一話
「……リンデンは、どうやってフェンネルと仲良くなったんだ?」
「え!? 仲良しに見える!?」
リンデンとフェンネルの部屋へと、藤の蔓で編んだバスケットにたくさんのお菓子を入れて廊下を進む。
ふと問い掛けたクミンの言葉に、リンデンはとても嬉しそうに聞き返し、勝手に照れ始めた。
「えー、嬉しいなぁ。そっかぁ、仲良しに見えるのかぁ……えへへ」
「そっ……そういう事を言いたいのではないが、二人がどうやって、お互いを知っていったのか聞きたい」
「そんな、そんな褒められたら照れちゃうじゃん……!」
「褒めてない。私は、ユズリハとの関係を打開すべく貴様等を参考にしてやろうと考えてわざわざこうして聞いてやっているのだ」
「うわ、突然の『上から目線』こわい」
照れるリンデンの気色悪さから睨み上げるクミンに、リンデンは苦笑しながら「怒るなよー」と冗談めかして応える。部屋に入った二人は、リンデンが脚で動かしたサイドテーブルにバスケットを置いた。
飲み物は、ローズマリーが用意している。後は、彼女が来るのを待つだけだ。
「俺の場合、クミンとだいぶ状況が違うけど……でも、俺だって最初は同じ感じだったよ。前例が無い分、余計にね」
「そうだったのか……? 信じられないな」
「今でこそ、ってヤツかも。アイツが俺の存在に慣れて、傍に居る事を許してくれた……本当、それだけなんだよね」
リンデンは懐かしむように、能力の制御装置でもある自身のリストベルを見下ろした。
※
それは、今から九年前に遡る。
「ただいま......何してんだ?」
十五歳になったフェンネルは、『軍立学校』という隊士養成所に通っていた。二週間に一度の帰宅日に『チャーチグリム』へと帰宅した彼は、リビングに入った瞬間、唖然と目を丸くしてその光景を見ていた。
「おかえり、フェノン!」
防護服を着て、虫取り網を振り回すローズマリーがフェンネルに挨拶を叫ぶ。彼女はひらひらと舞い飛ぶ輝きを、一生懸命追い掛けて捕まえ続けている。
辺りを羽ばたいているのは、赤紫に輝く大きな蝶だ。一目で確認しただけでも、数千、数万の数が飛び回っていた。
「コイツは......まさか、『キュア』か?」
その時、操縦席周りからリビングに上がってきたユズリハが、「危ないから出てろ」とフェンネルに注意を促した。
「コイツに触るなよ、高濃縮エネルギーの蝶だ」
「は?」
「直に触ったら火傷する。危ないから、まだ入ってくるな」
「な……なんで、そんなモンが船内に?」
フェンネルがどういう事かと口を開きかけると、ローズマリーが走りながら「喋るな!」と警告する。
「鱗粉に気を付けろ! 吸い込むと喉がただれるぞ!」
「えぇ……?」
「フェンネル、実は救護室に要救護者を寝かせてあるんだ。様子を看てきてくれるか?」
「起きていたら、何か食べるものを用意してあげてくれ!」
「……質問しても?」
「これが終わってから! ユズ君、早く手伝ってくれ!」
「悪いな」
忙しそうな二人に言われ、帰ってきて早々にフェンネルはリビングを追い出されてしまった。
取り敢えず廊下で立っている訳にもいかず、背負っていたリュックを下ろしながら自室へと向かう。防護服が三着あれば手伝えるのに、『乱獲防止の為』などという理由で二着までしか配給しない軍に文句を呟きながら、彼は自室のドアを開けた。
少々殺風景な二段ベッドの下段にリュックを置くと、上着も脱いでリュック同様にベッドへと投げ込む。踵を返して部屋を出たフェンネルは、その足で救護室へと向かった。
白を基調とした部屋に入れば、ユズリハが言った通り、ベッドに誰かが横たわっている。黒いマントか何かを羽織っているのかと思ったが、近付いてみると、それは膝までの長さがある髪の毛だった。
髪以外、一糸纏わぬ姿で寝かせられている相手にフェンネルは溜め息を吐く。仮にでも要救護者、せめて毛布でも掛けてやれよと棚から一枚のブランケットを引っ張り出した。
広げて、腰回りに掛けてやる。自分とそう年齢の変わらない長髪の少年は、目覚める様子もなく静かな寝息を立てている。
その髪から覗く素肌を見て、フェンネルは思わず眉間に皺を寄せた。
「……この痕……火傷か?」
全身に刻まれた酷い怪我と、引き攣ったケロイドが皮膚の殆どを覆い尽くしている。裂傷や切傷を縫った様な痕は無く、その火傷が主な負傷を焼いて塞いだものであると推測できた。
その凄まじい激痛たるや、想像に難しくない。かつて野戦病院で救護班として活動した事があるフェンネルは、その少年がどういう状況で、その様な荒療治を『繰り返していた』のか理解できなかった。
「……お前、『どこ』の『誰』なんだよ……?」
体温は少し高い程度で、熱は無い。血色も良く、呼吸も安定していて、脈も異常は見られない。
今日は郊外の指定捕獲区域で、『キュア』の捕獲任務だった筈。そんな山奥で、こんな格好で、彼は何をしていたというのだろうか?
「まさか密猟? んな阿呆な」
彼を見つけた状況が何も分からないため、リビングの二人に聞くまでは憶測も立てられない。フェンネルは再び溜め息を吐くと、近くの椅子を引き寄せて腰を掛けた。
数分様子を見て、まだ目覚めないようなら一度退室してシャワーでも浴びてこよう。そんな事を考えながら、寝息を立てる少年を静かに見つめていた。
長い髪に隠れた顔は、かろうじて鼻と口元だけが覗いている。首元から右頬にかけても大きな火傷の痕を見つけたフェンネルは、ふと椅子から腰を上げた。
まさか、顔も火傷だらけなのか?
目を焼いていたら、今後の治療方針や生活が少し難しくなってしまう。何故これ程までに焦りを感じたのかも理解しないまま、フェンネルは彼の髪をそっと指で顔から分け退かした。
「…………っ」
しかし、思わず息を呑む。
年齢に似合わない程の美しい目鼻立ち。幼さの中に、確かに性別を感じさせる骨格を持ち、何故か、触れる事さえ躊躇われる程の神々しさをフェンネルは目の当たりにした。
目が離せない。初めての感覚に驚いていたフェンネルだったが、ふと、少年の長い睫毛が小さく動いたのを見た。
まずい。そう思った次の瞬間には、その開かれた深紅の瞳には自分の姿が映っている。その近さに飛び退いてしまいそうになるが、寸での所で冷静さを装ったフェンネルは、静かに顔を離して両手を上げて見せた。
「……悪かった」
少年も、驚いた様子で呆然とこちらを見つめてくる。何処かバツの悪い、居心地の悪さを感じたフェンネルは、取り敢えず「無事なら良かった」と在り来りな言葉を投げた。
「言葉は分かるか?」
「……生きてた……」
「ああ、そうだな。ちょっと待ってろ、詳しい奴を呼んでくるから......」
フェンネルが立ち上がろうと腰を浮かせた瞬間、シャツを掴まれたと思った直後には視界がふわりと宙を舞い、何故かベッドに引き込まれ組み敷かれてしまった。
先程よりも近い距離で、長髪の少年がこちらを見下ろしている。髪が帷のように降りてきて薄暗く感じる中、攻撃を警戒したフェンネルは抵抗せず少年を見返すしか出来なかった。
だが、少年は何故か瞳いっぱいに涙を溜め、ぽろぽろとその涙を零し始めた。
「!?」
何故。怪我は無かったはず。何故泣く?
突然の事に、フェンネルは思わず目を丸くする。
「……生きてた……お前、生きててくれたんだな……良かった……!」
そう呟いた彼は何故か本当に嬉しそうで、心からの安堵と喜びを己に向ける。フェンネルは只々戸惑い、己に向けられた感情に首を傾げた。
彼とは今この瞬間が、まさに初対面だというのに。彼は何を以て、「生きていて良かった」と喜んでいるんだ?
『ファーム』の生き残り? 野戦病院で手当した? 否。あの場に、自分よりも年下の少年など存在しなかった。
だがその真紅の眼差しは、明らかにこちらを捉えている。瞳に映す自分を想い、自分の為に涙を流している。フェンネルは、彼の濡れた頬に手を伸ばし、指で涙を拭ってやった。
「なんで……」
そう問い掛けた瞬間、医務室のドアが大きな音を立てて開いた。
「フェノン、待たせたな!」
終わったぞ、と、ノックもせずに入ってきた船長は、ベッド上の光景に言葉を失っている。音と気配にドアの方へと視線を向けた少年は、やはり驚いた様子で目を丸くしている。
「……え、誰……?」
フェンネルは、これぞ好機とばかりに声を張り上げた。
「ローズ! 手を貸せ、コイツをどうにかしろ」
しかし、何を思ったのか無言でそっとドアを閉めたローズマリーに、フェンネルは思わず「待てコラ」と怒号を飛ばした。
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