五話
切っ先に刺さった薄桃色の鉱石は抉り出される形で『モルス』の身体を離れ、瞬間、黒い靄はあっという間に空中に溶けていく。切っ先に突き刺さったまま四散していく核に合わせて、大量にいた『モルス』は跡形も無く消え去ってしまった。
リンデンはフックショットを自動操縦の飛行バイクに向け、発射しようと引き金を引く。底部の板金に撃ち込み、巻き取ろうと引き金を離した刹那だった。
巻取り部が突然、硬い板が砕けるような音を立てる。同時に外装の接合部分が浮いて歪み、ボビンの破片を引き摺っているワイヤーが本体からスポッと離れてしまった。
「……えっ?」
この瞬間、リンデンは何の支えも無く宙に投げ出された状態になった。
それを見ていたフェンネルが、焦ったように叫び出す。
「……ちょっと待て、リンデンが落ちる!!」
その高さはおよそ九十メートルだ。さすがのリンデンでも、二十階以上の建物から落下すればただでは済まない。
しかしクミンはすでに満身創痍、飛行バイクを向かわせるにも、自動操縦を解除し遠隔操作の接続をするには十分以上の時間が掛かる。
「リンデン!!」
数メートルの弧を描き、リンデンは地面へと身体を回転させながら落ち始めた。
近付いてくる地面に、彼は「やっべ」と小さく呟く。通信で皆が何かを叫んでいるが、せめて脚から、と彼は身体を捻ってバランスを取ろうとした。
地上まで三メートル。落下まで一秒を切った瞬間、突然横から抱き抱えられたリンデンの身体は下ではなく横に向かって弾かれたように飛んだ。
「おわっ!?」
数メートル抱き合って転がり、花畑の中に仰向けに倒れる。リンデンの隣には、激しく息を切らしたユズリハの姿があった。
「……し……死ぬ……っ!!」
時折噎せ、嘔吐いている彼を見て、リンデンは心から嬉しそうに微笑み礼を述べた。
「……ユズさん、ありがとう」
俯せに転がり肘を付く彼は何も言わず、ただ、リンデンに軽く手を振り親指を立てて応えた。
監視台で見ていたフェンネルも安堵に気が抜け膝を折るが、ふと横を見て、蹲る小さな背中を見つける。
少し荒れた息を整えながら身体を起こした彼女は、鼻を啜ってフェンネルに振り返った。
「……すまない、服を汚してしまった」
その姿に、思わず言葉を失う。クミンは何度も手で顔を拭うが、その顔や服は、鼻から流れ出る赤で濡れ汚れてしまっていた。出血自体も治まっていないようで、本人もどうすれば良いのか分からない様子だった。
「リンデンが落ちるのを、止められなかった……もっと余力があれば、私がすぐに捕まえてやれたのに」
ローズマリーに心配を掛けた。ユズリハに無理をさせた。リンデンに怖い思いをさせた。フェンネルを不安にさせた。
何度も鼻を啜りながら、ぶつぶつと反省や後悔を呟くクミンにフェンネルは舌打ちする。手摺りに掴まって立ち上がった彼は、クミンに背後から歩み寄ると彼女の首根を捕まえて頭を押さえ付けた。
「うわっ!? 何だ、何をするんだ!」
フェンネルは何も答えず、ポーチから瞬間冷却パックを取り出して中の薬剤を割る。バキッという音にクミンが肩を飛び上がらせたが、フェンネルは終始無言のままパックを三角巾で包んでクミンの後頭部に乗せた。
「な、何だこれは。何だ? これは何をしているんだ?」
「黙って持ってろ」
無理やり右手を取られてパックに乗せられたクミンは、「説明しろ!」と怒りながらも言われた通りにパックを持つ。フェンネルが手を離したかと思った次の瞬間には、布のような何かで鼻を中心に顔を拭われた。
「ぶっ、わっ!」
「……テメェの次の課題は、己の限界を知る事だ」
「は!?」
多少の苦しさに、クミンがフェンネルの手を払い退けようと抵抗する。しかし彼は直ぐ様クミンの細い腕を捕まえ、新しいタオルペーパーを彼女の手に直接持たせて自分で鼻を押さえさせる。
「調子に乗るなよクソガキ。テメェの力だけで万事解決させようったって、世の中そんな簡単に出来てねぇんだよ」
「なっ……はあぁぁ!? 私が来なければ、今頃は貴様など……!!」
「だから俺は、自分が一番強いだなどと死んでも思わねぇ。自分の限界を知り、出来る事しかしないと決めてる。出来ない事まで引き受けて、仲間を危険に晒すよりは余程マシだからな」
クミンは言葉を詰まらせた。彼の言葉が、何故か心に重く響く。
自分の力でリンデンを助けたかっただけであって、驕り高ぶった訳では無い。なのに、何故こうも苦しく感じるのだろうか。
気付けば、クミンは悔しさに涙を流していた。
「仲間のスペックもしっかり理解して、今どこに誰が居るのか瞬時に把握しろ。もしもの時に備えて、他人を動かす訓練もしとけ。……『チャーチグリム』はテメェ一人の船じゃねぇんだよ」
大人しく動かないクミンから手を離し、フェンネルは彼女に背中を向ける。一定の金属音が近付いて来るのを聞いて、彼は誰かが監視台へと上がってくるのを悟った。
空になったアサルトライフルのマガジンを全て回収し、二丁のライフルを肩に携えると、ローズマリーが頭を覗かせた瞬間にフェンネルは監視台から外廊下へと飛び降りていった。
「こらフェノン! ここからは飛び降りるなと言ってるだろ!」
廊下に着地して中へと入っていくフェンネルを叱ったローズマリーが監視台に上がると、そこにはさめざめと泣いているクミンの姿がある。見慣れた応急処置を完璧に受け、彼女は縋るようにローズマリーの名を呼んだ。
「私は……私は、約束を……!」
「待て待て、どうしたんだ」
落ち着きなさい、と言われ、感情が溢れたクミンはいよいよ声を上げて子供らしく大泣きし始めた。
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外では、クミンと同じように鼻血を出し動けなくなったリンデンをユズリハが肩に担いで回収した。整備室へと移動したフェンネルも合流し、装備を置いた彼はユズリハに早くシャツを脱ぐよう指示する。
備え付けの蛇口を捻ってホースから水を出したユズリハは、フェンネルに上着を引っ剥がされたリンデンの上半身に背中から水を吹き付けた。
一方で、フェンネルに言われた事をそのまま話したクミンは、呆れて頭を抱えるローズマリーに嗚咽を漏らしながら、ひたすら謝罪の弁を述べていた。
腕輪を勝手に外した事、指定された弾薬とは違う物を持って来た事。そして、フェンネルに指摘された言動。ユズリハになら処刑されても構わないと泣く彼女に、ローズマリーは賢明に弁解する。
「いやいや、指示だから。な? ユズリハもそんなつもりは毛頭無いから」
「慢心だった……自分の力を、過大評価し過ぎていたのだ。もしリンデンが怪物にとどめを刺す前に、力尽きていたかと思うと……」
「普通は初日にそこまで求めたりしないぞ、クミン。フェノンに至っては通訳が必要になったりするから、本当に気にしなくて良い」
「通訳……?」
「フェノンはな、『クミンは独りじゃないんだから、誰かに頼っても良いんだ』って言いたかったんだ」
全て背負う必要は無い。自分一人で出来る事など、たかが知れているのだから。
頼る事を恥だと思っていた頃もあった、彼だからこそ。
「クミンはもう、『チャーチグリム』の船員なんだ。だから一人で無理したりせず、困ったらいつでも私達を頼って欲しい。私達だって、クミンに助けて欲しい時はすぐにお前を呼ぶ。自分だけで解決しようだなんて、そんな寂しい事は言いっこ無しだぞ」
ローズマリーがその小さな頭を撫でれば、彼女は声も泣く静かに頷く。
「さて、止血出来てるか見せてくれ」
クミンが押さえ続けていた顔のタオルペーパーを、ローズマリーが彼女の手を取ってそっと剥がす。固まり始めた血液でペーパーが張り付いてはいたものの、鼻血は完全に治まっていた。
サイドポケットから出したビニール袋に汚れたペーパーを全て入れ、ローズマリーは立ち上がった。
「さぁ、シャワーを浴びに行こう。服も着替えないとな」
リストベルに声を掛ければ、ユズリハが「こっちも終わった」と返事する。ローズマリーはクミンの手を引いて少しずつ立たせ、二人でゆっくりと監視台を降りていった。
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