四話
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「お前の名前はリンデンだ」
「りんでん?」
「そうだ」
ハイマート共和国において、リンデンの花は『深い無償の愛』という意味を持つ。争いを好まず、皆を愛する人になって欲しい、という思いを込めて、ローズマリーが名付けた。
何故か姓は全く思い浮かばなかった様で、国で一番多い姓の『クォーツ』になった。
「軍属で『クォーツ』は偽名に間違われないか?」
「だって、全然思い付かなかったんだもん……」
「『アイオライト』にすれば良かったじゃねぇか」
「私の名前は駄目だ。後々にすっごく面倒な事になるから」
ユズリハに腰辺りまで髪を切ってもらい、軽く結っている少年は不思議そうな顔で皆の会話を眺めている。ダイニングに腰掛ける彼に振り返ったローズマリーは、その少年、リンデンの肩に手を置いて優しく微笑みかけた。
「私はローズマリーだ。よろしくな、リンデン」
「マリーさん」
「そうだ。お前の名前は?」
「俺は、りんでん。リンデン・クォーツ」
「そうだ。じゃあメンバー紹介と行こうか」
ローズマリーが指し示した先に、リンデンが視線を向ける。
「彼はユズ君だ」
「ユズリハ・ダイオプテーズ。俺とは、さっき会ったな?」
ユズリハが軽く手を挙げれば、リンデンは嬉しそうに笑った。
「さっき、お菓子をくれた。美味しかったよ」
「気に入ってもらえて良かった」
「何あげたんだ?」
「ブドウ糖のタブレット。採血で低血糖気味だったからな」
「ラムネ菓子か。確かに美味しいな」
「えへへ」
ずっと機嫌が良いリンデンに、ローズマリーやユズリハもつい顔を綻ばせる。
「ユズくんさん」
「んー、何かおかしいな。フェノンは彼を『ユズさん』と呼んでるぞ」
「ユズさん……ユズさん」
「たかが名前だ。好きな様に呼べば良いさ」
「ユズリハ・ダイオプテーズさん」
「……いや、フルネームはちょっと……」
「リンデン、あいつの事はもう知ってるな」
皆より少し離れたキッチンの横で、腕を組んで立っているフェンネルをローズマリーが指差した瞬間、リンデンは心からの笑顔で彼の名を呼んだ。
「フェンネル・メノウ二曹!」
名前の主は、相変わらず不機嫌そうに床を睨んでいる。
ローズマリーは首を傾げてリンデンに問い掛けた。
「……なんで階級まで知ってるんだ?」
「さっき教えてもらったんだ。『間違えるな』って言われたから、頑張って覚えたの」
それを聞いたローズマリーが「お前なぁ」と呆れ、ユズリハが苦笑を零す。
「妙な所で意地悪するな、フェノン。外で呼ばれた時、恥ずかしいのは自分なんだぞ?」
「ふん。古参が新人に名乗っただけだ」
「んもー」
「リンデン、そいつは『フェンネル』でいい」
「フェンネル?」
ユズリハに教えられ、リンデンはフェンネルを見る。彼の表情は相変わらずだが、もう一度名を呼べば、床を見ていた視線がこちらを向いた。
「……何だよ」
「……!」
今までに無いほどの、明るい笑顔。相手の態度がどうであれ、反応が返ってくる事がこれ程までに嬉しいのか、と思わせる眼差しに、ローズマリーとユズリハは眩しさで目を細め瞬かせる。
フェンネルに至っては、相手の純粋さにじわじわと罪悪感が冷や汗に浮かんでいた。
「リンデン?」
立ち上がったリンデンをローズマリーが呼ぶが、彼は真っ直ぐにフェンネルの傍へ行く。一瞬全員が警戒を見せたが、その足元にしゃがんでじっとフェンネルを見上げ始める彼に様子を伺うに留める。
その眼差しにたじろぐフェンネルは、思わず彼から視線を逸らした。
「……こっち来るなよ……」
「俺、リンデン」
「分かってる」
「フェンネル」
「用が無いなら呼ぶな」
えへへ。
ずっと笑顔のリンデンに、フェンネルは困った様子で「笑って誤魔化そうとすんな」と文句を垂れる。
そんな様子をずっと見ていたローズマリーとユズリハは、顔を見合わせて小さく微笑んだ。
「よし、リンデンの教育係はフェノンに任せよう」
「俺もそれが良いと思う」
二人の決定に、名指しされたフェンネルは「はぁ!?」と驚いた声を上げる。
「冗談じゃねぇよ、なんで俺が……!」
「だって一番懐いてるじゃないか」
「俺が教えるより、お前が教えた方が飲み込みも早そうだしな」
「待ってくれ、二週間に一回帰ってくるだけの俺に何が出来るってんだよ? ただでさえ記憶喪失の相手に、学校と両立させて他事教えるのなんか無理だ」
「フェノンなら大丈夫だろ」
「だったらテメェがやってみろクソババァ」
「まぁまぁ。リンデンが学校に行っている間は、俺もサポートするから」
「だったら最初からユズさんが受け持てばいいでしょ」
三人が何やら揉めている中で、リンデンはふと気になった単語を口に出す。
「……ガッコウ?」
「あ?」
「ガッコウって何?」
「大きく言えば学びの場だ。色んな勉強をすれば、色んな事が出来るようになる。皆が集まってたくさんの事を学びに行く場所の事だぞ」
ローズマリーが説明してやれば、リンデンは当然のように目を輝かせて立ち上がった。
「俺も、その『ガッコウ』行きたい!」
「無茶言うな、テメェは先に日常生活から学び直せ」
「無茶じゃないもん! フェンネルと一緒にガッコウ行く!」
「『軍属』がどういう事かも知らねぇのにナメた事言ってんじゃねぇよ」
「勉強するもん!」
「……どっちにしても、進学試験まで三ヶ月を切ってる。今年は諦めろ」
「ヤダッ!」
「駄々こねんな、ガキかよ」
溜め息を吐くフェンネルの横で精一杯頬を膨らませるリンデンに、歩み寄ったローズマリーが苦笑しながら彼の背中を軽く叩く。
「リンデン、学校に行くためには試験というものがあるんだ。試験に合格しないと、学校に入る事すら出来ないんだぞ」
「頑張って勉強する!」
「……三ヶ月、頑張るだけ頑張ってみるか?」
「うん!」
大きく頷いたリンデンに熱意を感じたローズマリーは、「じゃあ私達も手伝おう」とその意気込みを受け入れる。
当然、フェンネルは「甘やかしてんじゃねぇよコラ」と乗り気な船長に文句を投げた。
「と、いう事でだな。リンデンの教育係はフェノンで、その代理はユズ君だ。いいな」
「了解だ」
「異議あり」
「却下。今日は私が船の案内をしようか。まずはリンデンのベッドを構えないとな」
「フェンネルは?」
「今日は休日なんだ。ゆっくりさせてやってくれ」
「……うん。わかった」
何を思うのか、渋々頷いたリンデンはローズマリーに手を引かれてリビングを彼女と一緒に出ていく。しかし彼はその姿が見えなくなるまで、名残惜しそうにフェンネルをずっと見つめ続けていた。
溜め息混じりに頭を掻いたフェンネルに、ユズリハが先程のリンデンの眼差しを思い返す。
「……あの様子」
「え?」
「寝床も一緒がいい、とか言い出しそうだな」
「ちょっと、嫌な事言わないで下さいよ」
数十分後、船の案内を終えて戻ってきたリンデンが本当に「同じ部屋がいい」と言い出したため、何とかローズマリーの部屋の空きベッドを一つ、臨時で使わせてもらう事に落ち着いた。
「フェンネルの部屋もベッドが余ってたんじゃないのか?」
「コイツには何か下心が見える。絶対に嫌だ」
「んもー」
「シタゴコロ?」
「黙れ」
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