四話
それは十数分前に遡る。
「悪い、待たせた!」
ユズリハが後部ハッチから整備室に入ると、丁度ミニガンの弾薬を金属の箱から出している所だった。
「ばあぁっ!?」
「!?」
ローズマリーが肩を飛び上がらせて叫ぶと、ユズリハもつられて驚いてしまう。
「び、ビックリするじゃないか! おかえり!」
「声は掛けたんだがな」
監視台からも、ガトリングの連続的な銃撃音が響いてくる。オーバーヒートを避けるために時折音が止まるが、その間にも、少しずつ『モルス』の大群は押し寄せてきているのが分かった。
ユズリハは荷物を全て下ろすと急いで防護服を脱ぎ、壁に掛けてある大きな片刃斧を手に取って柄の先端から伸びた鎖を腕に巻き付ける。
「クミンさんは?」
「倉庫から監視台へ『おつかい』を頼んである」
「物品補充か。下へは来ないんだな?」
「勿論」
ローズマリーはリロードを終わらせ、再びミニガンを持ち上げた。ミニガトリング銃『グロキシニア』は、ローズマリーの体型に合わせて設計されており、弾薬も全て特注の物を使用している。彼女が持ち上げ、引き金を引いていられる程に軽量化してあるため、弾薬の威力もそこまで強い方ではない。
「『グロキシニア』じゃ遠距離は狙えない。私は森が近い西側を守る」
「じゃあ俺は北東を。フェンネルは北から西側の中型をメインに頼む」
《了解。誤射しねぇよう気を付けます》
「おいおい、勘弁してくれよ」
監視台からの返事に苦笑を零し、ユズリハは斧を手に後部ハッチから外へ飛び出して行った。
鹿が駆けるよりも速く走り、鎖を手に斧を右横で回転させる。風を切る低い音が鳴り、遠心力を使って斧を放てば、突き穂先が小型を貫き吹き飛ばしていく。
手から長く滑り出ていく鎖を掴まえ、横に回せば斧の刃が今度は回転鋸のように小型を斬り裂き薙ぎ倒した。
自分を軸に斧を振り回し、鎖を引いて手元へと引き寄せる。近付いてきた小型を剣舞の如く斬り払い、大地を蹴って高く飛び上がると、今度は大きく振り被って中型を一刀両断にした。
鮮やかな剣技を披露する彼の姿は監視台や後部ハッチからも見えており、誰もがその圧倒的な強さに息を呑む。しかし、そこで監視台から報告が入った。
《『アンゲロニア』弾切れ! 自動小銃に切り替えても残弾数五十切ってる、撃ち終わったら一回離れるぞ!》
《もうすぐクミンが弾を持って上がってく筈だ、ちょっと待ってろ!》
《はぁ!? アレ一連で何キロあると思って……まさか分割で持ってくる気か!?》
《フェノンなら大丈夫だって信じてるぞ!》
《そういうのはもっと余裕ある時に前もって言え!! んな面倒な事させるぐらいなら自分で取りに行った方がマシだ!》
《他に思い付かなかったんだ! 緊急で絞り出したんだから仕方無いだろ!?》
《だったらせめて七.六五ミリ持ってこさせろよ阿呆!!》
斧を振りつつ聞いていたユズリハが仲裁に入ろうかと迷っていた時、二人の会話に混ざってリンデンの通信が入った。
《マリーさん! 聞こえる!?》
更にもう一度ローズマリーを呼ぶ声に、妙な違和感を感じたユズリハが船長に変わってリンデンに答える。
「リンデン、俺だ。何があった?」
《ユズさん、二足大型が消えちゃったよ!》
《は……な、んん?》
すぐには理解出来ない報告に、ユズリハは思わず片眉を上げる。
「倒したとかでは無く?」
《あいつ、タカクコタイ? とかいうヤツだよ、核が三つあった》
「なっ……!?」
《今花畑の真上にコウモリの大群が出来てる。スカイライドじゃなきゃ届かなくて……》
ユズリハは小型を倒しながら花畑の方に目を向ける。しかし小高い丘のせいで、船より向こう側は見えず、リンデンが言う状況は確認出来ない。
「……どういう事だ?」
しかし次の瞬間、リストベルから聞こえたリンデンの声が慌てたように叫ぶ。
《駄目だ、待て!!》
「何だ、リンデン! 何があっ……」
その時ユズリハが見たのは、船の真上に突如として現れた大きな漆黒のコウモリだった。
コウモリは二本の巨大な足を広げ、船に降り立つ気なのか、または何かを掴む気なのか真っ直ぐに監視台へと鉤爪を伸ばす。
その先には、アサルトライフルを北西に構える仲間の姿があった。
避けるには相手の足が広い。飛び降りて無事に済む高さでもない。リンデンのような特殊能力を持っている筈がない彼が『モルス』に触れればどうなるのか。
しまった。突然現れた巨大な飛行型『モルス』に初動が遅れたフェンネルは、目を見開いたまま逃げ場無く立ち尽くしていた。
「フェンネル―――!!」
ユズリハの叫びが草原に響く。フェンネルに『モルス』の毒爪が触れようとしたその刹那、突然その鉤爪が、電気で弾かれたように彼から離れる。
現に、バチッと言う音を聞いたフェンネルは、何故か監視台に近付くのを止めた飛行型『モルス』に思わず目を見張る。すると、風の向きが少し変わった事で、自分の周りに甘い匂いが漂っている事に気付いた。
ユズリハの叫びにローズマリーが慌て、ユズリハも襲い来る小型の相手で船には戻れない。リンデンは木から飛び降りて花畑を走り始めたが、途中、鳥は何かを嫌がるような素振りを見せて監視台を離れ、上空を旋回し始めた。
唖然と立ち尽くすフェンネルが次に聞いたのは、カンカンという梯子の金属音と少女の声だった。
「弾を持ってきたのだが」
「!?」
ひょこ、と顔を覗かせたクミンは、タプタプと空中に浮かぶ球体を掌で操って監視台の上に移動させる。球体の中には弾薬箱が五箱、そして次に球体に包まれて上がってきたのは、リンクレス給弾システムを持つ専用ドラムマガジンだった。
「てめっ……これ……っ!!」
総重量百三十キロ超えの弾薬を一人で軽々と操るクミンは、勝手知ったるといった様子でバルカン砲に専用ドラムを取り付けている。念の為、と言いながらフェンネルの足元に置かれた弾薬箱をクミンが開けると、そこにはフェンネルの小銃とアサルトライフルの弾が入っていた。
「ふふん。ユズリハがくれたメモに、『この二つは監視台に常備』と書いてあったのだ。今日中に覚え切ってみせる、と言ったのは伊達ではない事を思い知るがいい」
ニヤリと笑んだクミンに、フェンネルはすぐに言葉が出てこなかった。
一方で、飛行型『モルス』は幾度となく船へと近付こうとしているのに、足元や頭元で何度も何かが弾け、それが邪魔をしているらしい。
「これらを運ぶのに、リンゴジュースを一本使い切ってしまった。後でユズリハに謝罪しなければ……」
「……リンゴジュース……?」
「フェンネル、弾倉設置完了だ。あのデカいのは私に任せて、貴様はユズリハを助けてやってくれ」
弾薬を包んでいた液体が全てクミンの目の前に集まり、大きな球体を作ってタプタプと動いている。クミンがジュースの球体に手を翳すと球体は一瞬で弾頭のように尖った形に変わり、両手を振り上げると同時に事でジュースの塊はコウモリの羽根を撃ち抜き風穴を開けた。
だが『モルス』は再び無数に砕けて幾数ものコウモリに分裂、大きさや数を変え、襲い掛かる準備をしているようにも見える。
「フェンネル、早く!」
「……俺に命令すんな、クソガキ!」
フェンネルは舌打ちして草原に向き直り、森に向けて掃射を再開した。
ガトリングの激しい音の中、クミンは細い腕を上下左右へ滑らかに動かしながら、リンゴジュースを巧みに操る。コウモリが何かから逃げ始めたのを見たユズリハは、再びリロードを始め、「どうなった」と問うローズマリーの通信に簡潔に説明した。
《ユズ君、上で何が起こってるんだ!? フェノンは!? クミンはどうやって『アンゲロニア』の弾を……!》
「待て待て、今クミンさんがフェンネルの援護に入ってる。俺達も早く片付けて、飛行型の討伐に……」
《飛行型!? 何だ、飛行型って! クミンは!?》
「俺にもサッパリなんだよ! 落ち着け、まずは雑魚の処理が先だ!」
その時、ローズマリーが悲鳴に近い叫び声を上げた。彼女の悲鳴は丁度クールダウンで射撃を一時中断していたフェンネルにも届き、ユズリハと共に船長の名を呼ぶ。
「ローズ!? おい!」
《今度は何だ! どうしたんだ!?》
しかし、二人の心配を他所に、ローズマリーはすぐに応えた。
《ビックリするだろぉぉ!! 声掛けながら入ってきてくれよぉぉ!!》
《だって集中してたから声掛けづらかったんだもん!》
「リンデン!?」
《何!?》
戦っていた森から走って戻ってきたリンデンは、装備室に入って飛行バイクを固定していたロープを解く。
《おい、今『下』に居るのか!?》
問い掛けたフェンネルに、リンデンは咄嗟に謝罪を返した。
「フェンネル、大丈夫!? ごめん、俺が仕留め損なっちゃって……!」
《俺は心配いらん。それより、早くスカイバイクで上がってこい! コイツにとどめを刺してくれ!》
「分かってる。でも、形が変わっちゃって核を探し直さないと……」
「待て、リン」
ミニガンを床に置いたローズマリーが、リンデンに飛行バイクのマスターキーを投げ渡す。
「私がオペレーターに入るから、一撃で討伐を完了させるんだ。一人で戦わせてすまなかったな」
「!……マリーさん」
「ユズ君、フェノン、私は戦線を離れるぞ。少しの間だけ、二人で船の防衛を頼む」
彼女が問えば、ユズリハとフェンネルから「了解」の言葉が返ってくる。ローズマリーはリンデンに頷き、リンデンもまた、ロープを解いてマスターキーを飛行バイクの鍵穴に差し込むと直ぐ様飛び立って行った。
移動中、リンデンは自分が見つけた二足大型の特徴を皆に報告する。多核個体、身体の変化、そして分離し『予備』として保管できる事……本体を討伐すれば、咆哮で現れた小型や中型を纏めて消せるかも知れない可能性も全て話した。
《こいつらも大型の一部だとしたら、核を持たない分裂物をどうやって保管してるんだ……!?》
《この『花畑』を真似たのだとしても、それだけの知性を持っていた事になる……恐ろしいな》
《手当たり次第の攻撃はイタチごっこになるぞ。ローズ、検索は掛けられたのか?》
《勿論だ!》
ローズマリーはリストベルにライブ映像を接続する。そこにはサーモグラフィーの様な画面に、一部分だけ赤く光る点が定まる事無く動き回っている。
《賢い相手だ……相手は変異を繰り返す事で、核が一定に留まらないよう移動させている》
飛行している『モルス』故、安定して狙う事は難しい。ランダムに動き回る相手をせめて固定する事が出来れば……そう考えていた時、ふとフェンネルが「何が出来るって?」と誰かに叫んだ。
「え、フェンネル、何?」
《俺じゃねぇ、チビの方だ》
すると、リストベルから少し離れた位置で「名を呼べ無礼者」と怒る少女の声が入った。
《よく見ていろ! 私ならアレを固定できるぞ!》
クミンはリンゴジュースを操り、少しずつ『モルス』を囲って分裂を防ぎながら行動範囲を狭めていく。まるで小さな鳥かごに入れられたように動けず暴れる『モルス』に、下の草原で戦っていたユズリハも思わず目を疑う。
「……本当に、何がどうなってんだ……?」
フェンネルがバルカン砲で脚を砕いた中型を、ユズリハが斧で切り裂き蹴散らしていく。その上空で、リンデンは背中から剣を抜くと深く吸った息を吐き出した。
エンジンを吹かし、飛行型の『モルス』の元へと近付いていく。
「クミン、もっとしっかり固定できる!?」
「当然!」
しかし、『モルス』はリンゴジュースのカプセルから何とか脱出しようと、コウモリの姿を崩して液体のように球体の中を暴れ回っている。手を突き出し、何かを掴むような姿で空気に爪を立てるクミンは、小さく唸りながら苦しげに顔を歪めた。
鼻の下を伝い鉄板の床に落ちる赤い液体に、フェンネルは彼女を一瞥して気付く。
《リンデン、チビの限界が近ぇ!》
「分かってる!」
フルスロットルに回した飛行バイクから、リンデンはハンドルに足を掛けて思い切り踏み込む。飛び上がり、球体にフックショットを撃ち込むと一気に球体へと身体を引き寄せた。
高速で飛びながら剣を両手で握り、大きく振り被る。
「ラスト、一個だ!!」
思い切り、剣を真下へと振り下ろす。袈裟掛けに飛ばされた斬撃は球体を一瞬で一刀両断し、同時に、リンゴジュースのカプセルはシャボン玉の様に弾け地面へと雨の如く落ちていく。
切断面に見えるのは、こぶし大の小さな核だ。肩から腕、肘、手首、指先、さらに柄や刀身、剣先まで、一瞬で意識と感覚を刀身に行き渡らせたリンデンは、その虹色に輝く切っ先を薄桃色の鉱石に強く突き立てた。
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