ラウリ族
何かが、違う。
※
数分前、全員が使う一通りの武器を背負ったリンデンが三人に合流した。その手には、一番大きなユズリハの斧が握られている。
「造船ドック、立入禁止だって。シャッター開けてくれなかったよ……」
少ししょんぼりした様子で俯くリンデンの話に、フェンネルは「だろうな」と溜め息を吐く。
「だから『寄るだけ無駄だ』っつっただろ」
「思い切ってシャッターぶち破っちゃおうかな、とも思ったけどさ。何か人の気配がスゴくて、攻撃できなかった」
「恐らく、ユズ君がシャッターの前に皆を避難させてるんだ。『ライカン』が居るのは造船ドックの奥だな」
「どうする? 私は何をすれば良い? 早くしないと、ユズリハが怪我をしてしまうぞ」
「んー……」
シャッターを開けるには、制御室から管理者へ、そして責任者へと順に命令の更新と指示を出してもらわねばならない。表向き、一介の三尉でしかないローズマリーにその様な権限はなく、最終手段として、造船ドックへ向かい『討伐隊』として強行突破した方が格段と早い。
だが、作業員や他の隊士達が、どこまで自分達を信用してくれるか……ローズマリーが顔を上げた直後、ふと、どこからか地響きのような低い音が建物内に振動した。
「何だ?」
「汽笛……か?」
フェンネルと顔を見合わせ、辺りを警戒し始めた瞬間だった。
「わああぁぁぁぁ!!」
「っ!?」
頭を抑え、突然叫び出したクミンに戦慄する。
「クミン!?」
しゃがみ込み、廊下に倒れ込んでのたうち回るクミンは、泣き叫びながら「やめて」「ごめんなさい」と悲痛な言葉を繰り返している。
ローズマリーが慌てて駆け寄り名を呼ぶが、彼女の耳には届かないようだった。
「しっかりしろ、クミン!」
「何なんだよ……」
不安に思ったフェンネルがリンデンを見る、すると彼も同様に右手で頭を押さえ、痛みを耐えるような表情で歯を食い縛っていた。
「……リンデン?」
「っフェンネル、クミンを気絶させて!」
「なっ……はぁ!?」
「この音を最後まで聞いちゃ駄目だ、早く気絶させて!!」
フェンネルがローズマリーを見て、視線が合った彼女は戸惑った様子で頷く。ローズマリーは右側のウエストポーチから、護身用で常備している小型のスタンロッドを取り出すと、電源を入れて起動、キャップを取ってクミンの左脇腹に押し当てた。
「ごめんなクミン、ちょっと痛いぞ」
「っ!!」
バチ、という激しい電撃音と共にクミンの身体が跳ね、彼女は暴れるのを止めて大人しくなる。
「息は?」
「……大丈夫。本当に、気を失っただけだ」
クミンのバイタルが安定している事を確認し、ローズマリーは胸を撫で下ろした。
「どういう事なんだ……なぁリン、お前は何が起きてるのか知ってるのか?」
「わ、分かんないけど……ぐうぅ……っ!」
「一回座れ。息は止めるな、深呼吸しろ」
フェンネルに支えられ、倒れ込まないようにリンデンは膝を着く。フェンネルに背負った武器を降ろしてもらい、一度大きく息を吸って吐き出し、また息を吸うと早口で言葉を並べていく。
今ある情報を、意識がある内に二人へ伝えるためだ。
「ずっと誰かに呼ばれてる……言葉じゃない『何か』で全身に命令されてる、みたいな……!」
「命令? 誰に?」
「分かんない……でもずっと、俺は知ってる。知ってる相手だけど分かんない……は、早く逃げなきゃ、皆殺されちゃうよ……!!」
「!」
息も絶え絶えのリンデンは、「頭の中で、『全部消せ』って言ってる」と訴えた。
「支配する声だ……俺は、『俺達』は、こいつに支配されてた……!」
「え?」
「こいつの、せいで……!!」
「……?」
聞いていた二人が顔を見合わせ顔を顰めた瞬間、リンデンは先程のクミンのように大きく声を上げて叫び出す。どうしたら、とローズマリーが迷いながらもスタンロッドを構えるが、フェンネルが制止し、リンデンを背中から抱え込んだ。
「コイツに『それ』は効かなかっただろ」
「でも……!」
「……リンデン、後で起こしてやるからな」
耳元に囁き、リンデンの首に腕を回す。両腕で頭部を固定してから十三秒、リンデンも力無くフェンネルの胸に身体を預けてきた。
「……絞め落としたのか」
ローズマリーは立ち上がって覗き込んだ。
リンデンは過去に『暴走』を起こしているため、船員達は『もしもの時の対処法』を共有している。
不測の事態には、大元の原因であるリンデンを失神させる、という少々乱暴な方法に決定はしていたのだが。
「これは試してなかった。上手くいって良かったよ」
「んもー……危ない遊びはするなと言ってるのに」
ローズマリーはユズリハに連絡を取るため、リストベルの画面を見下ろす。通信要請を始めて数秒、フェンネルがリンデンとクミンを廊下の曲がり角へと移動させても、ユズリハは未だ要請に応答しない。
「どうしたんだ……ユズ君、通信に応えてくれ……!」
「……そろそろ『ライカン』が目覚める頃だ。取込み中の可能性がある」
全ての銃に弾薬を補填しながら、フェンネルはリストベルの時刻を確認する。ローズマリーも「急がないと」と制御室へ顔を向けた瞬間、その廊下の奥から幾つもの悲鳴が廊下に響き渡った。
※
ユズリハが目を覚ますと、リストベルから通信要請のブザーが等間隔で鳴り響いている。施設内には悲鳴が木霊し、逃げ惑う声や叫び声も遠くに聞こえていた。
頭に鈍痛を感じ、後頭部を押さえながら身体を起こす。『ライカン』が発した叫び声に衝撃波が生じ、その勢いに吹き飛ばされた彼は壁に打ち付けられた事で暫く意識を飛ばしてしまっていたらしい。
最後に確認した時刻から、五分程が経っている。最初に『ライカン』が倒れていた場所に、その姿は無い。
ユズリハは辺りを見回し、ふと目に入ったその光景に言葉を失った。
「……嘘だろ……!」
シャッターの近くに見えたのは、四足小型の『モルス』だった。それも四体、締め切られた空間で、そこに存在する筈の無いものに思わず絶句した。
一体、どこから。ユズリハは、既に死者も出ているらしいその方向へ、大きく叫んだ。
「全員、この『船』へ避難だ!! 船の中へ避難しろ!!」
造船中の飛行船を指差し、ユズリハは叫ぶ。パニックの中、彼の声を聞いた者は戸惑いながらも施設の中心へ向かい、一人、また一人と協力して船の中へと入っていく。
「ガスマスクは外さず、耳を塞いで身を屈めてろ! 人間が入ってくるまで、絶対に出てくるな!!」
「ユズリハさん!」
駆け寄ってきた見知った顔に、ユズリハは顔を綻ばせて「生きてたか」と彼の背を叩く。
「作業員の方の何人かが、突然化け物に変わってしまったんです! どんどん人を襲い始めて……!」
「……わかった。船の中で、皆がパニックを起こさないように声掛けを頼む。全員が入ったら静かに助けを待て」
「でも、ユズリハさんは……!?」
「俺はこっちが『本業』だと言っただろ。仕事に戻る」
「ユズリハさん!」
「手伝おうなどと思うなよ、『子守り』は勘弁だ!」
足手纏いだ、と言われるも、彼の優しさを無下にしないために、下唇を噛み締めたケヤキは船の中へ作業員を誘導し始める。
逃げる作業員達を庇い、囮になりながら『モルス』を引き付けるユズリハは逃げ損ねた者も探しながら、無人となったシャッター前を走り回った。
途中、施設をゆっくりと徘徊しながら、誰かの腕を食らう『ライカン』の姿を見つける。まるでそれは、さながら『モルス』を従える『支配者』のようだ。
作業員の方の何人かが、突然化け物に変わってしまったんです!
「………………」
どういう事なのか。『モルス』が自然発生したとでも言うのか。
……否。まさか、人間が『モルス』に変えられた?
あの、『ライカン』が変えた? そもそも、人間が『モルス』の瘴気に汚染されたものが『ライカン』ではないのか?
人間が、『モルス』に?……なら、自分達が今まで倒してきたものは?
「……冗談じゃない」
生き残った全員の避難を確認したユズリハは立ち止まる。今度は柄の長いバールを手に取り、足元に倒れるラウリ族の作業員の側に屈んだ。
抉られた腹にバールを摺り付け、紫にも近い液体に塗れた鉄の棒を軽々と構える。
恐らく、これはローズマリーも知らないだろう。ラウリ族は毒や瘴気に強いだけではない。彼等の血液は、微弱ながら『キュア』に近い効果があるのだ。
「……悪いな。一緒に戦ってくれ」
倒れている彼からは当然返事は無い。ユズリハはリストベルの通信要請を受け、ローズマリーに繋いだ。
《やっと出た! ユズ君、制御室が大変な事に……!》
「こっちも大惨事だ。死者多数、今から戦闘に入る」
《な、何だって……!?》
「シャッターを開けるなら、出来る限りの武器を持って来い。『モルス』は減らしとくが、十分以内にシャッターを開けられないなら生存者は諦めてくれ」
《おい、ユズ君! 待っ》
通信を切り、深く息を吐く。刹那、地面を蹴ったユズリハは、『モルス』の核を抉り出すためにその口目掛けて先を突き立てた。
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