表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/41

十四話




「アニスちゃん」


 数十分前。

 目的の人物を見つけたリンデンは物音を立てないようにそっと近付き、這い摺りながら声を掛ける。彼の姿を見たアニスは驚きを隠せない様子で目を見開き、近付いてくるリンデンを愕然と見つめていた。

 軍立学校寮C号棟。自分達の自室があるA棟の、三つ隣の建物だった。その二階と三階の間にある踊り場から通気口に入り、ダクトを通って右の空洞に進んだ先……アニスが居たのは、シスルワートの取巻き達が寝泊まりしている部屋の天井裏だった。

 何をしていたのかは分からないが、何かを仕舞っているような仕草を見たリンデンは「何してるの?」と囁く。


「フェンネルが教えてくれた所に居なかったからさ……」

「し――っ! し――――っ!!」


 必死に指を口に当てて「静かに」と怒るアニスは、リンデンの肩を押して出ていくように促す。昼間のためか人気は無く、二人は狭い天井裏を難無く出てくるが、踊り場から外へと出た瞬間にアニスが烈火の如くリンデンに詰め寄った。

 怒鳴る事はないが、激しく怒る彼の感情を受けてリンデンは眉を下げて訳も分からず謝罪する。


「ちょっと、何考えてんの!? 居るのが分かっても普通来ないでしょ!? 何しに来たの!? そもそも、どうやって僕の事見つけたの!?」

「ゴメンってー。フェンネルが教えてくれた所に居なかったから、気配辿っていったら天井の裏に……」

「もう、そこが意味分かんないんだけど。仕事の邪魔しないでよ、大迷惑だから!」

「でも、フェンネルがアニスちゃんの所に聞きに行けって言うからさぁ……」

「はぁ!? 本当もうアイツも意味分かんない! 回収し終わった後だから良かったけど、もし誰かに鉢合わせてたりバレたりしたら一生恨んでやるんだからね!」

「だからゴメンってぇ」


 自分が怒っている限り、リンデンは困った顔で謝罪を繰り返すだけだとアニスは悟る。二回深呼吸を行い、「一つずつ質問するから」と声を落ち着かせてリンデンを見た。

 彼は、変わらず困った顔で首を傾げている。


「……わかった。わかったよ、怒ってゴメン。もしかして、リンちゃんも『何が何だか』な感じなの?」

「うん」

「オッケー……まず、リンちゃんは僕の所へ何しに来たの?」

「フェンネルが、アニスちゃんに聞きに行けって」

「何を?」

「分かんない」

「は?」


 リンデンは、サカキが自分とフェンネルの側へ駆け寄ってきた場面から順に説明する。

 フェンネルが「アニスがフェンネルを呼んでいる」と言い出し、サカキがそれに一度は頷いた事、そして、その内容を聞いてこい、とフェンネルに言われてアニスを探して回った事を話した。


「フェンネルがそうやって言う前に、サっちゃんは何か嘘を吐こうとしてた。すごく怖がってたし、なんでそんな事しようとしたのかも分かんないけど……」


 そこまで話して、リンデンはアニスから感情が無くなった事に気付く。


「……アニスちゃん、何か怒ってる?」

「リンちゃん、今フェノンはどこに居るの?」

「演習場の横の長い椅子。サっちゃんと一緒にいるから大丈夫だって」


 その時、「そうだ」と思い出したように言ったリンデンがズボンのサイドポケットからスカーフを引っ張り出す。その赤いスカーフを見たアニスが、僅かに動揺したのをリンデンは感じ取った。


「……これ、フェンネルのスカーフだけど……」

「……アイツ、何か言ってた?」

「『汚れた』って」

「っ!」


 アニスは「大変だ」と呟き、突然どこかへと走り出す。慌てて後を追うリンデンは、アニスにどういう事かと懸命に問い掛ける。


「アニスちゃん、どうしたのっ? 俺にも教えて!」

「……あの馬鹿……!」


 二人が元いたベンチに来ても、当然フェンネルやサカキの姿は無い。息を切らすアニスの横で、リンデンは「どういう事か」とアニスに聞き続けていた。

 ゆっくりとリンデンに振り向いたアニスは、リンデンの質問には答えず「他には」と彼に問い返す。


「アイツは他に何て言ってた? まさか、そのスカーフを『捨てろ』だなんて言ってないよね!?」

「言ってないよ、『部屋に戻ったら洗濯する』って……!」

「『洗濯』……」


 死ぬ訳ではない。その意味を読み取っても、無事では済まないだろう事をアニスは悟った。

 住宅街で発生した『ライカン』発生の事件を調べ直した。関わっている人間を全て洗い出し、情報を集め、今の状況や相手の動向を『警告』として話しておいたのに。

 『餌』となる事を苦と思わない彼には、こちらの言葉は伝わらなかったらしい。


「アレほど言ったのに、あのバカは……!」

「何?」

「……リンちゃん、よく聞いて」


 アニスは、自分が調べた情報を掻い摘んでリンデンに説明した。サカキが裏切るかも知れない事も、それをフェンネルが知っていた事も。

 それを聞いたリンデンは、「自分の判断が誤っていたかも知れない」という後悔と恐怖に顔を青くさせる。


「……俺、でも、フェンネルが『大丈夫だ』って……」

「アイツは『そう』言うよ、いつだって死に急いでるバカだから」

「サっちゃんだって、どうして……?」

「……サカキ・クロサイトは一応『敵』として見といた方が良いかもね。人質に取られても」

「ねぇアニスちゃん、俺どうしたらいい?」

「……はぁ?」


 まるで、迷子になった幼子のような反応だ、とアニスは呆れた。フェンネルに依存しているだろう彼なら、真っ先に「助けに行く」と言いそうなものなのだが。

 だが、半べそで嗚咽を漏らすリンデンが呟いた言葉に、アニスも言葉を失う。


「フェンネルの、所に行っていいのかなぁ……っ!?」

「……な……何、言ってんの? 探せるの!? 探せるなら早くやってよ、何やってんの!?」

「怖いんだよ! アイツを見るのが!」

「何を今更……! こうしてる間にも、フェノンが殺されるかも知れないんだよ!?」

「俺だってそうだよ! 次は絶対殺しちゃう……! 俺、みんなに『殺すな』って言われてるもん!」

「……アンタねぇ……!」

「マリーさんが『皆に優しくしろ』って言ってた! ユズさんが『誰も傷付けるな』って言ってたもん! 『殺したら船に居られなくなるから』って!!」


 リンデンが保護されてから、半年と数日。

 そもそも、殆どの記憶を無くし、見目よりもずっと幼い精神で、大勢の、かつ様々な人間が集まる軍立学校へ入ってくる事自体が『早過ぎた』のだ。


「……フェンネルが、『嫌いなら近付くな』って……!!」


 自分で判断ができない。言われた事を守るので精一杯。

 いつ自我を失い暴走するとも分からぬ身で、『家族から離れたくない』という身勝手にも聞こえる理由のために、保護者の言葉を守ろうとしている。

 なんと独善的で、自分勝手なのだろう。まさに、リンデンは『子供』だった。


「……わかった。そういう事なら」


 アニスは息を吸い、落ち着いた声でリンデンに告げた。





 リンデンは目を閉じ、赤いスカーフを額に付けて深く息を吸い、そして吐き出す。意識を集中させ、様々な命の形と距離をその肌で感じていく。


「……そんなんで、本当に分かるの?」


 アニスは耳に掛けていた細いイヤーカフのような物を一度取り外し、内側にある赤いライトの点滅を確認して再び耳に掛ける。その間もリンデンはアニスの言葉には答えず、ただ静かに、最も大切な気配を懸命に探した。


「……どこだ……お願い、フェンネル……!」


 自分が探せる範囲が限界を迎えようとしている。その時、リンデンはある建物の近くに知った気配を感じた。

 あの日、食堂にいたシスルワートの取巻きが、三人。窓は締め切られ、空気の通りが悪いのか建物内に感覚は届かない。しかし、取巻きの一人がその建物の裏口を開けた。


「いた!!」


 リンデンは思わず叫ぶ。


「どこ!?」

「北東へ直線六百二十二メートル、武器科開発部実験棟の倉庫だ!!」

「了解! フックショット使った事ある?」

「二回だけ!」

「上等!」


 アニスは腰のフックショットを抜き、リンデンに自分の腰へ掴まるよう言った。


「舌噛まないでよ!」


 アニスは屋内演習場の屋根にフックショットを打ち込み、リンデンと共に屋上へと上がる。身軽に走り出した二人は、真っ直ぐに屋根の上を走った。

 その間、アニスはリンデンに忠告を出す。


「リンちゃん、サカキ・クロサイトは」


 屋根の端からアニスが飛び出し、同時にリンデンが彼の腰に掴まると、再びフックショットで隣の棟へと飛び移る。二、三度移動を繰り返し、二人は目的の倉庫前へ降り立った。

 何故か、先程までいた筈の見張りの姿は見えない。リンデンは着地した瞬間に駆け出し、アニスの制止も聞かずに鍵の掛かった倉庫の正面入口を片腕で開けた。


「フェンネルっ!」


 鎖が千切れ、弾け飛んだ南京錠が目の前で宙に舞う。その奥に、赤黒く腫れた顔を持ち上げ、驚いている彼の姿を見つけた。

 ざわ、と、リンデンは腹の中が一瞬で沸騰するような感覚を覚え、鎖と南京錠が地面に落ちて音を立てた瞬間、リンデンの意識はそこでぶっつりと途切れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ