六話
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「変じゃない?」
「何回も聞くな」
「えへへ、フェンネルとお揃いだ」
「黙ってろ」
新品の隊服に身を包んだリンデンが、嬉しそうに微笑む。彼は同じ服を着るフェンネルと並び、広い訓練館を後にした。
入隊式を無事に終えた新入生は、同室となる上級生の案内の元、自分達が生活する寮へと向かう。新入生を受け持つ上級生は、今のうちに新入生へ部屋の決まりや規則を細かに伝える者も多い。
以前は新入生へのいじめや嫌がらせ、性格の不一致で喧嘩をする者も多かった。故に、新入時に知り合いや家族が在籍している者はその旨を書類に記載しておけば、可能な限り同室に割り当ててくれる。
当然リンデンも、同室となったフェンネルの案内で自室となる部屋へと向かう。部屋自体は原則として四人部屋で、今回、フェンネルの部屋は二人の卒業生と入れ替わりでリンデンが入ってくる。
もう一人は、在校生に親類がおらず、ランダムで割り当てられた新入生が入ってくる予定となっていた。
「ここだ。もう一人は同室者が迎えに行ってる」
「船より広いね」
「四人部屋だからな。ちょうど二倍ある」
「船もこれぐらいあったら、みんな一緒に寝られるのに」
「嫌だ」
「やぁん」
フェンネルの向かい側の空きベッドに荷物を置くよう指示され、「一緒のベッドが良かった」という文句を無視されたリンデンは唇を尖らせながら隊服の上着を脱ぐ。
「今日は式典だったから、午後からは休みだ」
「お腹空いたねぇ」
「見学も兼ねて、食堂にでも行ってみるか?」
「いいの!? やった!」
「俺も着替えるから、終わったら言え」
「うん!」
そう言うとフェンネルはカーテンを閉めてベッドに籠もり、リンデンも急いで学校指定の運動着に着替える。ちょうど二人が着替え終わった頃、部屋のドアが勢いよく開いた。
「ただいまー! アニスちゃんが帰ってきたよ!」
「きゃあぁぁ誰ぇぇ!?」
「はわわわ」
「うるせぇぞ、静かにしろ!」
ベッドのカーテンを素早く開けたフェンネルが、運動着の姿で出てくる。突然誰かが入ってきた事で驚いたリンデンが慌ててこちらに駆け寄り、自らを『アニス』と名乗ったヴァルテッリの少年が「あら、帰ってきてたの?」とわざとらしい謝罪を述べた。
「ねぇフェンネル、誰……!?」
「アニス・フローライト。俺と同じ二年で学部は情報科、専攻は『情報通信』だ」
「いい人……?」
「使えるが弱いからビビらなくて良い」
「ちょっと、聞こえてるんだけど? 新入生連れてきたんだから早く退いてよ」
アニスは金色のポニーテールを揺らし、背後で小さくなっている小柄なラウリ族の少年を指差す。
「あの……ぼ、僕は床で良いので、お構いなく……」
大きな丸メガネを上げつつ、天然パーマの灰色の髪で顔を隠す少年に、一番最初に興味を持ったのはリンデンだった。
「わぁ、ちっちゃいユズさんだ!」
急接近で顔を覗き込んでくる背の高い相手に、ラウリ族の少年は怯えたように身を縮こませる。
「あの……ちょっと……」
「俺はリンデンっていうの。名前は? どこの船に乗ってるの?」
「いや僕は……ぐ、軍属の家族は、いなくて……」
「何を勉強するの? どんな事が好きなの? 名前教えて!」
「だ……誰か……!」
助けを求め始めた少年からリンデンの首根っこを捕まえて引き離し、フェンネルもベッドから腰を上げてデスクへと移る。
「悪かったな、一年。コイツで困ったら俺を呼べ」
「いえ……だ、大丈夫です……」
「今年の新入生は個性豊かで退屈しないね。ほら、君も自己紹介。名前と学部、専攻を教えて」
「え、あ……ぼ、僕ですか……?」
「あっは、他に誰がいるの」
吹き出して笑うアニスに、その新入生は戸惑いながらも「ぼ、僕は」と口を開いた。
「サカキ、です。サカキ・クロサイト……が、学部は武器科、専攻は……し、『収集開発』です」
「サっちゃん!」
「ふぇ……!?」
「ローズからあだ名グセ移されてんじゃねぇか、阿呆リンデンが」
フェンネルはリンデンの頭を叩き、立ち上がらせて「お前も」と紹介を促す。
「俺はリンデンっていうの。学部は普通歩兵科、専攻は『接近戦闘』だよ」
「……フェンネル・メノウ二曹、同じく普通歩兵科、専攻は『遠方砲撃』だ」
「に、二曹の方が、学校に……!?」
「フェノンは討伐船の補佐も受け持ってて、実戦にも出てるからね」
「補佐じゃねぇ、副船長だ」
「格好良いよね!」
「何この子オモロい。フェノンの取り巻き?」
「取り巻き言うな」
「サっちゃん、よろしく!」
驚くサカキを他所にリンデンは彼に手を差し出す。おずおずとその手を握り返したサカキは、「こ、こちらこそ」と呟くような声で辿々しい笑顔を浮かべた。
「ねぇ、二人はお昼どうするの? 注文あるなら持ってくるよ」
「あ?」
アニスの提案に、フェンネルは訝しげに彼を見る。「食堂に行くって聞いたけど」と言い加えたリンデンは、荷物を広げているサカキに近付いて顔を覗き込んだ。
「サっちゃんとアニスちゃんはどうするの?」
「さ……サカキです……ぼ、僕は、その……お昼とかは、別に……」
「ご飯は食べなきゃ駄目だよ! ユズさんみたいに大きくなれないよ!?」
「ゆ……ユズさんって誰……?」
「新入生をビビらせんな、リンデン。で? テメェはどういう風の吹き回しなんだよ」
フェンネルの質問に、アニスはニコリと笑って答えた。
「『タングステン』が戻ってくるって」
「!」
聞き覚えのある単語に、フェンネルは顔を引き攣らせて舌を打つ。途端、「ヒッ」と悲鳴を漏らしたサカキにアニスとフェンネルが視線を向けると、目を見開き、無表情でこちらを見ているリンデンの姿があった。
「それ、何?」
「……何、って、どういう事? リンデン君」
「さっきアニスちゃんが言ったヤツ。『タングステン』って何?」
「え……話してないの!?」
信じらんない、とわざとらしくアニスは驚いてみせるが、当のフェンネルは溜め息を一つ吐き出すとデスクの椅子から腰を上げて真っ直ぐにドアへと向かう。
「……お前が知る必要は無ぇ。これ以上は詮索するな」
「でも……!」
「アニスも、余計な事言うなよ」
「知らないし。僕に指図しないでくれる?」
不機嫌な様子でドアを出て行ったフェンネルに、何やら不穏な気配を感じたサカキがひたすら怯えて震えている。リンデンが「ごめんね」とサカキの背を撫で、アニスが盛大な溜め息を吐いた。
「まったく、アイツは……」
「……アニスちゃん、『タングステン』って何?」
「えー気になるー? でも、フェノンに余計な事言うなって言われたしなぁー。怒られちゃうかもよー?」
「フェンネルは怒ってない、すごく怖がってる」
どこか悲しげなリンデンに、おや、とアニスは感心する。
殆ど情報が無い中で、敏感に相手の感情を読み取って問題を予測している。精神面の幼さが『弱さ』かも知れない、というのはフェンネルの説明だが、アニスは彼のその無垢な『幼さ』こそが強みかも知れないと感じた。
ここまで純粋に人間を見る事が出来るのなら、相手の地位にも権力にも、彼には効かないだろうから。
「……『タングステン』っていう、ヤバい奴がいるんだよ。僕達の一つ上に」
「……誰?」
首を傾げたリンデンの横で、サカキが突然「知らないんですか!?」と声を上げた。
「わあぁ! ビックリしたよ、サっちゃん!」
「ぼ、僕はサカキです!」
「そんな大きな声出たんだねぇ」
「り、リンデンさん、タングステン家は、革命戦争後に軍を立ち上げた名家の一つです! ぼ、ぼぼっ……僕が専攻する、収集開発も、タングステン家がお金を出してて……!」
「わぁお、急に饒舌」
「あ……アニス、先輩も……ご存知ですよね!? 情報通信でも……!」
「うんうん、分かる。僕は『利用』させてもらってるからね。でも、どこの偉い貴族もさ、突然変異って生まれるモンなんだよ」
「と、突然変異……?」
アニスは頷き、リンデンに歩み寄ると彼の肩に手を置く。
「リンデン君、フェノンを守ったげてね。僕は諸事情で触れない案件だけど、君なら大丈夫だって信じてるから」
「? 俺は最初っからフェンネルの事しか考えてないよ?」
「わー熱烈ー。その愛に期待してるよ」
「うん」
アニスはサカキに向き直り、影のある笑顔で凄む。
「聞いた限りは、君も協力してよね新人君」
「え!? ぼ、僕は別に……」
「駄目、強制。裏切ったら『ここ』に居られなくするからね」
「そ、そんな……!」
「サっちゃんが困ったら、俺が助けたげるからね!」
「お! それ良いじゃん。じゃ、そういう事で。他言無用ね」
「うん!」
「えぇ……?」
こうして、今ここに「フェンネル親衛隊」が結成された事を、当事者であるフェンネルは知る由も無い。
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