五話
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それからの三ヶ月間で、リンデンは目に見えて成長、変化していった。
まず、動きやすいようにユズリハが彼の長かった髪をバッサリと切った。動きやすく、洗いやすくもなった事にリンデンは喜んでいた。
一番目を見張る成長を遂げたのは、やはり勉学だろうか。ローズマリーが用意した資料や参考書、問題集は一字一句暗記しており、フェンネルが苦労した体力測定に至っては、ユズリハから「コイツは持久力が化け物だ」とお墨付きをもらった。
持久戦では格段にリンデンが上、ユズリハですら、本気を出さなければリンデンには勝てない程に白兵戦には強くなっていた。
……否、ユズリハが言うには、少し違う。
「最初は俺の戦い方を真似してるようだった。しかし組手を始めて数十分で、アイツは『し慣れた戦闘』をし始めたんだ。……まるで、戦い方を『身体』が憶えてるって感じだった」
夕食後、試験も間近に迫ったある日の夜。
晩酌にグラスを傾けるユズリハは、リビングのソファに腰掛け神妙に語った。向かいのソファに腰掛け、編み針を動かしていたフェンネルは、隣で大口を開けて眠るリンデンを一瞥すると眉を顰めてテーブルの上の毛糸玉を見つめた。
軍で習う白兵戦は、基本は着剣した銃か短剣を用いた演習になる。だが彼が選んだのは、今の軍では一切触らない『片手半剣』だった。
「今では『中心街』のならず者でさえ、その得物は使わない。長距離を取れる銃か、接近戦で隠し持てる短剣の方が便利だからな」
「そんな時代遅れの剣を、コイツが『使いこなしていた』……と?」
「ああ」
グラスを傾け、酒を嗜むユズリハは少々悩んでいるように見えた。
「楽しそうに突っ込んで来るのがなぁ。度胸がある、といえば聞こえは良いが……自分が受けるダメージに対して、一切迷いが無いように思う」
「……死にに来てる、って事ですか? どうせ木剣だからナメてんでしょ」
「そう思ったよ。だから真剣での戦いを想像しろって言ったんだが、『最初からそのつもりだ』と」
自分が死ぬ前に、相手を倒さないとね。
それを聞いたユズリハは、その幼い少年に危機感と若干の恐怖を感じた。
「自分を大事に出来ない奴は、どれだけ強くても何も守れない。それを理解してもらわない限りは、どれだけ勉強が出来ても学校になんざ行かせられないぞ」
「最悪、校内で死者が出ますね」
「最後はお前の名前出しまくって何とかなったぐらいだ。頼むから見守ってやってくれよ」
当然、ユズリハの発言にフェンネルは「はぁ?」と片眉を上げる。
「なんでそこに俺が関わってくるんですか」
「『そういう考え方はフェンネルが嫌う』って言ったら、すぐ改めてくれるから楽でなぁ」
「教育係の風上にも置けない事してんじゃねぇですよ。何やってんですか」
「ローズマリーの教えだ」
「あのクソババァ」
噂をすれば、中途進学試験の申請書類を書き上げたローズマリーがリビングに入ってくる。
「おい、リン! 明日も早いんだからベッドで寝なさい!」
「んえー……」
「早速あだ名呼びになってやがる」
「まだ遅い方だ。俺なんか初日からだったぞ」
彼女はソファに近寄ってリンデンの肩を揺さぶれば、寝ぼけたリンデンは背伸びをすると、気配でも感じ取ったのか寝ぼけ眼でフェンネルに手を伸ばす。
「んー……」
「おいおい、こっち来るな」
「リン! ここで寝るな、フェノンに嫌われるぞ!」
途端、スッと上半身を起こしたリンデンは、眠い目を擦りながらソファから立ち上がる。
その様子に、逃げる体勢を取ったままのフェンネルは目を丸くして固まっている。ユズリハに至っては慣れた様子で「おやすみ、リンデン」と挨拶を告げた。
ユズリハの声に、リンデンはゆっくりとお辞儀をして「おやすみなさい」と呟くと、ローズマリーに手を引かれてリビングを出て行った。
唖然と二人を見送ったフェンネルは、目を見開いたままユズリハに向き直る。
「……おかしいでしょ」
「そうだな」
「いや、『そうだな』じゃなくて」
「お陰で俺達はとても助かってるぞ」
「俺を安売りしてるだけじゃないですか。本人の許可を取って下さいよ、断るけれども!」
「だろうな。気を付けろよ、フェンネル」
「はぁ?」
「多分、アイツは試験に合格する」
「!」
ユズリハはグラスを呷り、テーブルに置いた。
「地頭の良さと記憶力は同年代の三倍、フィジカルに至っては底が知れない『化け物』だ。お前が制御して、操って、正しい方へ導いてやれ」
お前が『覚悟』を決める時、俺は傍にいないかも知れないんだ。
そう呟いたユズリハは、既に何かを悟ったような眼差しでグラスの氷を頬張った。
「…………」
彼は、リンデンとの生活で一体何を見たのだろうか。「アイツはスゴい奴だ」と褒めるその裏で、彼だけが感じる警鐘にフェンネルは思わず息を呑む。
リンデンが軍立学校に通うようになれば、その『役目』を担うのは己なのだ。
その前に、出来る限りの事を。
「……飲み過ぎですよ、ユズさん」
「アイツはいい奴だぞ、フェンネル」
「それを決めるのは俺です」
「お前も揺るがないなぁ」
微笑むユズリハに、ふん、とフェンネルも鼻を鳴らす。
先に寝る事を告げ、ユズリハもグラスやアイスペールを持ってソファを立ち上がる。毛糸のバスケットを抱えて、フェンネルは薄暗い廊下に入った。
「フェンネルに『おやすみ』言ってない」
「ッ!!?」
「おぉぉビックリした、どうしたリンデン。ローズマリーは?」
「お風呂場。歯磨きしてる」
「心配するだろうから、部屋に戻ってろ。フェンネルなら、そこにいるぞ」
半分寝た様な状況だろうが、リンデンは腰を抜かして尻餅を突いたフェンネルを見下ろすと、柔らかく優しい笑顔を向けて「おやすみ」と囁く。
ユズリハに促されて踵を返したリンデンがローズマリーの部屋に入っていったのを見たフェンネルは、その部屋を指差しユズリハに叫んだ。
「ッどこが、いい奴なんだよ!!」
「真面目でいい奴だろう?」
ははは、と楽しげに笑うユズリハに、フェンネルは文句を繰り返すばかりだった。
そして数日後。
ユズリハの読み通り、リンデンは試験を首席で合格した。
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