二話
《X地区S11(イレブン)域進入、『丈ヶ谷』到着予定まであと三分》
《三分了解。視界良好、障害物無し。着陸予定地まで残り二千七百メートル》
《了解。ありがとうフェノン》
船内スピーカーからローズマリーとフェンネルの通信を聞きながら、白い防護服に身を包み、整備室の後部ハッチに待機しているリンデンとユズリハは各々着陸に備えて固定補助ハーネスのフックを指定の手摺りに引っ掛けた。
バネが金属を弾き、小気味良い音が響いた時、ふとリンデンが「決めたんだけど」と言い出した。
「俺、今晩オムライスがいいな。オムライス食べたい」
突然の話題に、ユズリハは思わず「あ?」と聞き返すが、すぐにフェンネルの伝言を思い出して頷く。
「でも、卵は? 人数分の注文なんかした記憶無いぞ」
「今日の献立を天津飯にしようと思って、今朝無線でマリーさんに頼んでもらったの」
「そんな事に船長を使うな」
「やっぱり卵は新鮮な物がいいじゃん。他の材料も一通り揃ってるし、卵は停泊基地に戻る頃には事務所に届いてる筈だからすぐ作れるよ」
「だが、なんでオムライス?」
「卵にケチャップでハート書いて欲しくて」
何だそりゃ、と思いつつも、リンデンの注文にユズリハは監視台で全て聞いているであろうフェンネルに向けて船内マイクに語り掛ける。
「フェンネル、オムライスだとよ」
《……………………》
スピーカーからは何も聞こえない。しかし、数秒待った頃に船内スピーカーから小さく「死ね」と呟く低い声が聞こえた。
リンデンは楽しそうに「あっは!」と笑い声を上げる。
「もー、フェンネルってば天邪鬼さんなんだからぁ」
「……前から思ってたが、お前のメンタル『キュアの装甲』で出来てんのか?」
ハイマートで最も硬いとされる鎧に例えられても、リンデンは「なんで?」と気にした様子もなく首を傾げた。
「でも、強いて言えば愛で出来てるよ。俺の愛は偉大だって、マリーさんが言ってくれたもん」
「お前がそれで良いなら構わないが……指定は目標捕獲量の三倍だぞ。大丈夫か?」
「ふっふっふ、余裕だから今からリクエストしとくの。目標の三倍なんていつも獲ってるし」
つまり、フェンネルがリンデンに指定したノルマは、今夜の食事当番を代わってやるために、照れ隠しで言っただけの口実。
「……もう早くくっついちまえよお前ら」
ユズリハは露骨に面倒臭そうな顔で溜め息を吐き出した。
一方、リビングでは操縦席に座るローズマリーの背後で、クミンが不思議そうに首を傾げている。
「……ローズマリーよ、彼等の会話はいつもこんな感じなのか?」
「そうだなぁ、いつもこんな感じかも知れない」
苦笑交じりに微笑むローズマリーに、クミンは「ユズリハが可哀想だ」と呆れた様子のユズリハを労った。
「機嫌が良い時も悪い時も、あんまり変わらないな。それがあの子達の良さでもあるから」
「……普段から喧嘩しているのがか?」
「あれが『普段』で、喧嘩じゃないんだ。あの子達が本気で喧嘩になったら、殺し合いになってしまうからな」
「えぇ……?」
クミンは理由が分からず、ただ首を捻り考えている。ローズマリーはそんな彼女に苦笑し、「一緒にいれば、おのずと分かるさ」と語った。
「皆でテーブルを囲んで、一緒にご飯を食べればすぐに相手も理解出来るようになる。今夜はたくさん食べて、たくさん話そう。今日のオムライスも最高に美味しいぞ」
ニッコリと笑顔を見せるローズマリーに、クミンも苦笑を浮かべ「楽しみにしている」と返した。
「よし、じゃあ捕獲組の二人、準備は良いか?」
《バッチリだよー! エネルギーの補填してくるから、剣も持ってって良い?》
「勿論だ。ユズ君は?」
《降船準備完了、後部ハッチ解放待機中だ》
「了解、今から着陸態勢に入るぞ。皆、揺れに備えて何かに掴まれ」
《分かった!》
すると間もなく船が揺れ始め、シートベルトをしているローズマリー以外の船員達は自分の補助ハーネスから伸びたロープや手摺りのポールに掴まったりして揺れを凌ぐ。
「さぁ行くぞ。五……四……」
船長のカウントダウンが「一」を切った瞬間、一番大きな揺れが船全体に響いた。その後は揺れも完全に収まり、船内スピーカーからフェンネルの声が聞こえてくる。
《目的地到着確認。視界良好、障害物、討伐対象等の異状無し》
「了解、モニターにも反応無し、安全確認完了。ハッチを開けるぞ」
ゆっくりと後部ハッチが開き、外の風景が視界に飛び込んでくる。虹色の捕獲網を持ってさっさと出ていってしまったリンデンを見送り、ユズリハは「さぁ行くか」と腰を上げて補助ハーネスを外し、防護服のヘルメットを被った。
しかし、数秒と立たずにリンデンはハッチの目先まで走って戻ってきた。
「どうした、リンデン?」
「迷子った。どこ?」
「何?」
今度はちゃんとヘルメットを被ったリンデンとユズリハは、二人並んでゆっくり船外へと踏み出す。外は見渡す限り草原で、その向こうには森の木々が連なっている。
草原の芝生を静かに歩きながら、ユズリハはリストベルで位置情報を表示させた。
「……ん? こっちじゃないぞ」
「そうなの? どっち?」
「ハッチの反対側だ。あの丘を超えた先だな」
二人は右側に歩きながら、ローズマリーに位置情報について報告する。すると、リストベルから彼女の謝罪の言葉が聞こえた。
《最近は『花畑』への直接着陸が禁止されたからなぁ。ハッチが開く方向も考えなきゃいけなくて》
「それぐらいはリストベルでもナビが効くから構わないが……本当に面倒な奴等に目を付けられたモンだ」
「あ、もうすぐだよ!」
リンデンが走り出し、小高い丘へ駆け上がる。すると目の前には、見渡す限りの虹色に輝く花畑が広がっていた。操縦席でも、カメラの位置を回して花畑を映し出す。その美しく輝く一面の花々に、クミンも思わず目を奪われていた。
リンデンはその花畑を眺めながら楽しそうに笑み、捕獲網を広げて構える。
「マリーさん、いつでも良いよ!」
《じゃ、思う存分行って来い。気を付けるんだぞ》
「分かった!」
あっという間にリンデンが走り出し、花畑へと入っていく。膝下までの高さがある花々はリンデンが駆け抜ける毎に揺れ動き、何処に隠れていたのか、虹色に輝く手のひら大の蝶が一斉に飛び上がった。
ユズリハもリンデンの後に続き、「さぁ仕事だ」と意気込む。
風や二人の動きに合わせて揺れる乳白色の虹に輝く花、羽ばたく毎に羽根を虹色に煌めかせる蝶達……幻想的な美しい光景に、クミンは思わず感動に小さく息を吐いた。
「なんと、美しい……!」
「……綺麗だろう?」
ローズマリーが問えば、クミンは何も言わず、ただ頷いた。
「実は、あれは生き物じゃない。『キュア』と言われるエネルギー体の結晶で、最もポピュラーなのが蝶の姿をした物なんだ。他にも蜂や鳥、馬など、大きな物ほどたくさんのエネルギーを保有している」
「エネルギー体……『キュア』とは、聞いた事があるぞ。孤児院に行った時、リンデンの剣はそれで出来ているとユズリハが教えてくれた」
『モルス』を討伐するのに、必要不可欠なエネルギーだ、と。
クミンがそう話せば、ローズマリーも頷いた。
『キュア』とは、元々人々を助くという意味で名付けられた。いつしか『モルス』から守るという意味合いも強くなり、対『モルス』用の武器弾薬は全て岩型の『キュア』を削り出し、定期的にエネルギーを装填して使用していた。
「私達が普段使用している電力も、全て『キュア』から得た半永久的エネルギーによって供給されている。定期的に捕獲に来れば、電力不足を恐れる事は無い」
「だが、『キュア』は命を宿しているのか? 何故動いているんだ?」
「いや、命というよりは湯気のような物かな」
「……湯気?」
クミンがモニターを見れば、はためく内に姿を消した蝶が、再び空中で姿を現し羽ばたいている。
ハイマートの学者が唱えた説で一番有力とされているのが『気化状説』だ。地面からの水蒸気が空で集まって雲となり雨が降るように、『キュア』もまた、エネルギーが集合して揺らめいているのが姿形を成して生き物のように見えるだけ……という見解だが、何故それが昆虫や哺乳類の姿なのか、岩石や草花など動かない物もあるのは何故なのか。
解明していない理由や事象も、『キュア』にはまだまだたくさんあるのが現状だ。
「蝶の『キュア』が消えたり現れたりしているのは、羽ばたいている間に集まったエネルギーを使い果たしているかららしい。だから、再び集まるとまた蝶として姿を現す。それを繰り返しているんだ」
外では、動きにくい防護服もなんのそのでリンデンが駆け回っている。ユズリハも一歩踏み込んで網を振り、大量の蝶を網で掬ってはまた進む、を繰り返している。
しかし、その網の中に蝶の姿は無い。
「……ユズリハ達が持つ、あの網は何で出来てるんだ? 蝶が消えてるぞ」
「あの網は、軍で開発された虫取り網だ」
「『虫取り網』?」
「網の部分に、植物型の『キュア』が撚り込まれた糸を使って編まれている。あの網に入った『キュア』は、エネルギーとして網に直接蓄積されていくんだ。いわば充電式のバッテリーみたいな……」
「見ろ、リンデンが何かしてるぞ」
クミンがモニターを指差し、ローズマリーはその箇所を見る。すると、立ち止まったリンデンが、薄い桃色に輝く網を持ち柄から取り外している。
「ああ、新しい網に交換しているんだ」
ローズマリーの言う通り、リンデンは丸めて腰に吊るしていた網を広げ、取り外した網を後ろ腰のダンプポーチに押し込んでいる。
手際良く網を取り付けたリンデンは、再び花畑を走り出した。
「ある程度集めたら、蝶が網に入らず逃げていくんだ。そうなったら交換して、新しい網で捕まえていく。今日は確か目標量の三倍と言っていたから……網が十枚ぐらい必要かな?」
「……そんなに獲って、蝶は居なくなってしまったりしないのか?」
少し寂しげに話すクミンに、ローズマリーは柔らかく微笑む。
「クミンは優しいな」
「エネルギー体だと聞いても、何か可哀想だ」
「人は美しく、かつ動くものに愛着を抱く。焼き鳥は美味しいのに、鶏を捌ける人間は少ない。そんなものだ」
「…………?」
「あはは、少し難しかったな。『皆の幸せのために、誰かがしなければならない事もある』という事だ」
ローズマリーがそう言って笑っても、クミンはやはり考え込むように首を傾げるばかりだった。
「それにクミン、この花畑で、蝶が居なくなる事は無いから安心しろ」
「……どういう事だ?」
「ここは『源泉』だからな」
ハイマート周辺には、絶えず『キュア』が現れ、実体化を繰り返している場所が点在している。そこには必ず虹色の花畑が広がり、同じ輝きの生き物達が絶えず姿を現している。
ハイマートでは、その地下に『ルーンサイト』と呼ばれる鉱石が埋まっているのではないか、と言われていた。
「……『ルーンサイト』とは?」
「実は私も見た事は無い。古くからある鉱石らしいが……一番身近な場所で言えば、樹立公園にある『世界樹』の真下にも埋まっているらしい」
オリヴェール族の居住区と、革命戦争以前に旧皇家が住んでいた区域の境界に伸びる、生命の源と呼ばれる『世界を見守る樹』。民の信仰のシンボルでもあり、電力その他のエネルギーを与えてくれるその樹を、ハイマートの民は感謝と畏怖を込めて『世界樹』と呼んでいる。
「私達の国の電力は、『世界樹』下の地中深くにある『ルーンサイト』で全て賄われているらしい」
「でも、ハイマートで『キュア』が穫れるとは、どの本にも書いてなかったぞ」
「そうだな。ハイマートの『ルーンサイト』から出るエネルギーは、全て『世界樹』が吸い取ってしまっているそうだから……直接取れるエネルギーもあるが、それは『チャーチグリム』の様な大型船や、大型機械用の動力エネルギーしか穫れない」
つまり、モービルやスカイライドなどの小型移動車を動かすエネルギーとは、種類が違う。ローズマリーは、「『ルーンサイト』は発電機用のエネルギー、『キュア』は燃料やガソリンといったエネルギーだな」と説明した。
「だから、一般家庭で使う小型のバッテリーや燃料、『モルス』討伐用の弾丸や武器などの製造のためにも、『キュア』は皆が順番に取りに来なきゃ行けないんだ」
クミンはメモを取りながら、ローズマリーの説明を纏めていく。『ルーンサイト』の特徴に何処か見に覚えがある気がするも、その違和感を思い出す事は出来なかった。
モニターの向こう、外の花畑では、リンデンが既に十二枚目の網を交換し終えている。
「やべぇ、超楽しい! ユズさん、制御装置外して良い?」
「は? 何する気だ」
「ラストスパートかけるの!」
リンデンはリストベルを外して胸ポケットに入れると、両手を広げて空に大きく叫んだ。
「お――い! おいで―――!」
すると、何故か大量の蝶が一斉に飛び上がり、この花畑では滅多に見ない馬がユズリハの目の前を走り過ぎていく。
風に虹色の花々が舞い、周りの森から本物の鳥や動物達すらも、花畑に入って来た。彼等が花畑を駆け回る事で、更に蝶やその他見た事のない昆虫達が空中を飛び回っている。
「おいおい、これはどうなって……!」
初めて見る現象にユズリハが驚いていると、大量の虹色の昆虫達がリンデンを囲い出す。一見、虫達に襲われているようにも見える光景だが、しかしリンデンは落ち着いた様子で網を振るい、腰から新たな網を広げて持っていた針金を素早く通す。即席の虫取り網を三つ虫達を逃すまいと素早く捕まえていく。
逃げる虫を捕まえ、追い掛け、走ってはまた捕まえる。
リンデンは心から楽しそうに笑い、飛び上がって両腕を上げた。
「今日はオムライスだ―――ッ!!」
「おいリンデン! お前、リストベルの設定そのままで外しただろ!」
リストベルを確認してギョッとしたユズリハが、急いでリンデンを追い掛け始める。騒ぐ二人を見ながら、監視台からずっと二人を眺めていたフェンネルが自分のリストベルを見下ろすと、リンデンの心電図が赤に代わり、心拍を捉えられずに横線一本を引き続けている。
「……死んだ事になってんじゃねぇか」
フェンネルの声を聞いてか否か、船外スピーカーからローズマリーすらも「リーン! リストベルを付けなさーい!」と放送で叫んでいる。服に入れているためか籠もった声で「何ーっ!?」と叫んでいるリンデンの声が聞こえ、フェンネルは思わず呆れたように、しかし確かに優しく微笑みながら、満面の笑みで楽しそうに駆け回るリンデンの姿を眺めていた。
だがその数秒後、フェンネルは表情を消して辺りを見渡す。風の流れを読み、気配を探し出し、ある一点の方向に神経を集中させる。
「……ローズ」
操縦席では、クミンが冷蔵庫から持ち出してきたリンゴジュースを二人で乾杯していた所だった。名を呼ばれ、ローズマリーはクミンが注いでくれたグラスを操縦席右側のドリンクスタンドに入れてフェンネルに応答する。
「どうした?」
《討伐対象探知。多足大型か、二足小型が多数だ》
「!」
報告を受けたローズマリーは、直ぐ様モニターに触れて画面を幾つか切り替え、赤いボタンをタップしたりスイッチを入れたりと急に忙しなく動き始める。
不穏な空気を感じ取ったクミンは、グラスを持ったままローズマリーの背後で少し不安そうな表情でローズマリーの動きを見つめている。
「今、『モルス』反応を検索している。おおよその場所は?」
《東側の森の中だ。目視は出来ないが、間違いなく居る》
「動きはあるか?」
《今の所は無い》
「了解。ユズ君、聞こえるか?」
やっとリンデンを捕まえた所で、ユズリハのリストベルからローズマリーの声が二人に届く。
「マリーさんだ」
「聞こえてるぞ、どうした」
《フェノンが『モルス』を探知した》
「!」
その報告に、二人が同時に顔を見合わせた。
「位置は?」
《目標は確認出来てないが、攻撃に備えて一度船に戻ってくれ》
「えぇ―――っ!?」
何故か激しくがっかりするリンデンに、ユズリハは呆れた様子で「お前が大量に生き物を呼ぶから」と嗜める。
「滅多な事をする時は事前に報告しろ。こっちは何も知らないんだからビビるだろ」
「だって、楽しかったんだもん……『モルス』だって、俺剣持ってきてるし……」
「大型だったらどうするんだよ」
「頑張る!」
「馬鹿言ってないで、早く制御装置付け直せ」
不満げに唇を尖らせるリンデンに、ユズリハは彼の防護服の胸ポケットに入れられたリストベルを取り出し、リンデンの右腕に巻き直してやる。
「俺のも含めて、もうノルマの五倍は取ってんだ。今日は『モルス』を倒して、早めに帰るぞ」
「はぁーい……」
しかし、その時だった。
彼等の数メートル離れた場所に連なる木々が突然左右に薙ぎ分けられ、ニッ、と口角を上げた単願の生物が巨大なその顔を覗かせた。
巨大な人の形をした『それ』は漆黒の身体を這い蹲らせて腕で上身を起こし、深紅の単眼で二人を見下ろしている。それは間違いなく大型の二足である『モルス』で、先程の報告では船から見て東側の森の中だ、と。
二人は戦慄する。何故ここに? どうやって移動した? まさか、地面の中を潜ってきたとでもいうのか?
刹那の動きが遅れた彼等に、その『モルス』が二人を叩き潰そうと右腕を振り上げた瞬間だった。
その巨大な頭を、何かが横断し貫通する。こめかみを撃ち抜かれた『モルス』は深紅の単眼を大きく見開き、無表情で腕を振り上げたまま動きを止めた。
監視台では、フェンネルが自分の愛銃のボルトを引いて薬室から空の薬莢を排出した。
「目標確認、二足大型の亜種だ!」
フェンネルの声をリストベルに聞いた二人が我に返る。
「おっと……!?」
「うわわわわ」
《俺が足止めしてやる、まともな武器が無いなら退避しろ!》
「に……逃げろ―――っ!!」
リンデンの叫びを合図に、二人は同時に船へと向かって走り出した。
すると『モルス』がゆっくりと動き出し、その眼球がぎょろりと逃げる二人を捉える。しかしその瞬間に今度はその目を撃ち抜かれ、『モルス』は再び動きを止めた。
タイミングを見ながら、その都度フェンネルは頭や目を狙って狙撃していく。その様子を操縦席の後ろで見ていたクミンが、耐えられなくなったのか思わずローズマリーのパーカーを掴んだ。
「ろ、ローズマリー、このままではユズリハ達が……!」
しかし、ローズマリーは尚も笑顔で「慌てない、慌てない」と優しい声でクミンに応えた。
「亜種は珍しいが、捕獲中にモルスが来るなんて結構ザラだからな。慣れたものさ」
そう言われ、クミンはそっとパーカーから手を離す。するとローズマリーは落ち着いた声音で「見てろよー?」と楽しそうに言うと、手と足を素早く動かしてフットペダルと操縦桿、レバー、各種のスイッチやボタンを凄まじいスピードで操っていく。その手際の良さは、怯えていたクミンも思わず目を見張るほどだった。
ただその間にも、フェンネルの足止めが段々と『モルス』に効かなくなっているのが見て取れた。
「……銃撃の修復に慣れるのが早い。ローズ!」
名を呼ばれ、ローズマリーは「よし来た!」と叫ぶ。
「『アンゲロニア』か!?」
《『ガイラルディア』75mm炸裂弾だ! 花火みたいなの寄越せ!》
「ガッテン承知の助だ!」
ローズマリーは足元にある無数のペダルを凄まじい速さで踏み込みながら、右手でレバーを引くと左手で斜め前の大きなボタンを叩く。一方でフェンネルは狙撃の手を止めずに立ち上がり、足元を空けるように後ろの手摺りまで下がる。小銃の弾が尽きると立て掛けてあったセミオートライフルと入れ替えて、すぐに構えて撃ち始めた。
数秒後、足元の鉄板が縁一メートルを残して円形に広がる様に開き、中ではガラガラと大きな金属音を立てながら幾つもの砲台がルーレットの如く回転している。ある一つの砲台が開いた監視台の真下で止まると、その砲台監視台の上へと迫り上がってきた。
フェンネルはライフルを襷掛けに背負うと、上を向いた砲を倒してすぐに敵に砲門を向け、発射方向を定めた。
「おい野郎共、奴の『汁』に当たるなよ!」
フェンネルの通信を聞いた二人は、向かっている先の船から発射された砲弾が、白い線を描きながら飛んでくるのを見る。
「え、待って待って、嘘でしょ!?」
「状況から見て炸裂弾だ! 頑張って走れ!」
「頑張ってるってぇぇ!」
それから一秒と経たずに弾頭は『モルス』の目から頭部の中へと入り込み、轟音を響かせて爆発した。弾け飛んだ巨大な頭部は、大小様々な破片と靄を撒き散らしながら地面へと落ちていく。
「ぶわあぁ降ってくるぅ!」
「上見るな! 目に被るぞ!」
巨大な頭部の上半分を失った『モルス』は完全に動きを止め、抉られた箇所から靄が少しずつ溢れているのが確認できる。通常なら核を破壊した時に見られる現象なのだが、『モルス』は四散するどころか、負傷した箇所をゆっくりと庇うように押さえ、激しく暴れ始めた。
初めて見る状況に、ユズリハとリンデンも足を止めてその様子を見る。
「……こいつ、痛がってるのか……!?」
ユズリハが呟いた直後、突然『モルス』はピタリと動きを止めたかと思うと、空を見上げて強烈な咆哮を上げ始める。近くにいた二人は勿論、監視台にいたフェンネル、船内にいたローズマリーやクミンですらも、その爆音に思わず顔を顰め耳を塞ぐ。
数秒後、『モルス』が叫ぶのを止めると、ユズリハと共に音波の衝撃を耐え抜いたリンデンが妙な気配に胸騒ぎを覚えた。
「……ユズさん、何か来る。動物や『キュア』じゃない」
「!」
ユズリハが、リンデンが指し示す方向に目を凝らす。すると、花畑の先にある森の奥から、黒い何かが群れのように大勢走ってくるのが見えた。
それは全て、人の形をした黒い靄の様だ。
「あれ全部、二足小型か……!?」
まさか、応援を呼んだ? そんな事があり得るのだろうか。
今まで見た事のない亜種にユズリハは戦慄する。あの数に船を囲まれてしまっては、船に残る仲間達が危ない。
そんな時、リンデンは腰に巻いていた予備の網やダンプポーチをベルトごと取り外した。
「ユズさん、俺の荷物持って先に船へ戻ってて」
「は? 何する気だ」
「剣はあるから、デッカいのは俺が処理出来るかも。ユズさんはマリーさん達の援護をお願い」
「お前、でも、フックショットは?」
「何とかなるよ。今日オムライスだもん」
変わらず太陽の様に笑うリンデンに、ユズリハは呆れたように溜め息を吐く。すると彼は後ろ腰に取り付けていたホルスターから、拳銃型のフックショットを抜いてリンデンに差し出した。
「使え。俺に合わせてあるから吹っ飛び過ぎるなよ」
「……いいの?」
「お前だけには貸したくなかったんだが、この際仕方無いだろ」
リンデンはユズリハのフックショットを受け取り、嬉しそうな眼差しを彼に向ける。
「俺、頑張る!」
「……何かあったら呼べ。無理するなよ」
「分かった! ありがとう、ユズさん!」
リンデンは荷物を全てユズリハに託し、フックショットで木の上に上がる。この時、ユズリハよりも重量が軽いリンデンが「うわわわ」と飛び過ぎてバランスを崩しそうになるが、ユズリハは荷物を抱え直しながら「絶対に壊すなよ!」と釘を差していった。
※




