七話
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一行は『モルス』の討伐を終え、自動操縦で設定していた航路を進む。ユズリハが構えた朝食を食べ終えた頃、夜通し監視台に立っていたフェンネルがリビングに降りてくる。
ユズリハが交代で監視台に上がると同時に、先に朝食を食べ終えた三人はリビングのソファに座って何やら話をしていた。
「これは……どういう仕組なんだ?」
ローズマリーとリンデンは、目の前に浮かぶ柔らかい球体を食い入るように見つめている。無重力に浮かぶ液体のようなそれは、ローズマリーが食後にと皆に淹れてくれたハーブティーだった。
「すげぇ……本当に浮いてる。分離って出来る?」
「当然だ」
クミンが指を動かすだけで、一つの球体がプリッと二つに分かれ、その内の一つがリンデンの目の前に移動してくる。思わず指でつついて触れるリンデンだったが、ハーブティーの球体はタプタプと揺れ動くだけで、指を濡らす事もなく浮き続けている。
「うはは、タプタプしてる。ねぇフェンネル見て、ほらほら」
「ああ」
楽しそうに笑うリンデンに、サンドイッチを頬張るフェンネルがダイニングから様子を見ながら応える。
ローズマリーも球体に恐る恐る触れてはみるが、しっかりと液体なのに、肌を弾くように動くそれに驚きの声を漏らすばかりだ。
「クミン、これは確かに液体なのに、触れても濡れないのは何故なんだ? 何か、膜のようなもので包んでいるのか?」
「その推測は、近からずも遠からずといった所だな。その『膜のようなもの』こそ私の力、水を操り支配する魔力なのだ」
得意げにふんぞり返るクミンだったが、背後のダイニングから「限定的だし有限だ」と言葉を投げられて「やかましいわ」と怒り返した。
「じゃあ貴様に出来るか!? こんな事が出来るか!? あぁん!?」
「生きていく上では必要無いんじゃね?」
「きぃ――――っ!」
「こらこら、喧嘩するな二人共」
嗜めるローズマリーの横で、リンデンがクミンに質問する。
「俺も似たようなの使うけど、『物を動かす』とかってイメージは全然違うかも。どうやって動かしてんの?」
「ふん。水を操るイメージは『クッション』だ」
「クッション?」
クミンはソファの隅に置かれたクッションを手に取り、もちもちと揉んで動かしてみせる。
「イメージはクッションのカバーだ。この様に綿を入れ、形を作る感覚が近い」
ローズマリーの前にある球体を引き寄せたクミンは、手の上十センチの位置で動かし始める。
「クッションのカバーに入れた後は、ラップに包んだパン生地の様に好きな形を思い浮かべれば良い。操る、とはそういう事だ」
尖らせたり、平たくさせたり、丸めたり、立方体にしたり……忙しなく形を変えるハーブティーを見つめても、ローズマリーはただただ不思議な能力に首を傾げる他無かった。
「んー……ちょっと、私には難しいかな……?」
「ふふん。これは私だけの魔力だからな」
「なぁ、動かせる水の量とか質量、水以外にも動かせる液体とかってあるの?」
「残念ながら、動かせる量については今はこれが限界だな」
「えー、しょっぼ」
その瞬間、リンデンがつついていた目の前のハーブティーが、ばしゃりと彼の顔面にぶつかって弾けた。
しかしクミンは一切を無視して説明を続ける。
「昨日は、ジュースと空気中の水分含めて二リットル近くは動かせたんだが……戦闘中に鼻血を出してヘロヘロになるようでは、そもそも美しくないしな」
「あ、わかるー。俺も攻撃三回目ぐらいで鼻血出るもん。何か拭くもの無い?」
「確かに、リンもよく鼻血を出すけど……やっぱり、リンの『斬撃』はクミンと同じ力なのだろうか。でも、イメージは全然違うんだろう?」
「まぁね。俺も詳しくは何にも分かんないけど……ねぇ、何か拭くもの無い?」
髪からハーブティーを滴らせるリンデンに、食器を洗い終わったフェンネルがリビングのソファへと歩み寄る。背後から食器用の布巾を頭に乗せられたリンデンは、何の迷いもなくその布巾で濡れた顔面の水分を拭いた。
「……何か湿ってるぅ……?」
「知らん」
その光景を見ていたクミンは気分の悪さに顔を険しくさせるが、『本人達が良いならそっとしておく』というユズリハの言葉を思い出して見なかった事にする。
「……だが操れる量は少なかれど、二リットルでも充分に戦えた。水の形を変えれば、対応は無限大だ」
「威力に欠ける分、精度は遥かに上、か……」
真剣にクミンの能力を分析していたローズマリーが唸った。
「クミン、何処までの物なら扱えそうだ?」
「完全に水に混ざっているものなら……そうだな、ジュースや酒、水道水なんかは出来そうな気がする。油や血液などの粘度が高いものは無理だな……汚泥から綺麗な水分だけを抜き出す、とかなら可能だぞ」
「それは便利だな。まさか、洗濯物を乾かすなんて事も……?」
「出来るぞ」
クミンはリンデンが持つ布巾に指を差す。すると布巾からは茶色い水玉が数滴、弾かれるように浮き出てきた。
リンデンはカラカラに乾いた布巾を見て「すげぇ!」と驚いている。
しかし、その布の正体に気付いたリンデンから瞬く間に笑顔が消える。
「……これ、食器拭く用の布巾?」
「『何か拭くもの』っつっただろうが」
「いや、そうだけどさぁ」
眉間に皺を寄せ嫌な顔をするリンデンに、「後でちゃんと髪を洗うんだぞ」とローズマリーが苦笑交じりに助言を出した。
次に彼女はクミンを見ると、一つの疑問を投げ掛ける。
「……クミンが私達と初めて出逢った時、ユズ君の動きを止めたのはどうやったんだ?」
「筋肉内の水分を操った」
「!」
一瞬だけ、ローズマリーとフェンネルの表情が固くなった。
「……もしかして、水分を全て体外に搾り取る……なんて事も?」
「……ああ。出来る」
「やだぁ、何それ怖い」
気味悪がる様子のリンデンの横で、ソファの後ろ側から背凭れに肘をついたフェンネルが小さく嗤った。
「……元々、船内に俺達が入ってきた時点で殺すつもりだったんだもんな」
「! まさか……」
「いつでも殺せる自信があったから、すぐには手を掛けず様子を伺った。そうだろ?」
クミンは小さく頷く。その幼い顔に、表情は無い。
「……仮にでも、ユズリハの仲間だというお前達を見てみたかったから……だが、それを話した時、ユズリハには『私を細切れにして運河に捨ててやる』と言われた」
「こわっ」
「ふっ、あの人らしい」
「……かなり、緊迫した状況だったんだな」
ローズマリーが、当時を思い返して神妙な面持ちで言った。
「……その通りだ」
『今から帰ってくる仲間に手を出せば、その時点で、俺は貴女を倒すべき敵と見なします』。
全力で殺しに掛かるから精々頑張れ。そう続けた彼は、あの時、確かに殺意を持って笑みを浮かべていた。
今でこそ彼は優しく色々と教えてくれるが、クミンには、一時でも彼が自分に殺意を向けた、という事実が重く厳しいものに感じた。
故に、彼は己に心を開かないのではないか、と。
「……私は、危うく取り返しの付かない事をしてしまう所だった。ユズリハには……本当に、感謝してもし切れない程の恩がある」
「クミン……」
「私は……一番、ユズリハと仲良くなりたいのに。彼が一番、私に壁を作っている気がする」
「ま、当たり前だな」
冷たく言い放ったフェンネルに、皆が視線を向ける。
「フェノン、言葉が悪いぞ」
「事実を言っただけだ。仮にでも教育係、新人を警戒するのは当然だろ」
しかし、意外にもそれに同意を唱えたのはリンデンだった。
「そうだよねぇ。一応、船の命運も掛かってるし……教育係って、結構責任重いんだよ。俺ん時もそうだったもん」
「………………」
何処か懐かしむように笑ったリンデンに、クミンは何処か落ち込んだ様子で俯く。しかし、そんな彼女にローズマリーがそっと微笑み掛ける。
「……クミン。お前が今、そうやって悔いてくれる事こそ、本当のクミンの心だと私は思う。クミンはそれほど、私達を大切に思ってくれているんだな。嬉しいぞ」
「……ありがとう、ローズマリー」
苦笑に微笑んだクミンに、鼻を鳴らしたフェンネルは「今は興味無ぇ」と大きな欠伸を零した。突っ掛かったと思えば突然突き放す彼に、ローズマリーも呆れた様子で溜め息を漏らす。
「お前は本当に言葉に配慮が無いな。新人を泣かせたら怒るぞ」
「こっちは知らぬ間に殺される所だったんだ、そいつに情けを掛ける義理は無ぇだろ。まぁ、警戒する必要が無くなっただけ楽でいい」
「素直に『信頼出来る人で良かった』って言え」
だが、叱ってくるローズマリーを無視したフェンネルはソファを離れてダイニングへと数段の階段を上る。
「二時間ほど仮眠する。何かあったら起こせ」
「フェンネル、部屋行くの?」
「少しでも横になっとく。昼から弾薬の補充申請しねぇと」
「そっか。じゃあ俺達は本部に着くまでお茶会でもしようよ。いいでしょ、マリーさん」
「良いな」と頷いたローズマリーに、クミンが「お茶会とは」と質問する。
「皆で集まって、食事を楽しみながらお話するんだ。日頃の悩みや楽しかった事を共有して、親睦を深めたり情報交換の場を設ける事だぞ」
些か頭の固い説明にクミンが緊張した面持ちで話を聞いていたが、リンデンは楽しそうに「お菓子いっぱい食べられるよ」と付け加えた。
「ジュースも何種類か持っていこうよ。場所は俺達の部屋でいい?」
「良いぞ」
「ふざけんな、仮眠するっつってんだろ」
しかし、文句を言うフェンネルにリンデンはさも当たり前のように「なんで?」と聞き返す。
「仮眠するんだよね? フェンネルは皆がいた方がよく眠れてるじゃん」
図星を突かれて言葉を詰まらせるフェンネルだったが、やはり思う所があるのか「仕方ねぇな」と頭を掻いた。
「……風呂入ってから部屋行く」
「うん。先行ってるね」
「散らかすなよ」
「分かった!」
先にリビングを出て行ったフェンネルを視線で見送ったリンデンは、「俺も準備しよ」とソファから立ち上がる。
「リン、ユズ君がドーナツも持っていって良いと言ってくれたぞ」
「マジで!?」
やった、とリンデンは嬉しそうにはしゃいだ。
「フェンネルの分は冷蔵庫に入れておこうかな。仮眠から起きた時、食べ頃に冷えてると思うし」
「好きだなぁ。美味しいか? 冷やしドーナツ」
「美味しいよ。教えてくれたフェンネルに感謝してるぐらい」
リンデンの嬉しそうな後ろ姿を、ずっと眺めていたクミンは訝しむように眉根を寄せる。
リンデンは、フェンネルの事を熟知している。未だに自分を疑っている風のフェンネルは、リンデンをとても信頼しているように見える。
「………………」
ローズマリーやユズリハとは違う、どこか洗練された二人の関係性に、クミンは「何故」という疑問と、嫉妬にも似た少しの憧れを感じていた。
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