三話
大地を司るとされるラウリ族は、土や岩石に愛され、作物が豊富に穫れる加護を受けていると言われている。
それ故、ラウリ族の祖先は大地の愛に応えられるよう、広い大地を管理しやすい様に脚力を強く発達させた、と伝えられていた。
ユズリハはリンデンに合わせて走っていた時とは違い、まるで大砲玉の如く凄まじい速さで花畑を駆け抜けていく。
「フェンネル、大型はリンデンに任せてきたぞ!」
走りながらユズリハは叫んだが、返ってきた声は予想よりも緊迫した様子を見せていた。
《それどころじゃねぇ! ユズさん、大至急応援頼むぜ!》
開け放した通信の回線からは、絶えず銃撃の音が鳴り響いている。一体、何が……状況があまりにも不可解かつ予測不可能で、ユズリハの頬に冷や汗が流れた。
ほんの数分前、後部ハッチが開いている南側には、森から大量の二足小型と四足小型が押し寄せて来るのが見えていた。二足大型の『モルス』が咆哮を上げた直後からフェンネルが小型の気配を察知し、ローズマリーは監視台の砲台を狙撃砲からバルカン砲の『アンゲロニア』に変更、フェンネルは小型達が森から出てくる前に押し戻そうと掃射を始めた。
しかし、フェンネルは時折、小型よりも二倍ほどの高さを持つ『モルス』を確認する。小型にも亜種が存在し、大型ほど強力さはないが、小型に比べ弾の消費が多い個体がいるのだ。
『中型』が混ざっている。フェンネルは舌を打った。
「おい、ローズ!」
カメラと探査モニター、感知レーダーをオートに設定していたローズマリーが、監視台からの呼びかけに「待ってくれ」と答えた。
「あと二分! あと二分で終わるから!」
《全滅するわ阿呆! 中型のせいで掃射が追い付かねぇ、ユズさんが戻ってくるまで小型の対応出来るか!?》
「私もそう思ってたところだ、任せろ!」
何とか設定を終え、ローズマリーが操縦席から立ち上がる。一連の様子を不安そうに見つめていたクミンだったが、立ち上がったローズマリーを咄嗟に呼び止めた。
「まっ、待ってくれ」
「どうした?」
「今から……ローズマリーは、今から何処へ行くんだ?」
「人手不足はいつもでな。ちょっと手伝いに行ってくる」
「私はどうすれば良い?」
「ユズ君が到着するまで、ここで待機していてくれ」
「でも……!」
食い下がろうとして、しかし言葉を詰まらせたクミンをローズマリーは静かに見つめる。
今日初めて遠征に来た彼女が、突然の戦いに於いて出来る事はほぼ無いと言って良い。それよりも、無駄に怪我をしないよう船内に居た方が確実に安全だ。
だがクミンは、それを望んでいない。
「何か……何も、私に出来る事は無いのか……!?」
目覚めた時から、自分の存在意義を探して足掻く姿を見ている。記憶が無くとも、その心に刻まれた傷はとても深いのだろう。
なら、せめて。
ローズマリーはクミンの両肩を掴む。瞬間、びく、とクミンが身体を強張らせた。
「よく聞け、クミン。物品の暗記は出来てるな?」
「あ……ああ」
「今から倉庫へ行って、アンモボックスに入ってる二十かけ百二ミリの弾薬を監視台のフェノンに届けるんだ。一箱がとても重いから、無理をせず中を出して持っていくんだぞ」
「え、い、良いのか……?」
「今、残弾が厳しい筈だからきっと喜んでくれる。どうかフェノンを助けてやって欲しい。出来そうか?」
力強い眼差しを向けられ、最初は怖じていた様子を見せていたクミンも、意を決したように歯を食い縛ると真っ直ぐにローズマリーを見返した。
「……必ずや、その期待に応えてみせよう」
ローズマリーも、彼女の決意に頷いて返した。
「ありがとう、クミン。行ってくる」
「武運を祈る!」
「クミンも頑張れ!」
リビングから走って出て行ったローズマリーを見送ったクミンは、手に持っていたグラスからリンゴジュースを一気に飲み干す。リビングに上がってグラスをシンクの中へ置いてから冷蔵庫を開けると、彼女は何の迷いもなくリンゴジュースのペットボトルを手に取り、再び冷蔵庫を閉めた。
「……役目を果たし、ユズリハに首を打たれるのであれば悔いは無い」
ペットボトルのキャップを開けたクミンは、制御装置であるリンデンのリストベルを右手首から外した。
※
《ユズさん! ローズに小型の対応を任せてんで早めに頼んます!》
《私の『グロキシニア』をナメるなよ!》
《あと三十秒待て!》
皆の通信を聞きながら、リンデンは木の枝の上で防護服を脱ぎ、二足大型の様子を伺っていた。
相手は自身の修復を待っているのか、上を向いて動かないままだ。その隙にリストベルの通信設定を調整しつつ、彼は遠くに見える船を見やった。
「……マリーさんまで戦ってるなんて……」
自分もユズリハと共に行けば良かったのだろうか、と一瞬迷ったが、もしこの大型が着陸して無防備な船に襲い掛かれば一溜まりもない。
マイク搭載のイヤホンを左耳に掛け、『充電待機中』に設定して自分の心電図を消したリストベルを手首から外す。それを落とさないよう腰のポーチに入れたリンデンは、深く息を吸い、そして吐き出した。
不測の事態にいつも助けてくれる仲間達は皆、遠く離れた船の防衛で忙しい。核の位置を教えてくれる船長ですら、ミニガンを抱えて参戦してくれているのだ。
「この方法、あんまり使いたくないんだよなぁ……ま、頑張るけどさ。今日はオムライス……大丈夫、やれる。戻ってこられる」
リンデンは目を閉じて右手で拳を握り、その掌に神経を集中させる。すると彼の握り締めた指の間から黒い霧のような靄が現れ、腕から肩に掛けて薄いベールのように包み覆っていく。
痛みを耐える様な表情で開かれた彼の深紅の瞳は、まるで『モルス』の目の様な赤い光が揺らめいていた。
「すぐ終わらせれば、大丈夫だ!」
ユズリハのフックショットを違う木に撃ち込み、『モルス』の後ろ側に回ろうとリンデンは枝を蹴る。自分の気配を感じたらしい相手は頭が裂けた頭部が修復出来ていないにも関わらず、中途半端に再生していた赤い単眼をリンデンに向け、右腕を外に振って裏拳で叩き落とそうとしてきた。
しかし、相手は大型で初動が大振りだ。すぐにフックショットの引き金を離してワイヤーを巻き取り、勢いに気を付けながら身軽に木々を移動していく。
地面は二足小型が集まってきており、自分一人で戦うには難しくなってきている。大型の『モルス』は、集まってきた小型に触れる事で集め吸収しているように見えた。
「……まさか、これ全部『予備』か……?」
靄で出来た身体を少しずつ分離して、もしもの時は分けていた自分の一部を身体に戻している、と仮に推測する。大型を倒せば、もしかしたら、船を襲う小型も全て消えるかも知れない……リンデンはそう考え付いた。
船の方から、そして、イヤホンの奥からも、ずっと銃撃の音が続いている。ただ、良い知らせとしては、船に辿り着いたユズリハが整備室に置いてあった斧を手に参戦してくれている事だろうか。地上戦では己よりも遥かに強い彼が救援に入ってくれたなら、船の仲間達はまず安全だと言えるだろう。
暫く木々を飛び回り、自分を叩き潰そうと腕を振り上げては地面を叩く『モルス』を森の方へと誘う。相手が膝を着いて四つん這いになった瞬間を見計らい、フックショットで高く飛び上がった彼は『モルス』の頭部へと着地すると、振り落とされないようにフックショットを靄へ撃ち込んで自分の右手を『モルス』の頭部へと強く突き入れた。
「……っ!」
瞬間、約〇,〇一三秒の間に、リンデンは『モルス』の中に巡る『全て』が自分に流れ込んでくる感覚に襲われる。飛び退くように腕を抜き取り、頭部目掛けて振り下ろされる手を避けて『モルス』の頭部から飛び降りた。
空中からフックショットを木の枝へと撃ち込み、弧を描いて移動する。短く切るような息が治まらないリンデンは、胸を押さえて深呼吸を繰り返した。
「ううぅ……!」
先程よりも濃い靄が纏わり付く己の右腕を、その感触を振り払うように強く擦る。例えようの無い気持ち悪さに身震いが止まらず、心を支配されるような、頭の中に別の誰かが入ってくるような感覚がずっと背筋に残っているようだ。
『モルス』に触れると、常人であれば漏れなく心を壊される。彼等は皆一様に激しい恐怖に取り憑かれ、何かに怯え会話すらままならなくなる。
リンデンは強く頭を振り、意識に浸潤しようとする闇を振り払った。
「っあ―――!! もう、イライラする!! だから嫌だったんだよ、この方法使うの!」
だがリンデンを襲うのは、何故か恐怖ではなく強烈な『怒り』だった。全てを壊して暴れ出したくなる衝動を、リンデンは叫ぶ事で発散した。
「毎回コレだよ、怒りたくて怒ってんじゃないのになんでイライラすんの!?」
しかし、危険を冒して『モルス』に触れて得られる情報もある。核の位置、そして、その核が一つではない、という事実だ。
「大体なんで三つもあんだよ、頭おかしいんじゃないの!? また何かフェンネルに怒られるヤツじゃん!」
亜種に多いとされる多核個体だが、その多核個体の単独討伐は、リンデンにとって初仕事となる。文句を垂れながらも深呼吸を繰り返すと少しずつ腕の靄は薄くなり、リストベルを巻き直せば靄は完全に消えて無くなる。
イヤホンを外して背中の剣を抜くと、彼は木の枝の上に立ち上がって剣を構えた。
「場所が分かれば、後は斬るだけだ! 今日はオムライスなんだよ!」
枝を蹴って飛び上がり、切っ先に意識を集中させる。『モルス』の首に狙いを定めた彼は、振り被った剣を思い切り斬り下ろした。
放たれた巨大な斬撃は『モルス』の首を一撃で斬り離し、頭が少しずつ離れて地面に落ちていく。その断面にフックショットを撃ったリンデンは、すぐにワイヤーを巻き取り、中心で輝いていた人の頭程の核に剣を突き立てた。
核は砕け、地面に集まっていた小型の『モルス』が半分以上四散していく。
「よっしゃ、まず一つ!」
頭を失っても尚、大型の『モルス』は抵抗するように両腕を左右に振り回す。しかし木の枝へ上がったリンデンを追い掛けて来る事はなく、手当たり次第に地面を叩き始めた。
核はあと右肩、そして背中の中心だ。リンデンは再び木の枝から飛び降りてフックショットを巧みに操り、『モルス』が右手を振り下ろして地面を叩いた瞬間を狙って上から下へと袈裟掛けに剣を振り下ろした。
風を斬る音が聞こえた一秒後に、斬り離された右腕は地面へと低い音を立てて落下する。一度の斬撃で核は砕けたらしく、断面から覗く薄い桃色の石が空中に散り溶けていくのが見えた。
リンデンが、「二つ目だ」と嬉しそうに深く息を吐く。しかし、その時だった。
「っ!?」
地面に落ちた漆黒の腕が、突然無数に分裂して飛び回り始める。腕だけでなく、腕と頭部を失った筈の大型『モルス』も砂山が崩れるように形を変えると、さながらコウモリの大群となって一斉にリンデンへと飛び掛かってきた。
「え、何!? うわわわっ!」
触れないよう何とか剣で往なしながらフックショットで別の木に飛び移ったリンデンは、大量のコウモリに形を成した『モルス』の靄が森を離れて花畑の上空に渦を描いて集まっているのを見る。
ざわざわと、嫌な胸騒ぎがする。リンデンはリストベルに向かって、船で戦うローズマリーの名を叫んだ。
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