傭兵とは
彼等は『討伐隊』じゃない。人間を相手にしている『兵』。
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「……足音が集まってきている。緊急時は、外回りと出入り口の人員を増やす予定なんだが」
「目的は『俺達』だな。ギッチギチに拘束して『船長』を炙り出す気か、もしくは……」
しかし全ては言わず、フェンネルはローズマリーに「チビと隠れてろ」と部屋の奥を指差す。
「仕方無い、二人は脱出路の確保を頼む。クミンは私が連れて行こう」
未だ熱の高いクミンを抱き抱え、ローズマリーは部屋の隅に重ねられた段ボールの陰へと身を隠す。一度、クミンを壁に凭れさせてから腕を肩に回して背負い直すと、パーカーとポーチの中にあったパラコードでしっかりと固定した。
立ち上がり、重みを安定させた時、すぐ外で何やら揉める声が聞こえ出した。
どうやら、『人質』の処遇で相違が起きたらしい。
一人を残して、殺すべき。
三人とも凌辱して、画像を『船長』に送れば良い。
人間とは思えない意見が飛び交う中で、一人だけ、『本来の意に反する』と人質の保護を訴える声が聞こえた。
「ペッパー……!」
ネトルが苦しげに呟き、ドアを挟んで向かい側で見ていたフェンネルが口に指を当てる。
軍で使用されるハンドサインで人種と髪型、服装を問えば、ネトルはすぐに応えた。
フェンネルはウエストポーチの中から小さな黒い筒状のキーホルダーを取り出すと、『底』のボタンをしっかり握り込んで金具部分を引き抜く。
指の本数でカウントダウンを始めた時、廊下では拳銃のスライドが引かれる音が聞こえた。
ゼロを待たず、フェンネルはドアを僅かに開けて男達の真上へキーホルダーを投げ上げる。誰もが上を見上げた時、黒い筒は刹那の強い閃光を放つと、一瞬で辺りを包む程の白い煙を吐き出した。
悲鳴や呻きが廊下に響く中、口を塞いだフェンネルは一番ドアの近くにいたオリヴェール族の男性を捕まえ、背中を引いて部屋へと引き入れた。
すぐにドアを閉め、鍵を掛ける。彼はむせ返りながら呼吸を整え、懸命に目を擦っている。
「ペッパー、すまない……!」
「目が、開かないッス……!」
「ローズ、冷却パック寄越せ」
「どうした、怪我をしたのか?」
クミンをおぶったまま顔を覗かせたローズマリーは、「その子はどうしたんだ」と首を傾げながら駆け寄ってきた。
「リンデンと作った『香辛料閃光弾』が役に立ったぜ」
「んもー、また変なの作って……」
ローズマリーは直ぐ様ポーチから冷却パックを取り出して中の薬剤を割り、軽く振ってネトルに渡す。
「目は擦っちゃ駄目だ。香辛料系ならしっかり冷やして、目が開けられるようになったら水道水で洗い流しなさい」
「……ありがとう」
「ネットさん、これは一体……?」
「ペッパー、カモミールは無事だ。『アンダー』に戻ってるらしい」
「なっ……は!?」
驚く彼に、ネトルが簡潔に説明する。全く理解が追い付いていない様子だったが、会話の内容や『ペッパー』と呼ばれた彼の反応を見る限り、ネトルの信頼する仲間である事に違いは無さそうだ。
ローズマリーは少し笑み、そして皆を呼んだ。
「聞いてくれ、この部屋の奥に換気ダクトを見つけた。そこから外へ出られるかも知れない」
携帯していたボトルから水を顔に掛け、目を洗う彼の後ろでフェンネルが「アホか」と眉根を寄せた。
「地図も無しにダクトへ入るのは危険過ぎる。一歩間違えれば、換気扇でミンチだぜ」
「だが……他に道は無いぞ。廊下を出るのは無謀だ」
「……待ってくれ、この人なら案内できる」
「!」
目を冷やしていた青年が口を開き、皆が彼に視線を向けた。
「ペッパー……無茶するな」
「俺が囮になります。ネットさんは逃げて下さい」
「おいおい、ダクトは謂わば建設物の血管だ。案内が出来るってのはどういう事だ?」
「俺達はこの組織を殆ど信用してなかった。だから、脱出路になる場所は片っ端から確認してるんだ」
「ここにいる犯罪組織も、結局は寄せ集め故に脆かったのか……」
フェンネルがダクトを覗き込み、小型のライトで奥を照らす。その広さは充分にあり、体格の良いネトルでも余裕はありそうな程の空間が長く続いている。
「で? テメェはどうするんだよ」
フェンネルは青年に向けて問い掛けた。
「奴等の注意を引きつつ、違う方向へ誘導する。そのためにも……」
青年はネトルに視線を向けた。
「……良いんだな」
「死ぬ訳じゃないんです。カモミールが生きてる望みも持てた……お願いします」
「後で会おう。絶対に死ぬなよ」
「はい」
ネトルは腰に挿していたダガーナイフを抜き、青年の左鎖骨下と左脇腹を正面から突き刺す。顔を歪ませバランスを崩す彼を抱き留めたネトルは、彼に「ありがとう」と呟いて床に座らせた。
「礼を言うのは、俺の方です。……ネットさんに付いてきて良かった」
「……待っていれば、『彼女』と逢えたかも知れないのにか?」
「その間に心は死んでたでしょう。居ても立ってもいられなかった俺を、ここへ連れてきてくれたのは貴方だ。貴方を護るために、俺は全力を尽くします。安心して行って下さい」
「……頼んだぞ」
「ご武運を」
二人のやり取りを遠目で見ながら、フェンネルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ローズマリーは悲しげに眉を下げた。
「……傭兵部族、というのは、凄まじい気概と覚悟だな」
「相手が裏切ったと見せかけるために、わざと負傷するんだったか……人間相手の職場は身体張ってんなぁ」
その『思い切り』が、傭兵という職業の強みなのだろう。
人体を知り尽くし、何処をどう刺せば重傷化しないのかを知っている……だとしても、何の躊躇いも無く大切な仲間を刺せるのかと云えば、それはまた違う話だ。
苦渋の決断である筈の事を簡単にやってのけた彼等に、軍属である二人は何処か末恐ろしさを感じていた。
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