我慢の限界
彼には禁句。
※
数十分前。
数人乗りの黒いトラックへ案内され、雨避けのカバーが掛けられた荷台へ押し込まれるように乗り込む。その中には更に十人ほどの男が乗っており、其々に見張られ、囲まれる形で二人は座らされた。
向かい合わないようユズリハは運転席側、リンデンは後ろ側に移動させられるが、リンデンは構わず目の前に座る男を真っ直ぐに見つめ続け、そんな彼を心配するユズリハが後ろを何度も見やる。
車のエンジンが掛かり、皆が一斉に後ろ側に僅かに揺れた。尻から伝わる振動は時に強く、皆が同様に動いたり顔を顰めたりしていた。
そんな中で、一人だけ俯き冷や汗を流す男が口を開いた。
「……おい、船長さんよ」
ユズリハが隣の男に小突かれ、片眉を上げて視線を向ける。
「アンタのお仲間に……その、視線を向けないで貰えるよう言ってくれないか……?」
「……フッ」
思わず失笑した彼に、全員がユズリハに顔を向けた。
「……リンデン」
名を呼んでも、彼の目は動かない。
「おい、リンデン」
「……何?」
「そんなに見ないで欲しいそうだ。お前が『怖い』らしい」
誰かからも失笑が漏れる。しかし、リンデンの表情は変わらなかった。
「……フェンネルみたいに言っていい?」
「ああ、どうぞ」
「『知ったこっちゃねーよ』」
ユズリハが小さく笑う。だが、荷台の中は静まり返ってしまった。
今度は、リンデンが「ねぇ」と口を開く。
「ユズさん、俺達は何処に連れてかれてるの?」
「さぁな……到着すれば分かる」
「マリーさんにお金預かってるのに。『お土産買っていい』って」
「節約出来て良かっただろ」
「良くないよ、お祭りで屋台巡りしたかった」
「早く終われば早く戻れるさ」
「フェンネルの気配がする」
なんで?
「……!」
脈絡の無い話が続く。氷のように重く冷たい空気に皆が懸命に耐える中、扱い慣れているような『船長』と思しき彼は再び「落ち着け」と赤い眼の青年に声を投げた。
「リンデン、制御装置が壊れたら運転手が事故る。歩いていくのは勘弁だぞ」
「えー? 一緒に歩こうよ。外の方が、『ここ』より何倍も空気が綺麗だし」
「俺は適当に『足』を探して行くからな。歩くなら一人で歩いて行ってくれ」
「やだぁ、ユズさんてばイジワルなんだから」
ね、そう思うでしょ?
細まる青年の眼差しは、男達の恐怖を誘う。自身がラウリ族のために影響を受けずにいるユズリハも、その異様な雰囲気に思わず苦笑した。
「先輩、ちょっと良いですか?」
ふと運転席が開き、助手席に座っていた若い男が顔を覗かせた。
「……何だ、手短に話せ」
ユズリハの隣りに座っていた男が答えた。
「『雇ってる』奴らが、『どれか食わせてくれ』ってうるせぇんですけど」
「駄目だと言っただろう、俺達は『売る』ために捕らえたんじゃない」
ユズリハの低い声が二人に割って入る。
「……まさか『娘達』の事じゃないよな」
「アンタが大人しく付いてくるなら、絶対に子供等に手出しはさせない。それだけは誓って約束する」
少し焦ったように、彼は「『許可しない』と言え」と助手席の男に返事を指示する。目を細め、睨むユズリハの向こうで、こちらに視線を向けたリンデンの眼を見た男の顔が僅かに青褪めた。
しかし、ほんの十秒後に助手席の男は再び荷台へ顔を向けた。
「『じゃあ男なら良いだろ』って言ってます」
「『許可しない』と言ったばかりだぞ」
「『そもそも、三人も人質は要らないだろ』って……」
「あの野蛮共が……!」
隣の男は、あろう事かユズリハに提案する。
「……アンタを『売った男』、分かるな?」
「……止めといた方がいいぞ」
「頼む、子供等を守るためだ。殺させはしないから、『遊ばせる』だけでも……」
「それ以上言うな」
「自分を裏切った男を庇うのかっ?」
「お前等に関係無いだろ」
『三人』に手を出すな。そう訴えるユズリハの口調は少し慌てていた。
「下手に手を出せば困るのはお前等だぞ」
「……船長さん、アンタが何か命令できる立場にあると思ってんのか?」
「頼むから、それ以上人質の話は……!」
「立場を弁えて貰わないと、困るのはアンタの方だ」
やれ。
そう助手席の男に言った途端、遂に何かが弾け割れるような音が荷台に響いた。
「待て、リンデン!」
「無理!」
「せめて信号まで……!」
ユズリハがそう言い掛けた時、殆どの男達が一瞬で失神する。三人ほどのラウリ族が顔を見合わせた瞬間、運転手を失った車は激しく横揺れしながら車道を外れた。
何処かの坂道を登ったと思えば、更に強く二回揺れ、バランスを崩して重力が横に向く。ユズリハとリンデンは慣れたように体勢を整え、横転した車から男達を避けながら後ろへと移動する。
「壊すなら信号で止まってから壊せ! 本当に歩く羽目になっただろ!」
「我慢できる訳無いでしょ!? いくらフェンネルが強いからって、余計な怪我負わせるなんて出来ないよ!」
「気持ちは分かるが、まずは説得してみて場所を考えてから動け。行き先も分かんねぇのに、助けにも行けないだろ」
「それは本当ごめん、運転席に回って地図無いか探してみるから……」
呻く男達の脈を全員分測りながら、死者がいない事を確認して外へ出る。辺りを確認し、車の通りや安全を確かめて、運転席側の二人も生存を確認した。
ユズリハは、運転席から空いたままの荷台へ向けて叫ぶ。
「起きてる奴がいたら聞け。ここは『中心街』から東へ抜けた郊外沿いの自動車道だ。歩いて帰るより、さっき使ってた無線で助けを呼べ」
そう言い残して、二人は車を後にする。
自動車道のフェンスにフックショットを打ち込み、リンデンを抱えたユズリハは少しずつ自動車道を下道へと降りていった。
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