警報
最善≠救命
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狭く暗い暗がりの中、昼休憩を知らせるチャイムが響く。
「昼、か……」
大型建造施設内で溶接作業をしていたユズリハが、ガスを止めて大型船の下から出てくる。ここで仕事をしている専門職の者や、ユズリハのように臨時派遣で来ていた者も、チャイムを聞いて少しずつ休憩所へと集まり始めている。
「ダイオプテーズさんよ」
ふと、初老の男性が後ろから声を掛けてきて隣に並ぶ。ユズリハと共に作業をしていた、ヴァルテッリ族の船大工主任だ。
ユズリハは肩に掛けたタオルで汗を拭きながら「どうも」と笑顔で挨拶を返した。
「お疲れ様ですね」
「今日は木曜だから、売店が出入り口に来てるぞ。君はどうするね?」
「俺は弁当があるんで。お誘い感謝します」
「おや、愛妻弁当かい?」
それを聞いたユズリハは「まさか」と苦笑を浮かべた。
「ウチの調理担当は自分なんで」
「アンタも料理をするのか。ここへ来ている売店も、ラウリ族の店なんだ」
「そうなんですね」
「彼等の作る飯は本当に美味い。ウチのカミさんも見習って欲しいもんだ」
「またまた……主任の奥方は相当な美人だって聞きましたよ。独り身からすりゃ、そんな人が愛してくれるってだけで羨ましいですがね」
「ははは、ありがとう」
照れたように頭を掻いた主任は、皆と同様に売店へ向かう。ユズリハは一度ロッカー室へ戻り、肌着を着替えて黒いパーカーに袖を通した。
弁当を持って、皆が居る作業室へと向かうため出入り口の正面シャッターへ歩き出す。その道すがら、売店を覗き見ると色とりどりの惣菜やパン、弁当が並べられていた。
他に、温かいスープや冷たい飲み物も売っているらしい。充実したラインナップに、思わず感心の声を漏らす。
『コーラル弁当、移動販売店』。店名が描かれたポップな看板を見て、僅かに微笑んだユズリハは再び視線を出入り口へと向けた。
「だ……誰か!」
「ん?」
どこからか、叫び声が聞こえてユズリハが振り返る。それは誰もが同じようで、皆が『何事か』と声の方向へ背を伸ばして覗き込んでいる。
近くに居た誰かが、「体調不良らしい」と話していた。
「……俺は必要無いな」
直に救護班が来て、対応してくれるだろう。そう判断したユズリハが再び正面シャッターを見た時、腕から小さくブザーが鳴り響いた。
リストベルの小さな画面を覗けば、そこには『検知三十二パーセント』の文字が大きく点滅している。
「……は?」
その数値は瞬く間に増え、数秒後には『百パーセント、エラー』と赤い文字で表記される。冷や汗を浮かべながら、目を見開きゆっくりと振り返った時、途端に施設の奥から大きな悲鳴が響き渡った。
ユズリハは急いで来た道を引き返し、人混みを掻き分け奥へと進む。途中、売店の棚に自分の弁当を置き、声の方向へと突き進んだ。
画面を見ずにローズマリーへ通信要請を出せば、三回の呼び出しで彼女の声が聞こえ出す。
《ユズ君、今どこだ? 私達も今からお昼ご飯だぞ》
「ヤバい事になった」
《なぁん?》
思ってもみなかった返事に素っ頓狂な声が出たローズマリーだが、すぐに「どういう事だ」と聞き返す。
《何か騒がしいな。よく聞こえないぞ》
「『モルス』体の検知率が百を超えた。今すぐ造船センターのメインシャッターを……」
しかし、遂にざわつきは大きな悲鳴へと変貌する。誰もがパニックを起こして逃げ惑う中、人波に逆らい立ち尽くしていたユズリハは、遂にその光景を目の当たりにした。
「……なんてこった……」
ゆっくりと立ち上がった黒い人狼は既に息絶えた仲間の身体を片手で持ち上げ、その腕に噛み付いて食い千切ると音を立てて咀嚼する。その足元には、もう一人の作業員が首を折られた状態で力無く横たわっていた。
次の瞬間には、施設内全域に警報音が響き渡る。
〚警告。警告。高濃度の『モルス体』を検知しました。『ライカン』発生の恐れがあります。全員、直ちに避難を開始して下さい〛
《なっ……は、えぇ!?》
出口を目指して、人々は一斉に正面シャッターへと走り出す。「全員退避」と現場の責任者であろう誰かが叫び、一箇所に殺到してしまった作業員達の中からは悲鳴と怒号が飛び交い始めている。
そんな中、足元に大型のハンマーを見つけたユズリハは足で槌を転がし、軽々と柄を持ち上げる。地面を蹴り、持ち前の瞬足で一瞬にして黒い人狼に詰め寄ると、ユズリハは構えたハンマーを思い切り横に振り切った。
反応をする間も与えられなかった『ライカン』は側頭部へ重い一撃を喰らい、上顎から頭部を抉られるように叩き削がれる。ユズリハの着地と同時に膝を付いた相手は、そのまま前のめりにバッタリと倒れ込んだ。
《ユズ君、大丈夫か!? 返事してくれ!》
「大丈夫だ、落ち着け。『ライカン』出現、こっちは二人死亡。何故か正面シャッターが閉鎖されてて、人がごった返してる。声を聞く限りじゃ、怪我人も出てるようだ」
《なんて事だ……! 今、『ライカン』は? ユズ君はどこか隠れてるのか?》
「頭は潰した。復活まで十五分は稼げるだろうから、その間にシャッターを開けてくれ」
《分かった、何とかしてみる。他には?》
「大至急、俺の斧を頼む」
《了解》
通信を切り、ユズリハは黒い靄が流れ出ている下顎に向けてハンマーを叩き込む。肉と骨が砕け、完全に頭部は潰れて無くなった。
ハンマーを持ったまま、ユズリハは再び出入り口へと走り出す。巨大なシャッターが近付く度に人の数が増え、非常口も兼ねている両開きのドアは遠くて見えない。
何やら、その扉を隔てて言い争っているようにも聞こえる。
「悪い、ちょっと通してくれ」
ユズリハが何とか間に分け入って通してもらうと、やはり、非常口のドアが閉鎖された事で小競り合いが起きていた。
「開けろって言ってんだろ!!」
「俺達に『死ね』って言うのかよ!?」
しかし、作業員達の悲痛な叫びも虚しく、扉からは「許可が降りていない」とスピーカーを使って繰り返されるだけだった。
これでは、ローズマリー達が来る前に『ライカン』が復活してしまう。ユズリハは「ちょっと良いか」と声を上げた。
その場にいた誰もが、「この男は誰だ」といった視線で彼を見る。
「十分で良いんだ、シャッターを開けてくれ」
《それは出来ない。『緊急時はここを閉鎖せよ』との命令なのだ》
「こっちは人命が掛かってる。『ライカン』を倒すには『キュア』製の武器が居るんだ、取りに行かせてくれ」
《だったら尚更開けられない。外に出しては、更に被害が拡大してしまう。それを防ぐには、ここを閉鎖するしか無いのだ》
その言葉に、一斉に怒号が飛ぶ。ユズリハは皆を宥め、扉の外へと再び呼びかける。
「誰の命令か知らないが、ジャスパー司令官かウチの船長に掛け合って貰えれば命令違反にはならない。今なら大勢を救えるんだ、頼むから開けてくれ」
《船長とは誰だ》
「討伐隊『チャーチグリム号』ローズマリー・アイオライト船長だ」
名前を告げると、ユズリハの周りを囲む作業員達はざわざわと騒ぎ始める。しかし、それでも外にいる隊士は「駄目だ」と却下した。
「困ったな……」
時間が無い。再び飛び交い始めた怒声罵声を横目に、ユズリハは「聞いてくれ」と今度は作業員達に向けて声を張った。
「皆、出来る限りシャッターの側へ寄って、ガスマスクを準備して欲しい。ラウリ族は『モルス』の瘴気に耐性があるから、不安だろうが他の民族にマスクが行き渡るよう協力を願いたい。奴が起きたら、音を立てたり動いたりしないよう、静かにじっとしているんだ」
「に、兄ちゃん。本当にそれで俺達は助かるのか?」
「申し訳無いが、これが今出来る『最善』なんだ。もうすぐウチの船長がここを開けてくれるから、シャッターが上がったら、皆一斉に外へ逃げてくれ」
有名な討伐隊の船員という肩書は思いの外効力があるようで、皆、大人しくユズリハの言う通りに行動を始める。
彼だけは、少しずつ身体の修復を始めている『ライカン』を食い止めるため、再び奥へとハンマーを手に戻っていった。
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