夜道の『助け舟』
路頭に迷い掛けた彼等を掬い上げたのは。
※
日はとうに沈みきり、空には欠けた月が昇り始めている。
下道に人通りは無く、車や馬車も疎らに走っているだけだ。
二人は道を歩きながら、運転席から持ってきた地図を片手に現在地を調べる。
「『これ』は『何処』って書いてあるんだ?」
「現在地自体はC地区の南側あたり。目的地は……んー?」
「……五箇所に印か。拠点が五箇所なのか、転々と移動させる気だったのか……」
「もう、面倒臭いなぁ!」
「あちらさんもバカじゃないってこった。とにかく、連絡出来る所を探してサカキに俺達が無事な事だけでも伝えないと……」
点在する街灯しか足元が見えない道路の淵を、遠くに見える建物の灯りを目指して歩き続ける。だがその時、ふとリンデンの腕からキッチンタイマーのようなブザーが鳴り響いた。
二人で肩を飛び上がらせる。リンデンが視線を落とせば、それはサカキが『予備に』とユズリハに渡した制御装置だった。
「えっ、な、何?」
「通信要請……!? にしては、何か違和感があるな……?」
何というか、『安っぽい』。普段は軍公式のリストベルを使っている分、画面もなく、一箇所だけが赤く点滅するだけの『着信』にユズリハは首を傾げた。
リンデンの手を取り、シリコンバンドのボタンっぽい所を適当に押してみる。すると彼の手首から、先程『連絡せねば』と話していた相手の声が聞こえてきた。
《ああ、出てくれた……! お二人共、大丈夫ですか!?》
「サっちゃん!?」
「……こりゃ一体、どういう事だ?」
《試供品の通信機を制御装置に入れ込んであるんです。簡単なチャンネルで同期してる通信機同士を繋げられるので、リストベルをレンタルするより遥かに出費を抑え……》
「すごーい!」
「すまないが、セールストークは後だ。サカキ、コイツに発信機は付いてないのか?」
《勿論付いてますよ。『インフェイス』用の『制御装置』なので》
店仕舞いした整備店の奥、休憩室でサカキはノート型端末のキーボードを開き、凄まじい速さで打ち込んでいく。
画面が動き、地図上に黄色いアイコンが点滅を始めると、その位置をサカキは二人に伝えた。
《今お二人が居るのは、C地区E3域の自動車道を数百メートル西に行った所です。そのまま道なりに行けば、軍の生産工場脇に出ます》
「道なりって、どれくらい?」
リンデンの問いに、サカキは『五キロ強』と答える。
二人は顔を見合わせた。
「ちょっと遠いぃ……」
リンデンが「着く頃にはヘトヘトになってる」と唇を尖らせた時、彼が持っていた地図を取り上げたユズリハがサカキを呼んだ。
「俺達の現在地がE3域って行ってたな。E5域近辺で何か建物は無いか?」
《えっと……登録されてる地図は『廃材置き場』となってますが、路上監視カメラにはスカイライドの駐車倉庫が立ってますね》
「駐車倉庫?」
《見た感じ、『如何にも』な人達が十数人ほど待機してます》
サカキの説明に、ユズリハの眉間に皺が寄る。
「……一般人ではなさそうなんだな?」
《はい》
「ここからの距離は?」
《約四百メートルです》
「近っ!」
リンデンが道の先に目を凝らす。
「でも、駐車倉庫にしては暗いね?」
「『見つかったら困る』からだろ。スカイライドを『拝借』していくには充分な相手だ」
「えっ、泥棒するの?」
訝しそうに見てくるリンデンに、ユズリハは「人聞き悪いぞ」と苦笑した。
「泥棒やだなぁ、罪悪感で寝れなくなっちゃう」
「じゃあ『ちょっと借りていきます』って一言断っとけ」
「分かった」
無線から小さく笑い声が聞こえ、サカキが「最後に」と二人に呼び掛けた。
《この通信を切ったら、受信許可のボタンを長押しして頂いても良いですか?》
「長押し?」
「なんで?」
《実はお二人と通信を繋ぐ前に、委託先の屋台から連絡がありまして……クミンさん、でしたっけ? 彼女に試供品の簡易通信機をお渡ししたらしいんです》
「!」
二人は、再び顔を見合わせる。
「え、もしかしてマリーさん達と連絡出来るの!?」
「だがチャンネル設定は? 長押しで繋がるのか?」
《起動していれば同期出来る筈です。電波を拾えるのは五キロ以内、音がクリアに聞こえたら、先輩達が半径三キロ以内に居るのは間違い無いです》
「お前は『十徳ナイフ』かよ……!」
「すごーい!」
『痒い所に手が届く』。仕事柄、それ以上の褒め言葉は無い、とサカキは照れ笑いを溢れさせた。
《ですが、クミンさんにお渡しした通信機はあくまで試供品です。組み込んである電池は二時間しか持ちません、急いで下さい》
「了解。じゃあ切るぞ」
《どうか、お気を付けて》
「サっちゃんもね。本当にありがとう!」
二人は通信を切り、サカキも端末に繋いだヘッドセットを外す。
呼び出しの赤いランプが発信機の位置を示す場所で点滅し、時間にして約二十秒後に工業団地の遥か向こう側、丘の上にあるスクラップ工場で、もう一つの位置情報が記された。
ここに目立った建物は無い。おそらくは地下だろう。
「……お二人共、ご武運を」
そう呟いた時、店の電話が鳴る。端末を閉じて立ち上がったサカキは、受話器を手に取り耳に当てた。
「はい、コリアンダー整備店です」
《閉店していても電話に出るとは、君は少々働き過ぎじゃないのか?》
「……でっ……」
殿下!?
サカキが叫ぶと、電話の向こうで年配の男性が楽しげな声を上げて笑っていた。
《『ローゼス』が緊急事態だと『タレコミ』があった。迎えを寄越すから、詳しい話を聞かせてくれ》
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