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九話



 部屋でノートを纏めていたフェンネルは、三人が戻ってきて思わず目を丸くした。

 泣きじゃくるリンデンと満身創痍のサカキを自らのベッドに座らせたアニスは、戸惑うフェンネルに後輩二人を任せ、リンデンが受け取り損ねたテイクアウトを取りに一度食堂へ戻る。


「おいおい、何があったんだよ」

「ぼ、ぼ……僕にも、何が何だか……」

「……ごめんなさい……俺、ユズさんとの約束破った……!」

「約束?」

「……だ、『誰も殺さない』って……約束したのに……っ!」


 その言葉を聞いたフェンネルとサカキは戦慄する。


「……何がどういう状況で、誰を殺したってんだよ」


 リンデンは謝罪を繰り返し、サカキはひたすらに首を横に振る。

 何を聞いてもそんな反応を返す二人にフェンネルが呆れ始めた時、テイクアウトを持って戻ってきたアニスが、自分が任せてから何も変わっていない状況に苦情を述べる。


「……ちょっと、どうなってんの?」

「状況説明してから文句言えよ阿呆が」

「聞いたら後悔するかもね」

「はぁ?」


 しかし、アニスの口から出てきた名前に、フェンネルは頭を抱え深い深い溜め息を吐き出した。





 数十分経っても、リンデンは未だ泣きじゃくっていた。


「……っだ、だって……そんな、そんなつもり無かったのに……!」

「よ、よく、分かんないけど……もう大丈夫ですよ。あ、あまり泣くと、みんな……し、心配します」

「約束破ったらね……? フェンネルが怒るって……ユズさんも、マリーさんも、言っててさ……」

「り、リンデンさん、フェンネル先輩も、怒って……ませんよ」


 リンデンはゆっくりと顔を上げ、向かい側の自分のベッドに腰掛けるフェンネルを見る。訝しげな顔で眉間に皺を寄せ、テイクアウトのサンドイッチを頬張る姿を見て、彼は更に涙を溢れさせる。


「嫌われたくないよぉ……!」


 わっと泣き出してしまったリンデンと、その背中を撫でるサカキに、フェンネルは何度目か分からない溜め息を吐いた。

 サカキのベッドに上がり込み、柵に肘をついてフェンネルの頭元から顔を覗かせるアニスが、「面倒なカノジョみたい」と笑う声が聞こえた。


「……おいアニス、『アレ』はまだ生きてんだろ?」

「残念ながらね。さすが『神童』だよ」

「そんな状況で、なんでテメェは止めなかったんだよ」

「止められなかったの! 僕には、他人の喧嘩を止める度胸なんて無いもーん」

「……嘘ばっかり言いやがって」


 だが、先程アニスが言った『止められなかった』というのは、真実かも知れない。

 アニスは恐らく、リンデンの情報をある程度は把握しているだろうとフェンネルは考えている。そのため、リンデンに対し近寄れない『何か』を感じれば、身を守るために距離を置くのは『仕事上』当然だった。

 彼の場合、それだけではないのかも知れないが。


「………………」


 フェンネルにも思う所はあったが、聞いてもどうせ何も答えないだろうと思い直してサンドイッチと一緒に言葉を飲み込んだ。


「……サカキ」

「っは、はい!」


 名を呼べばすぐに返事をする後輩に、フェンネルは最後の一口を茶で流し込む。泣き疲れたのか、リンデンはいつの間にかサカキに凭れてうつらうつらと揺れながら寝入り落ちそうになっていた。


「……アニスから聞いたが、お前の腕の装置は何の試作品なんだ?」

「え? あ、こ、これですか?」

「ブザーが鳴ったって聞いたぞ。何に反応した?」

「え、えと……きっと、誤作動……なんです。あんな所で、鳴る筈が……な、ないので」

「何故そう思う?」

「あの……そ、その」

「あー、僕分かったかもー」


 ベッドの柵に手を掛け、鉄棒のように一回転して降りてきたアニスが言った。


「『ライカン』発見器、だったりして」

「!」

「はぁ? 『ライカン』が発生したら『モルス』の検知器が鳴るだろうが」

「そうだけどさぁ。食堂で鳴る筈がないなら、そっち方面しか思い付かなかったんだもん」

「だ……だから、ご、誤作動……だと、思うんで……」

「ねぇ、僕達には教えてくれても良いんじゃない? フェノンちゃん」

「え……?」


 アニスが振り返れば、フェンネルは露骨に嫌そうな顔をして舌打ちを返す。


「フェノンちゃん言うな」

「リンちゃんが『インフェイス』ってマジ?」

「!」


 アニスの質問に、サカキの表情が固まる。

 フェンネルは溜め息混じりに俯き、頭を掻いてサカキを見た。


「……その試作品が本当に『ライカン』発見機なら、多分、正しく反応してると思う」

「えっ、じゃ、じゃあ……」

「……ああ。気付いてるかも知れんが、リンデンは確かに『インフェイス』の疑いがあった」


 堂々と打ち明けたフェンネルに、サカキは戸惑った様子でキョロキョロと目を泳がせる。バランスを崩したリンデンはアニスのベッドへ倒れ込むが、起きる気配はなく熟睡している。

 慌てるサカキが上級生に振り向くが、二人に気にした様子は無く、話を続けている。


「……わーお、意外。それ話しちゃっていいの?」

「テメェが聞いたんだろうが」

「誤魔化されると思ってた」

「……元々、同室者には話しておこうとは思ってた。……一応、サカキは『味方』で居てくれてるみてぇだしな」


 フェンネルが目を向ければ、アニスも続けてサカキを見る。突然視線が集中した事でサカキは戸惑ったように目を泳がせるが、その評定は、どこか嬉しそうにも見える。

 その時、サカキは何かを決意したような目で、先輩達を見返した。


「ぼ……僕の試作品は、せ、『制御装置』……なんです」

「制御装置?」

「何の?」

「い……『インフェイス』となった人の、ら、『ライカン』化を、抑える……制御、装置です」

「!」

「え!?」


 アニスは目を丸くし、フェンネルは茶を飲む手を止める。


「そんな事出来るの!?」

「……俺も思った。人体に入り込んだ『モルス』の瘴気を、外部から抑え込めるってのか?」

「あ、あ……あくまで、し、試作段階……です。実用性は……皆無に、等しくて……」

「でも、現に抑え込んだ瞬間を僕は見てる。どういう仕組な訳?」

「え……えと……」


 サカキの説明は、理屈では分かっていても、実現させるにはあまりにも現実離れしているものだった。

 『キュア』のエネルギー補充が出来なくなり、輝きを失い朽ちた軍指定の討伐用銃剣。この刀身を粉末化させ、精製水で練ったものを充電池代わりに組み込ませているだけなのだという。


「やっ、役目を終えた『キュア』は、現在では電当たり前に、じゅっ、充電池の材料として利用されています。ぼ……僕は、その充電池を独自に作成し、量を三倍にして、く、組み込んでいるんです」

「だからって、その『リサイクル品』がどうして制御装置になるのさ?」

「朽ちた『キュア』が、す、吸い込むのは、電気だけじゃないんです。スポンジのように『モルス』の瘴気をた、蓄えたり、吐き出したりする事も出来る。水を弾くシートのように、漏れ出る事を防ぐ、事だって……」


 サカキが幼少期の頃、疑問に思った事がある。

 何故、『キュア』の銃剣は一定の回数ごとに、エネルギーを補充せねばいけないのか。

 そもそも、『モルス』を倒すごとに『キュア』の銃剣が白くくすんでしまうのは何故か。

 『キュア』がエネルギーを補充できる仕組みとは?


「……そんなの、考えた事もなかったよ……」


 サカキの述べる疑問に、フェンネルと、ベッドを降りて彼の隣に腰掛けるアニスは只々唖然としながら話を聞いていた。


「ぼ、僕の家にも……『モルス』の探知機が、ありました。父が『末期』だった時に、頻繁に鳴るようになってて……」


 表情が変わった上級生達に、サカキは苦笑を零した。

 泣き疲れたのか、自分の説明が退屈だったのか……いつの間にか自分に凭れ掛かったまま寝入ってしまったリンデンをアニスのベッドに寝かせ、サカキは俯かせていた顔を上げる。

 初めて、彼が人前で勇気を出した瞬間だった。


「……僕は、『汚染者(インフェイス)』の子供なんです」



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