」

「こら、フェノン!」


 大きく息を吸い、ノブを回して扉を押し開いたフェンネルはショットガンを四足小型の前足へ向けて撃ち放った。扉が閉まってしまえば、外からは様子が殆ど見えない。


「ユズ君も出ないし……んもー!」


 ローズマリーは急いでリンデンの元へ駆け寄り、肩を揺すって名を呼んだ。

 一方で、中ではフェンネルが息を止めたまま制御室を奥へ進み、二足小型の両膝、そして四足小型の目を撃ち抜く。ホルダーから四本のシェルを一度に抜いてショットガンの薬室に送り込み、今度は頭をそれぞれ破壊していく。頭部に核がある二足小型は、ゆっくりと床に倒れ込んで黒い靄を四散させた。

 息が続かず、急いで裾を引き出してマスク代わりに口を覆う。その隙を突かれたフェンネルは視界の端に四足小型を確認し、飛び掛かってこようとする相手に急いで銃口を向けた。

 瞬間、引き金が固く動かない事に気付く。


「っ!」


 咄嗟に横に避け、相手は壁に激突して床に落ちる。飛び掛かってきた四足小型は、復活しない前足を床に擦り付けながら後ろ足のみで這い擦っていた。

 なんという執着……執念とも言えるだろうか。首の反動で身体を持ち上げ、後ろ足で跳ね上がる様な移動を繰り返す間に、フェンネルはショットガンを置いてライフルを肩から下ろした。

 相手がこちらを向き、こちらも裾越しに息を吸う。ライフルのボルトを引き動かした時、『モルス』の背後に近付くその影に気付いた。

 四足小型の核は、四足動物でいう心臓の辺りに位置する。背中から核目掛けて剣を突き立て、核を砕いたのは己が失神させた筈のリンデンだった。


「大丈夫!?」


 砕けて散りゆく『モルス』から剣を抜き、リンデンは眉を下げてフェンネルに問う。息を切らし、気付けば尻餅を付いて座り込んでいた彼は「うるせぇ」と叫び返した。



「……だ、大丈夫に決まってんだろうが! お前が手を出さなくても俺一人で倒せてたわ、ふざけんな阿呆が!」

「えー? だってマリーさんが『フェンネルが危ない』って叫んでたから……」

「俺が起こすっつったんだからテメェは起きてくんなよ何勝手に起きてきてんだ」

「理不尽ー。でも元気そうで良かった」

「……こっちの台詞だ、グズめ」

「えへへ」


 手を差し伸べたリンデンに応え、フェンネルは引き上げてもらい立ち上がる。


「……お前、何があったんだ」

「何が?」

「あ?」


 先程が嘘のように普段と変わりないリンデンに、フェンネルは思わず片眉を上げる。しかしその時、廊下から制御室に入ってきたローズマリーの「やっと出た!」という声に二人は同時に振り向いた。


「ユズ君、制御室が大変な事に……!」

《こっちも大惨事だ。死者多数、今から戦闘に入る》

「!」

「な、何だって……!?」


 愕然とするローズマリーを見た二人は互いに頷き合い、フェンネルは制御室のパソコンから見取り図のコードをリストベルに入れ、リンデンは大画面に表示されている配電地図と避難経路、通気口などを凝視して回る。


《シャッターを開けるなら、出来る限りの武器を持って来い。『モルス』は減らしとくが、十分以内にシャッターを開けられないなら生存者は諦めてくれ》

「おい、ユズ君! 待ってくれ、まだ切るな! おい!」


 それ以上の応答は無く、ローズマリーはリストベルの時刻を確認する。


「十分、だって……!?」

「十分ってのは、恐らくユズさんの体力が持つかも知れない目安だ。負傷してる可能性がある」


 下唇を噛むローズマリーに、フェンネルは「こっち来い」と手招いて船長をパソコンの前に呼ぶ。


「リンデン、シャッター前まで何分で着く?」

「走って五十秒!」

「上等。ローズはどんな手を使ってでも、五十秒後にシャッターが開けられるようにしとけ」

「……わかった」

「駄目だ!!」

「!」


 彼女が頷くと同時に、どこからか響いた声。気配を見つけたリンデンが屈むと、デスクの下に隠れていたオリヴェール族の男性が蹲って震えていた。

 同じ様に覗き込んだフェンネルは眉間に皺を寄せ、ローズマリーは「うわっ!」と驚いた声を出した。


「ビックリした……気付かず、すまない。ここの者か?」

「シャッターは開けるなっ! 化け物共が出てくるだろ!!」

「しかし……」

「誰?」

「今調べる」


 頭を抱え、震えている男性の胸ポケットに付けられたID証を手に取ったフェンネルは、その階級に思わず溜め息を吐く。


「おいおい……テメェ『二佐』かよ。総合管理担当がこのザマか」

「偉い人?」

「ここの責任者だ」


 ID証をローズマリーに渡し、フェンネルはリンデンに声を掛けて移動を始めようとする。その瞬間、デスクの下から飛び出した男は、咄嗟に避けたローズマリーの腰元にしがみ付いてきた。

 一瞬で殺気立った『息子』達に手を翳して制し、自力で逃れようとローズマリーは説得を試みる。


「私達は討伐隊だ、対処には慣れてるから……」

「シャッターは開けるな!! 奴等を放出してはいけない!!」

「取り敢えず、離してくれ。もう『モルス』が襲ってくる事はない」

「『餌』はまだ居るんだから、応援が来るまで閉じ込めておくんだ!! 私は死にたくないんだ!!」


 その言葉に、ローズマリーは顔を険しくする。


「……私の『家族』が、たった独りで戦っているんだぞ……!?」

「知った事か!! シャッターを開けるなら殺してやる!!」


 ローズマリーの背後から、フェンネルが男性の額を押して間に入り、強く引き剥がす。まるで人間とは思えぬ力に悪態を吐いた時、男性の後ろから近付いてきたリンデンが男性の後頭部を剣の柄で「ふんっ!」と殴り付けた。

 脳震盪を起こした男性は視線を上に向け、血濡れた床にばったりと倒れ込む。

 二人の視線を受けたリンデンは両手を挙げて首を横に振った。


「……殺してないよ?」

「いや……今は助かった。ありがとう、リン」

「早く行こう、ユズさんが待ってる」


 汗の滲んだ額を触った手をリンデンの背中でしっかり拭き取ったフェンネルは、訝しげな顔を向ける『弟』を無視して制御室を後にする。


「リン、ユズ君を頼んだぞ」

「うん。任せて」


 フェンネルに続いてリンデンも廊下へと出ていき、窓の一つを開けて柵に足を掛けると迷う事無く下へと飛び降りた。

 二人を見送ったローズマリーは、パソコンへ向けて制御パネルを操作する。


〚権限がありません。書き換え用コードを入力し、登録掌紋を提示して下さい〛

「……面倒臭いなぁ」


 この手は使いたくなかったが。

 ローズマリーは画面の一番右上にある赤いバツ印にカーソルを合わせ、右クリックで『緊急時音声照合』のボタンを押した。


〚緊急時音声照合を行います。ID番号と登録名をどうぞ〛

「九、一、二。ローゼス=メアリ・オブシディアンだ」


 マイクに向けて名乗ると読み込みが始まる。再起動が丁度終わったタイミングで、リストベルにリンデンの声が「着いたよ」と流れた。


〚ようこそ、オブシディアン陛下。只今より二十四時間、あなたに施設内全ての権限が与えられます〛


 ローズマリーは素早い動きでユズリハの居る大型建造施設メインシャッターの開閉ボタンをクリックする。

 マイクの音声を全館に設定し、叫んだ。


「造船ドックのシャッターを開放した! 近くの一般作業員は直ちに避難しろ! ドック内の者はもう少しだけ頑張れ!」


 今、助けに行くからな!

 施設内に向けて叫ばれた声は、中にいた者達にもはっきりと届いていた。



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