ケヤキ
善良と悪厄。
※
ユズリハから連絡を貰って、早五分が経過した。
ローズマリーの指示でリンデンが斧を取りに『チャーチグリム』に戻っている間、フェンネルとクミンを連れて制御室へと走る。
しかしその途中、廊下を堰き止めていた二人の隊士に呼び止められ、彼女は「通してくれ」と懸命に説得する。
「頼む、人命が掛かってるんだ! 責任者に会わせてくれ!」
「駄目だ。三人共、早く避難しなさい。さっきの警報を聞いていないのか?」
「聞いたから制御室に行きたいんだ! じゃあ、会わせなくていいから造船ドックのメインシャッターを開けてくれ!」
「で……出来るわけ無いだろう。……言ってはいけない事だが、造船ドックで『ライカン』が発生したんだ、外部への被害を防ぐためにも開けられないんだ」
「私達は『討伐隊』だぞ!? 一般作業員を巻き込まないために避難させたいんだ!」
「無理だと言っているだろう」
「んじゃあ、もう避難は良いから私達を造船ドックに入れてくれ!」
「『開けられない』と言っているんだ、家族が居るのかも知れないが、諦めなさい」
「んがああぁぁ!」
話が通じず、ローズマリーは呆れ返る隊士の前で頭を抱えて天を仰ぐ。
「阿呆め」
「黙らっしゃい!」
同様に呆れているフェンネルの背後で、小さく「失神させるか?」と呟いたクミンにローズマリーは「そういう事言わないの!」と制止を掛ける。
変な三人だ。隊士達は顔を見合わせ、首を振って嘲笑を浮かべた。
「……やっぱり失神させよう」
「駄目だって。クミン、待ちなさい」
「おいお前等、英雄になりたくはねぇか?」
「?」
突然、二人の隊士に問い掛けたフェンネルにローズマリーとクミンは目を丸くして様子を見る。
「な……何だ、君は」
「討伐船『チャーチグリム号』副船長で上級曹長のメノウだ。お前等『一士』が逆らえる相手じゃねぇ。分かるな?」
「……冗談だろ?」
「だったらナンバー照合してみろよ。身分確認は常識だろうが」
フェンネルは首に掛けたID証を突き付ける。隊士は持っていた端末でバーコードを読み取ると、表記された文面に視線を合わせ、たじろぎ始める。
「か……確認出来ました。大変、失礼致しました……」
「テメェ等は命令に従っただけで悪くねぇ。文句なら『IDは信用できん』とか抜かして持ち歩かない阿呆に言え」
行くぞ、と後ろの少女達に声を掛け、三人は頭を下げる隊士達の横を通り過ぎる。
「ローズマリーは、フェンネルが持っているようなカードを持っていないのか?」
「阿呆なんだよ」
「いやいや私は別にIDが信用できないと言うより前に階級証を落とした時に私を名乗る輩が出てきて大変な目に遭ってしまって持ち歩かなくなっただけで番号も覚えてるし証明する方法は幾らでも存在する事はわかって貰えたらと思ってるんだが全てを機械頼りにするから私のような困った事になったりする者も……」
去り際、謝罪の意を込めてこちらに手を合わせながら、言い訳を捲し立てていったオリヴェール族の『少女』。隊士達はやはり、彼等に対し『変な三人だ』という感想だけを覚えたのだった。
※
広い施設内に、三度目の打撃音が轟く。
再生速度は時間が経つ毎に少しずつ早くなっており、首が無い状態から下顎が完成するまで、二分も掛からなくなっている。
ユズリハはハンマーを肩に乗せ、リストベルを確認する。最初に頭を潰してから、九分が経過していた。
「あの……失礼します」
「!」
振り返れば、そこに立っていたのは売店を展開していた店員だった。
自分と同じラウリ族で、いかにも優しそうなその青年は、一つの包みをこちらに差し出す。見覚えのあるバンダナ、ユズリハが持ってきていた弁当だった。
「はは、忘れてたよ」
苦笑しながら受け取ったユズリハに、青年は一本のボトルを一緒に差し出す。
「お茶です。良かったら、一緒にどうぞ」
「悪いが、財布を『船』の中に置いてきてるんだ。後で忘れてたら困るから……」
「いいえ、これは差し上げます。貴方一人が、危険な役を買って出て下さってるんですから」
「実際、『こっち』が本業なんだ。礼には及ばないよ」
「それでも、皆さん感謝してますよ」
青年がシャッターの方へ指を差せば、少々遅れた昼食を摂る作業員達が笑顔で話し合っている。中には不安そうな者を慰めたり、互いに元気付け合ったりする者もいて、其々が緊迫した状況を乗り切ろうと頑張っている姿があった。
「……どうか、貴方もお昼を召し上がって下さい。僕が変わります」
「いやいや、それは危険過ぎるから止めておこう」
すぐに断れば、青年は「しかし」と食い下がろうとする。だが、やはり仕事も体格も違う事を理解しているのか、少し落ち込んだ様子で俯き「すみません」と呟いた。
何か、力になりたい。そんな気持ちを感じ、ユズリハはハンマーを降ろして苦笑する。
「……だが、頭の形が出来上がっていく速度を見張っててくれるなら、余裕は出来るかな」
「本当ですか?」
青年は、明るい表情で顔を上げた。
「目安はありますか?」
「下顎の歯が形成され始めたら教えてくれ」
「分かりました。任せて下さい」
見番を変わってもらい、ユズリハは側のベンチに腰を下ろす。弁当を広げて蓋を開ければ、油紙に包まれた少々大きめの握り飯が三つ入っている。
油紙を剥いて大口で頬張れば、やっと一息つけた気がした。
「……アンタ、歳は?」
ユズリハが、青年背中に向けて問う。彼は振り返り、「歳ですか?」とはにかんだ。
「三十二です」
「ほぼ同年代だな。俺も似たようなモンだ」
「あの……こういう時って、先に名前を聞くものでは?」
「ケヤキ・コーラルだろ」
「ご存知だったんですか? 何故?」
「……さっき、売店の責任者に名前があったからな」
「ああ、成る程。覚えてくださるとは思いもしませんでした」
青年、ケヤキは照れ臭そうに礼を言う。ユズリハは少し視線を下げ、握り飯を頬張った。
「討伐船に乗ってらっしゃるんですね」
「聞いてたのか」
「恥ずかしながら、詳しい事は先程聞いたばかりで……『チャーチグリム号』」
「貴方の名前を、お伺いしても?」
「……俺はただの乗組員だ。名乗る程の者じゃない」
「でも、僕の名前を覚えて下さいました。僕も知りたいと思うのは自然でしょう?」
そこで、ケヤキが『ライカン』を指差し「そろそろです」と促す。弁当箱を脇に置いて、ハンマーを持ったユズリハは四度目の打撃音を響かせる。
「……ユズリハ」
「ユズリハさん、ですか。古風で美しい名前ですね」
「でもない」
「実はもうすぐ、子供が生まれるんですが」
「そうか」
「男の子だったら、『ユズリハ』と名付けようかな」
「あぁ? それは絶対止めてくれ、頼むから」
「おや、何故?」
「大事な子供が、俺みたいな『ろくでなし』になったら困る」
もう一打、首へとハンマーを振り下ろす。床の鉄板に当たったのか、高い金属音が響いてユズリハは眉間に皺を寄せた。
「そんな事……」
「まぁ俺の事はいいんだ。アンタは? 自分の店は見てなくてもいいのか?」
「店仕舞いはしてますし、日持ちしない分は希望する方にお譲りしました。ラウリ族は、この怪物の毒には強いのでしょう? 何か力になりたいんです」
「気持ちは有り難いが……」
その時、低く響く角笛のような音が『ライカン』の首、喉の辺りから響き始める。側にいた二人は肩を飛び上がらせるが、しかし、直ぐ様ハンマーを構えたユズリハがその喉を叩き潰した。
だが黒い靄は少し散っただけですぐに集まり、再び低い音が鳴り始めてしまう。
楽器、というには、あまりにも一定で、例えるなら離陸時に注意として鳴らす汽笛だろうか。
「ユズリハさん、これは……?」
「……俺にもサッパリだが、良い予感はしないな」
肺、鳩尾、腹など、身体から空気が出そうな箇所を潰しても、五秒と経たず音は鳴る。その瞬間、ユズリハは「しまった」と叫んだ。
最初に頭を叩き削いでから、二十分が過ぎようとしている。攻撃に慣れた『ライカン』が復活しても不思議ではない。彼はケヤキに振り向いて叫んだ。
「ケヤキ、急いでシャッターの所に戻れ!」
「えっ……」
「皆にガスマスクを付けさせろ、全員可能な限り壁際に寄るよう指示するんだ、急げ!!」
「は、はいっ!」
ケヤキが走り出し、ユズリハが地面を蹴る。穴を開ける勢いでハンマーを振り下ろすが、刹那、腕を上げた『ライカン』はハンマーを骨に食い込ませて防いでみせた。
首が無いまま、上体を起こす。足で相手の肩を踏み付けてハンマーを抜いたユズリハは、身体を回転させて今度は後ろから振り抜こうと叩き入れた。
しかし。
「……なんて、こった……っ!」
ハンマーの柄を掴まれ、完全に攻撃を封じられる。瞬く間に組み上がっていく下顎はゆっくりと上を向き、完全に再生を終わらせた『ライカン』は天に向かって巨大な咆哮を上げた。
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