十話
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その少年の父は、軍属だった。だが討伐任務中に負傷し、『インフェイス』として軍に登録された。
だが、彼は負傷痕こそ残ったものの障害はなく、精神的にも至って健康そのものだった。頻繁な定期検診、毎日の健康状態の自己申告を条件として、彼は『インフェイス』でありながら、ある程度の自由を手に入れた。
「……大丈夫なの、それ?」
少し訝しむアニスに、フェンネルが「実は」と補足を加える。
「オリヴェール族は体質からか、意外と軽症で済む奴が多いと聞く。現に、俺の知り合いでも一人知ってるしな」
「で……でも、当然、『インフェイス』である彼等の、社会復帰を反対する人もいます。変異に予兆も無く、もし仕事中にでも『ライカン』化してしまえば……」
「……お父さん、どうなったの?」
サカキは静かに首を横に振った。
当時、彼の父は自宅にいた。医師である母は仕事に出ていた。
サカキと父はガレージで、文字通り『車』を作って楽しんでいた。父はエンジニア兼整備士で、本体の組み上げや溶接は父が、基盤や電機配線などの細かな物はサカキが行っていた。
『父さんは、音楽プレーヤーを付けたいな』。
それが、サカキが聞いた父の最期の言葉だった。
「へ、返事をしたんです。『わかった、色は何が良い?』って……ふ、ふ、振り向いたら……」
そこにはもう、人ではない『何か』が立っていた。父の服を着た怪物は赤い目を光らせ、自分をじっと見つめていた。
ガレージの外を偶然通った人に飛び掛かった怪物は、一噛みでその人の首筋から肩を食い千切った。再びこちらを向いた怪物に、己が手に取ったのはナイフ代わりに使っていた父の銃剣だった。
こちらに走ってきた怪物に剣を向け、涙を流しながら構える。犬の様に駆け寄ってきたと同時に、思わず目を閉じて叫んだ。
だが、自分に乗り掛かる重みに耐えかねて目を開ければ、そこにあったのは父の姿だった。
「……その事件知ってる」
「あ? 俺は知らねぇぞ」
「それ五年前でしょ? F地区……住宅街のど真ん中に『ライカン』が出たって」
「おいおい、初耳なんだが」
アニスが言い当てた事件は、まさにサカキが関わった事件だった。父を失って数年、サカキは何故自分が『ライカン』を倒せたのかを考えていた。
あの日の出来事を思い返し、行動一つ一つを分析した。そこで思い当たったのが、父が使っていた『エネルギー切れの銃剣』だったのだ。
「ぼ、ぼ……僕が、父を……と、止められた。そ、そ、その事だけが、ぼ、僕の……ほ、ほ、誇りです」
吃音が激しくなる中、サカキは賢明に言葉を絞り出す。
『ライカン』から自身の父を『取り返した』事。しかし、良くしてくれた隣人を失ってしまった事。
もしかしたら、自分も父のようになってしまうかも知れない事。
「だが、それについては実例が無いだろ。要するに、親父さんが『インフェイス』として登録されてからお前が生まれたって事だろ?」
『ライカン』は脳に寄生した『モルス』の瘴気だと言われている。実際、サカキの父も検死解剖の結果、頭蓋の中は例外無く空になっていたらしいとサカキは説明する。
「で、でも、でも、ぼ……僕は、こ、怖いんです……み、み、皆さんに、はな、話した事が……か、か、か、母さんに、ば、バレたら……!」
「それは無いから安心して。僕達、こう見えてもかなり口固いから」
アニスの言葉に二人が疑いの目を向ければ、彼は不満げに「何よぉ」と文句を返した。
「……サカキ、他言については心配するな。俺だって、人には知られたくない事をお前に話してる」
「っで、でも、そ、そ……それは……!」
「だから『お互い様』ってヤツだ。気負わなくていい」
「ただし、逆も然りだよ。情報漏洩は大罪だからねー?」
更に真っ青になるサカキを見て、フェンネルは「テメェが言うな」とアニスを睨む。
「やだ、ごめーん。別に脅した訳じゃないんだよ? 情報漏洩は因果応報があるから怖いよーって言いたかっただけで」
「うぅ……」
「それを『脅し』っっつーんだよ阿呆が」
「サカキちゃんが制御装置を作ったのは、自分が『ライカン』にならないようにするため?」
サカキは頷く。
食堂でブザーが鳴った時、サカキは当初、誤魔化そうとした、と明かした。
だが自身のバイタルも『モルス』反応も無く、試作品の画面を動かしてブザーが示す先を見た時、そこにはリンデンとシスルワートが立っていた。
直後に、衝撃波。片方が失神したため、サカキはそこで確信を持った。
「ぼ……僕なら、リンデンさんを……止められると、思いました。勘が当たって……良かったです」
「物は相談なんだが、その制御装置、緊急でもう一個作れたりするか? 当然買い上げるし、必要な材料があるなら、この週末の帰宅時に構えてくる」
「そ、そんな必要は……実習室にある廃材で、簡単に作れます。『キュア』のデブリは、た、大量に……ありますし」
「やべぇな」
「天才ってホント分かんない」
俯いて照れるサカキに、「でも」とフェンネルは付け加える。
「ウチの保護者とも相談して、制作費は出させてもらう。こっちとしては、その技術はお前を誘拐してでも手に入れたい代物だからな」
「そ、そんな事、ないです……!」
「いや、これは決定事項だ。階級は俺が上だからな、軍属なら従えよ」
「やーだー、超職権乱用じゃーん」
「テメェにだけは言われたくねぇんだよ」
フェンネルは交渉の末、正式にサカキへ制御装置制作の依頼を通した。サカキは大変遠慮していたが、アニスにも協力を仰いで書類を作成し、制作費、材料費、新しいものが完成するまでの間、現在の試作品のレンタル費も見積もった。
「いいい、いい、いいです!! こ、こんなに、戴けませんよ!!」
「黙れ、テメェの技術を安売りすんじゃねぇ。もしタダで寄越しやがったら、寝てる間にそのメガネ油性ペンでサングラスにするからな」
「そ、そんな……! は、は、白油で落とせちゃいます……!」
「脅し方が狡いー」
「うるせぇ」
詳しい日程や報酬の手渡し場所なども仮に決めておき、寮の共同通信機から暗号で『チャーチグリム』へとメッセージを発信する。船長からの色良い返信が事務室に届いたのは、送信してから僅か七分後の事だった。
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