十二話
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「ねぇ、フェンネル」
「何だよ」
「フェンネルは午後の学科、何?」
「学科じゃねぇ。選択実習」
昼休憩時。リンデンがテイクアウトで買ってきた昼食のハンバーグ定食を、フォークで口に運びながらフェンネルが応える。同じランチボックスを既に空にしているリンデンは、「えーっ!」と天を仰いで大袈裟に羨ましがった。
「俺も実習出たいー」
「テメェ午前中演習だっただろうが」
「んー、最近つまんないの」
「何が」
「前半、ずっと走り込みと有酸素運動だから、さすがに飽きてきちゃってさ」
「……しんどい、とかじゃなく?」
「俺疲れないもん」
「相変わらず化け物なフィジカルしてやがる……言っとくが、こっちも変わらねぇからな」
「フェンネルがいるじゃん」
「話なんか出来る訳ねぇだろ」
「動いてるの見てるだけで幸せ」
「きめぇ」
俺は満足だもん、と頬を膨らませるリンデンに、フェンネルもつい、笑みを零した。
二人が座る演習場脇のベンチからは、色んな学年の学生隊士が楽しげに昼休憩を過ごしているのを感じる。リンデンは心地良さそうに目を閉じると、目一杯ベンチの背凭れに体重を掛けて背伸びをする。
「……気持ちいいね」
「今の内だけだ。来月の終わりには日差しが痛くなる」
「そうなの?」
「夏だから……そういえば『季節』は分かるか?」
「うん。でも『夏』はまだ体感はしてない。」
「言うほど良いモンでもないが、野菜は美味いのが多いぞ」
「本当!?」
初めて聞く情報に、リンデンは前のめりになってフェンネルに問う。
「どんなの? 甘い? 苦い?」
「スイカ、とか知ってるか?」
「スイカ知ってる。大きくて丸くて、半分に切ったら赤いヤツだ」
「……実は、中が黄色いのもある」
「何それ、知らない! 黄色いの? 味違うの!?」
「ユズさんが言うには、甘さの度合いが違うとか何とか……」
「食べたい、食べたい! いつ頃市場に出るの?」
「多分、再来月の末には」
「楽しみだなーっ!」
底抜けに明るいリンデンの笑顔に、フェンネルは何やら心がムズムズした。今まで感じた事の無い気恥ずかしさや楽しさに、つい視線を逸らして片眉を上げる。
これが『友人』というものなのだろうか。
「どしたの?」
気付けばベンチを降りて顔を覗き込んでくるリンデンに、フェンネルは目の前の黒髪を掴んで犬を構うようにわしゃわしゃと撫でくり回した。
リンデンの笑い声を聞きながら、ふわふわの髪をフェンネルが逆立てて遊び始める。すると、知った気配を感じた二人が視線を向ければ、こちらにサカキが息を切らして走ってくるのを見た。
彼に気付いたリンデンが、その場に立ち上がった。
「あ、あの……」
「サっちゃんだ! ご飯食べた?」
「は……はい。えっと、その……」
「どうした?」
「う……あ、あ、あの……その……」
視線が常に動き、怯えた表情で何かを言おうとしているサカキに、リンデンとフェンネルは訝しげに彼の様子を見ていた。
その時、リンデンが一つの問いをサカキに投げた。
「……サっちゃん、何か今、嘘つこうとしてる?」
「っ!!」
何故、という疑問を抱く前に、フェンネルは妙な違和感を感じ取り、身体を強張らせて何かを耐えるサカキに気付く。
そして、悟った。
「……まぁ待て、リンデン」
「え? でも……」
「相手が何も言ってねぇのに、結論を急ぐと誤解を招くぜ。……なぁ、サカキ」
今にも泣き出してしまいそうな顔で俯く彼に、フェンネルは少しだけ、呆れたような笑みを浮かべた。
「……アニスの事か?」
サカキは一度ゆっくりと頷くが、次の瞬間には強く首を横に振る。しかし、フェンネルは「アニスがリンデンを呼んでるんだろ?」と続けた。
「そうなの? なんで?」
「それは本人に聞かねぇと俺は知らん。行ってこい、リンデン」
「でも、アニスちゃんに『フェンネルを一人にするな』って言われてるんだけど……」
「サカキがいるじゃねぇか。少しの間だけ、交代すりゃあ良い」
「んー……」
リンデンは二人を見る。サカキは先程からずっと何かを恐怖し、フェンネルは穏やかで落ち着いた心を保っている。二人の感情の差が分からず首を傾げたが、その時、フェンネルが運動着のサイドポケットから一枚の綿スカーフを取り出した。
それはフェンネルが演習で砂を吸い込まないように使うもので、くすんだ赤に黒のストライプが入っている。
「これ、渡しとく。アニスに会ったら『汚れた』って言っとけ」
「汚れたの?」
「ああ、部屋に戻ったら洗濯する。リンデンは犬っぽいから、それがあったら迷子にならねぇだろ?」
「……えー?」
何それぇ。
そう笑うリンデンに、フェンネルは「だから心配するな」と彼の背を叩いて苦笑する。その言葉を信じ、リンデンはフェンネルが言ったアニスの場所へ向かうため、その場を後にした。
「………………」
フェンネルは既に泣き出しているサカキを隣に座らせ、自身の膝に肘を着いて俯き、深く息を吐いた。
彼はしきりに謝罪を呟き、震える手を抑え込むように、服が伸びるほど強く握り締めている。
「……そんなにビビらなくていい。事情があるんだろ?」
「……に……に、に……逃げ、逃げて……くだ、さ……!」
「まぁそう言うなよ。……俺も、いい加減ケリを付けたいと思ってたからな」
目の前には、数人の人影と足が見える。下からゆっくりと睨め付ければ、そのオリヴェール族の男が獲物を見つけた獣の様に口角を上げた。
取巻きの一人に腕を引かれて立たされたサカキは、まるで仲間だとでも見せつけられるように、その大きな腕を肩に回された。
「……ふ……ふ、フェンネルさん……!」
後悔に、謝罪。しかしその潤む目は、助けを求めているようにも見える。
「やっと逢えたな、メノウ。寂しかったぜ」
「……タングステン」
その下卑た面に向け、フェンネルは静かに殺意を込めてその名を呼び返す。
学科棟の廊下を走るリンデンがその気配に気付くには、あまりにも距離が開き過ぎていた。
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