一話
「おやすみー。じゃあユズ君、後は頼んだぞ」
「おう。お疲れさん」
ローズマリーが、「ユズリハが寝るまで起きている」と駄々を捏ねるクミンを引き摺って、異ビングのハッチを廊下へと出ていく。
ソファにはフェンネルが腰掛け、黒い布を広げて縫い合わせた糸を切っている。その足元には、床に直接リンデンが転がって寝息を立てていた。
「コイツは『邪魔になる』って事を学ばないもんかね」
キッチンから氷を持ってきたユズリハが、床に転がるリンデンを見て苦笑を零した。
フェンネルは視線を手元に落としたまま、こちらに寝返りを打ってきたリンデンを脚で蹴って押し返す。
「そりゃ学べんでしょ。『言い出しっぺ』が真っ先に寝こけてる様じゃあ」
呆れるフェンネルに、ユズリハは吹き出して笑った。
孤児院から戻ってきた時、リンデンはとても機嫌良さげに「今日は飲みたい!」と言い出した。いつもなら皆で宴を楽しむが、疲れているであろうクミンの体調を考え、ローズマリーとクミンは先に部屋で休む事になったのだが。
二人が部屋に戻る前に、腹一杯に夕飯を食べてからソファで寛いでいるとそのまま眠ってしまったらしい。
寝返りでソファから落ちても起きない彼は、幸せそうな顔でむにゃむにゃと何かを言っている。
「楽しみにしてたのになぁ。どうする、起こすか?」
「やめときましょう。余計にウザくなる」
「はっはっはっ! さすが気遣いの出来る男は違うな」
「……こんな奴に気遣いなんざ必要無いでしょ」
疲れているだろうから、そのまま寝させてやろう。
そんな真意を汲み取ったユズリハは、不機嫌そうに眉根を寄せる彼の前に、琥珀色の酒を注いだグラスを差し出す。フェンネルがグラスを一瞥すると、グラスの中では大きな氷が一つ、澄んだ音を立てて動いた。
「……良い色だな」
「だろ? リンデンが『今日に』と選んだ酒だ」
「銘は何です?」
「あの時の地酒だ」
フェンネルは、糸を切る手を止める。
ローズマリーぼ知り合いが独自で作ったこの地酒は、二年に一度、春に送られて来るものだ。アルコール度数も分からない、手作り感満載のきつい酒だった。
あの日の『祝賀会』でも、この地酒をユズリハやリンデンと共に飲んだ。
「……まったく……」
「本当に、気遣いが下手な奴等だよ。二人共な」
あの日は、『家族』を『呪い』から救った。
今日は、本当の意味で『呪い』から解放されたのかも知れない。
フェンネルはグラスを手に取り、酒を眺める。その芳醇な香りに目を閉じれば、瞼の裏に浮かぶのは、かつて自分を愛してくれた大切な『家族』の笑顔だった。
※
※
それは、十五年前に遡る。
「セリちゃん、おかえり」
「ただいま、フェノンちゃ〜ん……今日もしこたま飲んだわぁ」
フェノン、と呼ばれたその愛らしい子供は、肩を越す長い黒髪を靡かせ、仕事から帰宅した美しい女性を我が家のリビングへ招き入れると「お疲れ様」と微笑んだ。
『フランボワーズ』。華やかで煌びやかな世界に輝く、赤く熟れた木苺色の頬を持ち、その初恋の様で深く妖艶な香りは、誰もが夢の中へと誘われていく……そんな彼女達は、畏怖と愛を込めてそう呼ばれていた。
一方では、彼女達を『夜鷹』という名で蔑み、疎んじていた人間もいる。華やかな世界の裏で、借金返済や薬物目的、罪を犯して逃げ隠れている者も多数存在したからだ。
愛と身体を売り買いし、己の欲を満たし色香に溺れる世界。それが、彼女達が暮らす『フランボワーズ・ファーム』と呼ばれる花街だった。
そんな暮らしの中で、フェノンと同居するセリという女性は、酒に酔うと決まってフェノンの親についての話を語った。
「忘れないでよぉ? フェノンはさぁ、『イリスアゲート』の落とし種なんだから」
また始まった、とフェノンは苦笑する。
イリスアゲート家。この国を代表する貴族の一つであり、現当主は二将という軍の大幹部だ。
「フェノンのオカーサンはぁ、アンタを捨てて逃げたのよ。男に捨てられて、子供まで捨てて……今の状況、恨むなら母親を恨みなよ? 立派に育って、死ぬのが惜しいと思えるほど幸せになって、『ざまーみろ』って見返してやりな。それが復讐になるからねぇ」
「はいはい」
「ほんっと、あのクソ男……あの野郎さえマトモだったら……いや、アレにハマった方もおかしかったか……『アレ』だけに……」
「くだらない事言ってないで、早く水飲んで」
フェノンは、テーブルの席に座って突っ伏す女性に水の入ったコップを渡す。まるで酒を呷るかのように水を飲み干した彼女は、酒臭い大きなゲップを一発かますと肘を付いてフェノンに笑いかけた。
「ふふ……ねぇフェノン? アンタは、最高に良い相手を捕まえなさいよ。アンタの母親や、あのクズを、ぶっ潰すぐらいに……アイツ等なんか、忘れちゃうぐらい、最高にハッピーな……」
「わかった、わかった。セリちゃん、寝るならベッドに……」
しかし、フェノンが全てを言い終えるまでに、彼女はテーブルに突っ伏してイビキを立て始めている。フェノンは溜め息を一つ吐くと、背中が大きく空いたドレスの上に、自分が来ていた小さなカーディガンを掛けた。
そして、もう一度溜め息。自分の力では、大人の女性である彼女をベッドまで運ぶ力は無い。
「どうしよっかな……」
フェノンが困っていると、ふと、机の上から呻きと笑い声が聞こえる。
「うぅぅん……フェノン〜……」
「何、セリちゃん? 寝てるの? 起きてるの?」
「ふふふ……大好きよぉ。アンタはぁ、私なんか居なくたって……幸せに、なれるんだからねぇ……」
「……セリちゃん」
「こんな所、さっさと出てってさぁ……みんなの分も、幸せに……」
いよいよ寝息をかき始めているセリに、フェノンは少し俯く。幸せそうに微笑みながら、むにゃむにゃと口を動かす彼女を見て、フェノンは胸がぎゅっとなる感覚に唇を噛んだ。
いつ言われても、その言葉は慣れない。彼女や皆がいるから、自分は今『幸せだ』と思えるのに。
己は彼女達にとって必要無いんだど言われているようで、やるせなく、切なかった。
「……セリちゃん。私は、自分だけの幸せなんか興味無いよ。復讐なんて考えてない。……正直、『イリスアゲート』も父親も母親も、心底どうでもいいと思ってるのに」
しかし、彼女は一度酒を飲めば「『ファーム』を出ろ」しか言わなくなる。彼女の友人達が言うには、死んだ己の母は、彼女と共に働いていた『フランボワーズ』だったらしい。同じ屋根の下で暮らし、同じ釜の飯を食べた、謂わば親友と呼べる存在だった、と。
愛した男に捨てられ、人生を悲観し、我が子を残して姿を消した大切な人。その遺児である己に、親友と同じ道を辿らせたくない……もしくは、『ファーム』を離れる事で、今も何処かで生きている実の母親に逢わせたいのかも知れない。
しかし、己は。
「……セリちゃんが、私のお母さんだったら良かったのにな」
コブ付きでは客が取れなくなる、と笑い飛ばされた自分なりの本心を、溜め息と共に吐き出す。
綺羅びやかなドレス、愛らしい化粧、甘く芳しい香り、細かな細工の飾りが似合う髪。
母でなくても、彼女のようになりたい。少しでも、彼女に近付きたい。それが、フェノンの心に眠る願いだった。
「フェノンちゃん、明日の……あれ、セリ帰ってきてんじゃん」
「カヤちゃん」
同じ同居人である女性が自室から顔を覗かせ、百はその女性に手を合わせて頼む。
「ごめん、カヤちゃん。セリちゃんがここで寝ちゃって……運ぶの手伝ってもらっていい?」
「全然オッケー。もー、子供にまで迷惑かけんなっての」
この家は彼女達が勤める店の下宿先になっており、五人一部屋でルームシェアをして家賃を折半している。先に帰ってきていた彼女の友人と共に、優しい笑みを浮かべて眠る彼女を寝室へと運び込んだ。
※
『フランボワーズ』達が働くのは、軍が整備する特例地区指定域の中にある地下アーケードの通りで、『ファーム』と呼ばれる花街が店を連ねている。セリ達が働く娼館を始め、オペラやストリップショー等の演劇館、クラブ、芸姑屋敷、バーや居酒屋、連れ合い茶屋など、区分ごとに様々な店が並んでいる。
店は全て、事業主が新しい店を開店するに当たって申請する店の種類によって細かに分けられているため、歌唱、演奏が主な芸姑や、酒と会話を提供するクラブ嬢が身体で色を売る、などという職種の混合は厳格に禁止されている。
もし、腕の乏しい芸者が色で金を稼ごうと思えば、芸姑屋敷から娼館へ転職する、という形になる。
「ねぇ聞いた? 一昨日の話」
夕方、出勤前に五人のオリヴェール族の女性がテーブルを囲んで鏡を並べ化粧を施す中、赤毛のハスが口を開いた。
隣で聞いていた銀髪のキリがハスを見る。
「一昨日って、ベリーハウス(芸姑屋敷)でクビになった子が出たってやつ?」
「そうそう。あの子、店のお金盗んでクビになったらしいよ。向こうの自警に捕まって、娼館に売られたって」
「それホント? 向こうのセキュリティどうなってんの」
驚きながらも呆れていたのは、長い黒髪を巻きながら櫛で梳かすセリだ。
「盗られたのも今月2回目でしょ? ガバガバにも程があるわ」
「ベリーハウスは借金に追われる子が多いからねぇ。期限内に準備できなかったか、ブラックに取り立てられたか」
栗色の髪を結うヤシが寂しげに言う。
「返済のために身を落としたはいいけど、そんな簡単に芸が身につく訳でも、客が取れる訳でもないからねぇ」
「世知辛い世の中には違いないわね」
金髪のタケの言葉に、誰もが頷いた。本人の望まぬ職業に移されるのは、実に悲しい現実である。しかし、良しも悪しもごった返したこの界隈では、実はごくごく当たり前の日常だった。
一方で、仕事という戦いに出向く準備を着々と進めている女性達のために、フェノンは朝食ならぬ夕食を準備していた。パンを焼き、小さく切ったベーコンを卵と炒め、青々としたレタスを千切り、その上に櫛切りにしたトマトとキュウリと茹でたコーンの粒を乗せる。
自分を含めた六人分の食事を並べ終わると、グラスに大麦がベースの水出しハーブティーを注いでいく。手慣れた作業を一通り終え、フェノンは女性達に向けて号令を掛けた。
「ご飯できたよー」
その声を聞けば、全員がダイニングへと足を運び出す。豪華で彩りの良いテーブルに、皆が毎日感嘆の声を漏らした。
「すごーい! フェノンちゃんのご飯大好き!」
「相変わらずスゴい豪華じゃん。ガチ天才」
「起き抜けからご馳走なんて、贅沢ねぇ」
いつもの様に褒められても、フェノンは毎度自慢気に「どんなもんだい」とふんぞり返って見せる。そんなフェノンに、いつもトセリは誇らしげに微笑んだ。
「フェノンがいてくれて、みんな大助かりだわ。本当にアンタは自慢の仲間だよ」
「……えへへ」
セリがくれるこの一言が、フェノンは大好きだった。
彼女の言葉を受けて心から嬉しそうに笑うフェノンの頭を、セリは細く優しい掌でグリグリと撫でる。まるで彼女に続くかのように、優しい姉達は四人ともフェノンの頭を優しく撫でていった。
皆で食事を摂りながら、時折世間話を交えて今日のスケジュールを話し合う。その間、フェノンはママレードの塗ったパンをかじりながら皆の話を聞いていた。
「……で、そのクズが今日も来るらしいのよ。あいつ、マジで最悪だから」
「金持ってんのにクズとかクソじゃん」
「フェノンちゃんも、恋人選びは慎重にしなさいよ? いくら金持ちでも、あんなクソ男みたいなの掴まされたら堪んないわ」
「わかるぅー! アタシ等だって人間だっての! 抜きたいだけなら人形でいいじゃん!」
「何期待してんだか。ここに来る男は皆クズでしょうがよ」
「クソクソクズクズ言わないでよ。フェノンが口悪くなったらアンタらの所為だからね」
「自分も口悪いくせにー」
「フェノンちゃんは美人になるから、相手にも口の悪さにも気をつけなきゃねぇ。そういえば、フェノンちゃんは大きくなったらなりたいモノとかあるぅ?」
「あー、気になるー」
突然話をふられたフェノンは目を点にして驚く。五人の視線が一斉にこちらに集中する中、顔を赤く染めながらも、はっきりとした口調で答えた。
「私ね、『フランボワーズ』になりたい。みんなと同じお店で働いて、みんなに楽させてあげたいの」
フェノンの可愛らしい笑顔に、友人達は一瞬顔を引き攣らせて互いを見合わせる。しかし、すぐに皆が気を取り直して「フゥ~」と声を上げ盛り上げた。
自分達が、どんな仕事をしているのかをこの子は知っている筈。なのに憧れを抱くのは、きっと自分達が極力、この子の前で暗い顔も悲しい話もしなかったからだ。
心配させまいと皆で誓い合った事が、この様な形で現れるとは誰も予想していない事だった。
皆が笑顔で言葉を懸命に選ぶ中、ヤシが考える様な仕草でフェノンに説明する。
「……んー、でもぉ。私達のお店は、オリヴェール専属だからねぇ。フェノンちゃんはマティアスだから、私達のお店はキビシーかなぁ?」
「そ、そんな事ないもん! じゃあ、違うお店で働いて、ここに一緒に住む!」
「そもそも、『フランボワーズ』が無理でしょうよ。年齢も身長もチビチビのくせに」
食い下がるフェノンの頭を撫でながら、カヤが言った。
「アンタは私等と身体の作りが違うから、無茶な注文付けると店のクルーも困っちゃうよ?」
「そ、そうだけど……」
「同じ店で働きたきゃ、いっぱい勉強して経理か弁護士の資格取りな。もしくは鍛えまくって喧嘩に強くなりな。『フランボワーズ』は無理でも、用心棒で雇ってもらえるかも知れないわよ」
「本当!?」
セリの言葉に、フェノンは落ち込みかけた顔を途端に輝かせて隣に座る彼女を見上げる。
「アンタの頭なら不可能じゃないね。でも、そのためには外の世界に触れて、強く賢くなるしかない。身に付けた知識は、必ずフェノンの役に立つからね。頑張りな」
「わかった! 頑張る!」
元気いっぱいの返事を聞いて、セリも微笑みながら、小さな頭を撫でる。その光景に、誰もが優しさに目を細めて見つめていた。
※
数日後。
臨時閉店日による久々の連休が入り、翌日も休みとあって、フェノンと五人の女性達は盛大なパーティーを繰り広げていた。
いつもより沢山食べて沢山遊んだフェノンは、いつの間にか寝落ちてしまっていたようで、真夜中、尿意に負けて目を覚ましたフェノンだったが、気が付くと自室で丁寧に布団まで被って眠っていた。
誰かが、自分を部屋まで運んでくれたらしい。感謝を感じつつトイレへと向かうためベッドを降りて部屋を出ると、リビングに近付くにつれ、皆が未だ酒盛りで楽しんでいる声が部屋の中から聞こえてきた。
まだ起きてるのか。いくら休みとは言え、と少しだけ呆れた気持ちも感じたが、本当に久々に過ごす彼女達だけの夜である事を知っているフェノンは、そっとその場を離れてトイレに向かった。
その帰り、風邪を引かぬようにと声でも掛けていこうかと考えていた時、フェノンは皆が自分の父親の話をしているのを耳にする。
「あの時、イリスアゲートのバカを殺さなかっただけ賢いと思うよ。セリは」
不穏な内容に、フェノンは咄嗟にドアの影に身を隠し、そこから動けなくなってしまう。いけないとは分かっていても、つい皆の会話に耳を澄ます。
「ふん。あのクソ男のせいで豚箱行きなんて、こっちから願い下げだからね」
「でもさぁ、本当に黙ってるつもりなの?」
「何が」
「アンタがフェノンちゃんの生みの親だって」
……え?
フェノンは思わず息を呑む。聞こえてきたのは、セリの少し暗い声だった。
「……言うわけ無いじゃん」
「なんで? 今じゃなくても、いつかは言った方がいい気がするんだけど」
「……私は言うつもり無い。フェノンの母親は、『イリスアゲート』に嫁いだ『メノウ家』の立派な淑女なのよ」
メノウ家。フェノンは、その家が今は存在しない没落した貴族であると知っていた。
客や、他の従業員が声を小さくして話していた。メノウはイリスアゲートに騙され、地位も財産も人材も、全て吸い付くされて喰われたのだ、と。
「あんなに可愛い天使を産んだのは、こんな売女じゃないわ。私じゃダメなの」
「セリ……」
「不倫の末に捨てられて、子供の性別が分かった瞬間に取り上げられそうになってさ……本当、ここに逃げてきて大正解。あんなクズに夢中になってた自分が恥ずかしいわ」
「でもさ、ちょっとザマァじゃない? 男尊女卑に絶対血筋主義の家で、後妻が産んだの女三人とか」
「マジでソレ。その上、前妻の子も女の子ばっかりとかガチでオモロすぎる。結局、唯一の男を産んだのが気紛れで娶って捨てたオリヴェールの女とか」
「セリの怨念よねぇ。でも、それってさぁ、これ以上無い素敵な復讐じゃなぁい?」
五人の女性達が、楽しそうに笑い声を上げた。
「これで、フェノンちゃんが男を好きになってくれれば最高にザマァなんだけどねぇ。ま、そればっかりはフェノンちゃん次第だけどさ」
「目指せ、お家滅亡! ってね。イリスアゲートは養子を嫌がるだろうし、一回女当主挟んでも中々なザマァだけど」
「でも、昨日フェノンちゃんが『フランボワーズ』になりたいって聞いた時はビビったなー。そりゃあの子なら、とんでもない売れっ子になると思うけどさぁ」
「そんなの絶対ダメよぉ。フェノンちゃんは私達の天使なんだからぁ。好きな人と一緒になって、幸せになって欲しいわぁ」
「……もし、フェノンが大人んなった時にさ。フェノンには、外の世界で色んな物を見て感じて、沢山考えて学んで欲しいんだよね。その上で、フェノンが自分の意志でイリスアゲートに入りたいってんなら、私は止めないよ」
「おおー、カッコいー」
「でも、今捕まったら間違いなく利用されるだろうね。あの子を操り人形にしようだなんて、私が絶対に許さない。フェノンが自分の力で戦えるようになるまで、私達で守るのよ」
「さすが、フェノンちゃんのお母さん! あの子、中身は丸ごとセリに似たんだね」
「顔も私ソックリでしょーが」
「ねぇセリ、フェノンちゃんは私達にとっても愛しい我が子なの。弟で妹で、可愛い仲間なのよ。いつだって手を貸すわ」
「うん」
「フェノンちゃんを産んでくれてありがとね、セリ」
「本当よぉ」
「……こちらこそ、だよ」
「よし! 私達の天使にカンパーイ!」
「イエーイ!」
笑い合う仲の良い五人に、フェノンは止まらない涙を賢明に拭いながらリビングを離れた。
「……セリ、ちゃんが……!」
セリが、己を産んだ本当の『母親』。
自分はこんなに祝福され、望まれて生まれてきたのか。何より、自分が夢にまで見た現実が、美しく強い憧れの女性であるセリの実子である事が、心の底から嬉しかった。
自室に戻ったフェノンは、布団に潜って涙に枕を濡らす。嬉しさに心を震わせながらも、フェノンは強い使命感が己の心を動かすのを感じた。
「……強く、なりたい」
強くならねば、彼女達を守れない。危険と犯罪が蠢く街で、彼女達を守るには、自分には何が出来るのか。
いつまでも彼女達に守られているようでは、自分は強くなれない。自分の身は自分で守る。それが当たり前になれば、彼女達も守る事が出来る筈だ。
真面目で努力家、知識欲も行動力も高いフェノンが導き出した答えは一つだった。
「……ねぇ、セリちゃん」
「ゔー、頭いて……どした?」
翌日、リビングで全員が床に散らばる中、朝食のため皆を起こしに来たフェノンが、セリに水の入ったグラスを差し出した。
弱冠九歳の幼い子供が、決意に満ちた目を大切な『家族』に向ける。
「私、自警団に入りたい」
「……は、え!? はっ!?」
二日酔いに苦しむ事も忘れて、セリは目を丸くして驚いていた。
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