『何やってんだ』
この地名を言わせたかっただけ。
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フェンネルを先頭にダクトを進み、左右を最後尾のネトルに確認しながら四つん這いで前へと這う。
狭い通路の中、時折、息を整えながらローズマリーが小さく呻いた。
「……ローズ、と言ったか」
背後からネトルの声が聞こえ、彼女は「好きなように呼んでくれ」と微笑む。
「どうかしたのか?」
「その……良ければ、代わろうか?」
「ん?」
「『妹』といえど、人を運ぶのは大変だろう」
「いも……? ああ! クミンの事か?」
すっかり『設定』を忘れていたローズマリーは思わず笑いを零す。
「いや、大丈夫だ。二人が戦ってくれているのに、私だけ何もしない訳にはいかないからな」
「責任感は美徳だが、体力に見合わない事は長く続かないぞ。無理はするな、辛くなればいつでも言ってくれ」
「ありがとう。その気遣いだけで元気が出てくるよ」
「……気遣いなどでは……」
「おーい。テメェ等、ここが敵陣地って事忘れてねぇか?」
もう少し静かに話せ、と前から聞こえる文句に、ネトルの謝罪とローズマリーの苦笑が返される。
フェンネルは呆れた様子で鼻を鳴らした。
「ったく、気の抜けた会話しやがって」
「フェノンは人見知りするもんなぁ。初対面の人ほど、会話は大事なんだぞ?」
目の前を這う右足を二回叩いたローズマリーに、フェンネルは「触んな」と舌を打つ。
「まずは、『ありがとう』と『ごめんなさい』からだなぁ」
「ナメんじゃねぇよ顔面に屁ぇこくぞテメェ」
およそ、ここが『敵陣地』とは思えぬ会話。
先程、先頭の彼が言わんとした事が喉元まで出かかり、ネトルは思わず小さく吹き出した。
「……君は、『フェノン』だったか」
「その名で呼ぶんじゃねぇよ、本気で放屁すんぞ」
「やめなさい、フェノン。すまないネット、この子は……」
「『この子』?」
ローズマリーは「えーっと」と頭を抱える。その様子を背後に感じていたフェンネルは、「もういいか」と溜め息を吐いた。
「いい加減、自己紹介し直しとけよ。後々面倒臭そうだ」
「そうだなぁ……」
「?」
ネトルが首を傾げた時だった。
突然ローズマリーのウエストポーチから「ピピピ」という高い電子音が鳴り出す。三人は肩を飛び上がらせ、ローズマリーは思わず「うわっ!?」と悲鳴を上げた。
僅かな振動を感じ、彼女は「私のバッグからだ」と気付く。
「うるせぇ、何だよ!?」
「わ、分かんない、見えないぞ」
「早く止めろ、狙い撃ちされるぞ!」
「分かってるけどクミンが居て……!」
はっ、とローズマリーは思い付いた。
「ネット、そこから私のバッグが届くかっ?」
「届くが……まさか『探れ』とっ?」
ネトルは誰にも見えない事も忘れて懸命に首を横に振った。
「駄目だ駄目だ、年頃の女の子にそんな……!」
「気色悪ぃ事言ってねぇで早く探せアホンダラ!」
「私はそんなに若くないから大丈夫だ、頼む!」
「……あ、後で訴えないでくれよ」
ネトルが前に手を伸ばし、ローズマリーがクミンの位置を上にずらす。
ワンピースの裾から露わになったウエストポーチのファスナーを恐る恐る開けたネトルは、音の音源である小さな木箱をポーチから取り出した。
「開けるぞ」
断りを入れ、木箱を開けると中には二つのペンダントが入っている。中板をペンダントごと外すと、底に小さな黒い機械がテープで貼り付けられていた。
ペンダントを蓋側に移し、機械の中心にあるボタンを押した。
「止まっ……?」
《誰?》
機械から聞こえてきた声に、ネトルが固まる。
「だ、誰……とは?」
《ねぇ、誰?》
何故か、聞こえてくる音声はとても小さい。前の二人にはネトルが何を言っているのか分からず、ローズマリーは「何だったんだ?」と彼に問い掛ける。
音声を聞き取る事に夢中になっているネトルには、彼女の声は届かない。
「だ、代理の者だ。この通信機の持ち主は今手が離せない」
《フェンネルは何処?》
「フェン……誰だと?」
《フェンネルは? 何処に居るの?》
相手の声は若く、先頭を行く彼と大差無い……否、もっと幼い。もしかしたら、目の前の少女の『弟』かも知れないとネトルは推測する。
「……良く分からないが、君は『チャーチグリム』号の関係者……いや、船長の子供さんかな?」
《そうだよ》
ネトルの言葉を聞いたローズマリーは「何?」と後ろに振り返ろうとする。
しかし、クミンの頭が視界を遮りネトルが見えない。
《フェンネルは?》
「その名前に聞き覚えは無いが、君の近くに船長は……」
《おい》
突然低い声の男性に変わる。ネトルは言葉を切った。
《時間が無いから手短に言う。所属、階級、人種、年齢、姓名、全て開示した上で、人質全員の現在の状況を包み隠さず話せ。後で照らし合わせて相違があった場合、貴様を殺す》
一息で言い切った相手の声に迷いは無い。
十数年前、すぐ隣で聞き馴染んだ声を思い出したネトルは訝しげに顔を顰めた。
「……ユーリさん?」
《あ?》
スピーカーの向こうでは、「誰?」と先程の少年が問い返している。
「えっとー……ネトルです。ネトル・アンバー」
《……ん?》
「貴方が『フェザー』に居た時、伍長だった……」
《え、誰? ユズさんの知ってる人?》
《……そこで何やってんだお前》
「あー……」
戸惑いを隠せないネトルだったが、前から「何やってる」と急かす声が聞こえる。
同時にローズマリーの不安げな顔も見え、取り敢えず「人質の逃走を手伝ってます」と答えた。
「『ご家族』が捕まってるのはB地区K5域の古い展望格納庫です。そこから一番近いK2域のポートへ向かって下さい」
《B地区K2域》
「B地区K2域……」
ぼそっと呟いたローズマリーの声にフェンネルが「あぁ?」と聞き返した。
「人質は全員無事です。お一人程体調不良で寝込んでますが、息は安定してますし汗も掻いてます。ユーリさん、どうか心配なさらず……ユーリさん?」
電池切れ。
音声は少しずつ細くなり、最後にはぱったりと聞こえなくなってしまった。
「大丈夫か……?」
伝えるべき事は伝え……られたのかは定かではないが、自分達の所在地だけでも伝えられた事は大きい筈だ。
「……君達の『船長』に居場所を伝えた。すぐ近くのポートなら、大きな船でも離着陸出来るだろう」
「B地区K2域だったか」
「ぶはっはっ!」
思わず吹き出したフェンネルに、二人は驚いて彼に視線を向ける。慌てて口を塞いだ彼は、「……悪ぃ」と気不味そうに小さく謝罪を述べた。
一方で、通信が切れても尚動けずにいたユズリハはリンデンと顔を見合わせる。
「……『アイツ』が何故、誘拐犯の本拠地に?」
「誰?」
首を傾げるリンデンに、ユズリハは「昔馴染みだ」と溜め息を吐いた。
「ネット……バカ真面目なアイツが金目的で誘拐事件なんか起こす筈が無い。それに、『人質の逃走を手伝ってる』と言っていた。多分、ローズマリー達を連れて小型船か何かで脱出するつもりなんだろう」
「B地区K2域」
「ああ。早いとこスカイライドを拝借しないと」
「B地区K2域」
「連呼するな。行くぞリンデン」
二人は道路の街灯から外れ、身を隠しながら闇の中を駆けていった。
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