六話
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「………………」
「………………」
完成したオムライスの黄色い山をじっと見つめるリンデンの目の前で、ケチャップを持ったフェンネルがそっと玉子の上に注ぎ口を構える。
スッ、と滑らかな曲線を二回に分けて書くと、すぐにその割れ目の窪みに三角を書き足した。
「んんッ! あえてのスペード!」
ツッコミを入れたリンデンを無視し、フェンネルは結局スペードからの訂正もなく皿を差し出した。それでもリンデンはとても満足そうに皿を受け取り、定位置の席に座る。
リンデンの隣に座っていたクミンは、彼が何故嬉しそうなのか分からず、怪訝そうな表情で首を傾げた。
「……良いのか?」
「何が?」
リストベルのカメラで写真を撮り始めたリンデンが、笑顔のままクミンに応える。
「頼んだのはハートだろう。リクエストと違うぞ」
「いやいや、リクエストしてないのをわざわざ書いてくれたんだよ? スペードなんて、ハートより画数多いのに……神過ぎる」
「……おお……?」
「クミン、リンが笑っているならそれが正解なんだ。深く考えると余計な体力を使うぞ」
リンデンの向かい側に腰掛けたローズマリーに言われ、クミンはその難解さに苦虫を噛み潰したような顔になる。
「分からない……あの男の嫌がらせとしか思えんのに」
「リンは言葉じゃなくて相手の心を見るからなぁ。フェノンの暴言が照れ隠しなのも分かってるし」
「えぇ……?」
「クミンさん、気にするだけ無駄ですよ。本人達がそれで良いならそっとしとくに限ります」
「ユズリハ」
ユズリハが三人分の皿を纏めてテーブルに運び、ローズマリーの前にオムライスの皿を置く。
「おー、美味しそうだな」
「マリーさんは何か描いてもらったの?」
「私はクマちゃんだぞ」
「わぁ、見せて見せて」
オムライスを覗き込んだリンデンにつられて、興味を持ったクミンも視線を向ける。すると玉子のキャンバスに描かれていたのは、ケチャップとスプーンを使って描かれた、かなり写実的なヒグマの絵だった。
「く……クマちゃん……」
「べらぼうに上手ぇ」
クミンは思わず息を呑み、リンデンからは表情が消える。気付けば前のめりになって皿を覗く二人の背後に回ったユズリハが、二人に「ちゃんと座れ」と注意を促した。
「ほら、着席着席」
促されて大人しく席に着いたクミンの横では、リンデンが構わずヒグマをリストベルで撮影している。ユズリハは彼女の後ろから、料理の乗ったプレートを置いた。
「どうぞ。クミンさんの分です」
「……っ!」
その料理を見て、クミンは思わず目を輝かせた。
彼女の前に差し出されたのは、皆のオムライスとは大きく違うものだった。三つの区切りがあるプレートに、卵焼きで型どられたリス、オムレツの丘に縦断するケチャップの小川、丘の向こうに見えるチキンライスの山の頂上には、ニンジンの花があしらわれている。
その他、ミニハンバーグの船、ミニトマト、ブロッコリー、コーンなどの野菜の森があり、その向こうには、スパゲッティの海が見えた。
「わぁ、クミンのオムライスは可愛いなぁ!」
「こいつは、伝説の『お子様ランチ』……!」
「で、伝説だと?」
「ユズさんですら『面倒臭い』って作ってくれないのに……!」
「面倒というより、お前が成人したから作らないだけだ」
「作って!」
「嫌だ」
ブスくれるリンデンを無視して、ユズリハも席に着く。
「私も写真撮りたい! ポラロイド持ってくるから、食べずに待っててくれ!」
「おい、食事前にバタバタするな。リンデンも飯の写真をリストベルで撮るんじゃない。お前のせいで、俺達の夕食事情が本部に筒抜けになってるんだぞ」
「この前、司令官に『美味しそうだな』って言ってもらえたもん。怒られなかったよ?」
「怒る怒らないの話じゃない、本部の私書箱にプライベートをぶっ込むなと言ってるんだ」
「ゆ……ユズリハ」
「はい」
話の途中でも、声を掛ければすぐに振り向いてくれる。ほっとしたと同時に、何故か恥ずかしさを感じたクミンは少し俯く。
「どうしました?」
「いや……その、ユズリハは、何か描いて貰ったのか?」
「俺は普通に上掛けですよ。ただ、ケチャップではなくデミグラスソースにしてもらいました」
「ソース……?」
リンデンやローズマリーのものとは色が違うソースを示され首を傾げるクミンだったが、そんな彼女にユズリハは優しく微笑む。
「クミンさんのハンバーグに掛かっているものと同じものです。貴女のおかげで得しました」
そう笑ったユズリハに、クミンは顔を真っ赤にして再び俯く。照れ臭そうにしながら、しかし、心から嬉しそうな笑みを浮かべた彼女は「良かった」と微笑み返した。
身体に似つかわしくない大きなカメラを手に戻ってきたローズマリーがクミンの了承を得てプレートを少しずらし、リンデンも混ざってお子様ランチとヒグマのケチャップアートを真上や横から撮り始めた。二人は撮ったポラロイドを机に並べ、リンデンが撮ったリストベルの画像を確認している。
どうやら『奇跡の一枚』を探しているようだ。
「こら、早く座れ。『いただきます』するぞ」
「ん? リン、何か連絡が来てる」
「本当だ。『素晴らしい腕前だね』だって」
「ほら見ろ、また本部に見られたじゃないか」「後で司令官に謝罪とお礼メールを送っておこう。バーベイン殿、羨ましがるだろうなぁ」
「何の話だ……?」
「無視して結構です。ほら、早く座れって」
「はーい」
二人が席に付き、四人は手を合わせてローズマリーの号令で「いただきます」と声を揃える。ケチャップのスペードを崩したくなくて悶えるリンデンと、平気で熊を退治しているローズマリーを横目に、クミンはチキンライスを一口頬張った。
初めて食べる味に、彼女は頬を押さえて嬉しそうに舌鼓を打つ。
しかし、同時に少し切なげに目を伏せる。
「……ユズリハ、フェンネルは?」
「今日はキッチンで食べるそうですよ」
「……私が、ここに居るからか?」
「まさか。アイツが面倒臭い奴なだけです」
大口を開けてオムライスを食べるユズリハの言葉を聞いても、クミンはスプーンをプレートにそっと置いてしまう。
「……クミンさん?」
「まさかリンデンと料理番を変わったのは、この為なのでは……」
「!」
「そこまで、私は嫌われているのだろうか」
不安げに悩む様子のクミンに、ユズリハは思わず吹き出してしまう。
「おい、汚いぞ」
「ふっふっ……失礼しました。クミンさん、アイツは貴女に心から感謝していますよ」
「……そうは思えないが」
クミンの視線の先には、冷蔵庫から酒瓶を出しているローズマリーと何かを話しているフェンネルの姿がある。
ユズリハは、そんな彼女に「安心なさい」と優しく声を掛けた。
「フェンネルは本当に素直じゃないが、嫌いな相手には正直です。心当たりがあるでしょう?」
「……うん……」
「目の前の料理をご覧なさい。これほど手の込んだ細工を、アイツが嫌いな相手にすると思いますか?」
クミンは俯いたまま、軽く首を横に振った。
「……あまり、思わないな」
「フェンネルの飯は美味しいでしょう」
「……うん」
「今日の貴女が勇気を出して行動してくれた事に、フェンネルはアイツなりに感謝しているんです。ただ恥ずかしがり屋なので、感謝や謝罪が極端に苦手なだけ。放ったらかしで大丈夫です」
「えぇ……?」
「フェンネルはもう、貴女を仲間だと認めています。堂々となさって下さい」
「ほ……本当か!?」
「ええ」
ローズマリーも、リンデンも、貴女に感謝していますよ。
その言葉を受けてクミンが目を輝かせたその時、いつの間にか食べ終えて酒盛りをしていた二人がクミンやユズリハに絡んでくる。相当に酔っているのか、ローズマリーは陶器の酒瓶を掲げてユズリハに叫ぶ。
「へいへい、ユズ君! 君も飲んでみろ!」
「断る」
「ユズさん、デザート出来た! おっきいプリン!」
「どうも」
「おうクミン! ちゃんと食べてるか!?」
「酒臭っ」
「知ってるぞぉ? お前ぇ、約束破って監視台行っただろぉ」
「う……!」
「ローズマリー、新人をビビらせるな」
「でもなぁ!! クミンが監視台に、行ったから……うぅッ……!!」
突然、クミンの肩を掴んだローズマリーは顔をくしゃくしゃに歪ませて泣き出した。
「!?」
「クミン……っあ、ありがとうなぁ……!! クミンが動いてくれてなければ、フェノンは今頃……っ!」
「……ローズマリー……」
「助けてくれてありがとう……本当に、本当に無茶ばっかりして……勝手に危ない事するなよぉ……!」
酒瓶を片手に、ベロベロに酔っているローズマリーは、今日感じた『恐怖』をぶち撒ける。明日覚えているかどうかは分からないが、それでも、クミンは真面目な顔で「約束する」とローズマリーの手を取り真っ直ぐな目で答えた。
「ほ……本当だな!? 絶対だぞ!」
「勿論だ」
「絶対に死ぬなよ!? 私より先に、みんな、絶対に私より先に死ぬなよぉ……!」
しかし、慰めるクミンの隣で茶を啜りながらユズリハが「んな無茶な」とツッコむ。
「ユズリハ? ど、どうしてだ?」
「寿命が倍もある人種より長生きするのは無理です」
「何だと!? ユズ君は人工心肺に繋いででも延命させてやるからな!」
「断る」
「生きてるって素晴らしいね!!」
「煩いぞリンデン」
「おいクミン!! マリーさんが死ぬなっつってんだから、死ぬなよ!? 絶対死ぬなよぉ!?」
「わ、分かってる!」
「おっきいプリンあげる!」
「……ありがとう……?」
「わあぁん! リンも死ぬなぁッ!」
「もう、マリーさん泣かないで! おっきいプリンあげる!」
二人は何故か肩を組み、今度はキッチンにいるフェンネルの元へ絡みに行く。「まったく」と呟いたユズリハを見上げると、彼はクミンに視線を落として「大丈夫ですか?」と問い掛けた。
「ウチの乗組員が失礼しました。絡み酒は止めろと常日頃から注意はしているんですが」
「……毎度あの様な職務では、精神面で負荷も掛かる筈だ。羽目を外すのも仕事のウチ、なのだろう?」
「今日の新聞ですね。しかし、羽目を外すのと酒に飲まれるのは別です。アレはいけません」
「そうか」
クミンは三人を静かに見つめる。その視線の先では、フェンネルが二人に肩を抱かれたり頭を撫でられたりとされるがままになりながらも、丼に注いだチキンライスを箸で搔き込んでいる。
「……皆、仲が良いな」
「彼等は、戸籍上も家族です」
「そうなのか?」
「幼い頃からローズマリーが愛情を注いで育ててきたので、仲が良いのは当然ですね」
ユズリハは最後の一口を口に運んでオムライスを完食し、最後に皿に向かって手を合わせて頭を下げる。
すると、クミンが半分以上自分が食べたプレートを見つめながら、小さく呟くように言った。
「……最初は、ローズマリーに出された条件の為に『仲良くならねば』と思っていた」
「そうですか」
「でも……この二日間で、この国の事や沢山の事を学んで、共に戦って、私もあの輪の中に入れたらと思った」
「……そうですか」
ユズリハは嬉しく思い、彼女に見えない位置でそっと微笑む。
「ユズリハは、彼等と『家族』ではないのか?」
「俺はただの従業員です。……が」
「?」
「船長を始め、仲間達には本当に良くしてもらっていますよ。それこそ、家族同様に」
「……私も、その『家族』とやらに入れるだろうか」
「勿論です。皆にとっては、もう『家族』なのかも知れません」
「……うん」
じゃあ、お前は?
何処か線引きをされてしまった気がする。しかしクミンは、それでも頭を撫でてくれるその大きな掌を愛おしそうに受け、オムライスと共に言葉を飲み込んだ。
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