『味方』と『仲間』
『ネトル』という男。
※
先程『ネトル』と名乗った男に事情を説明し、彼はフェンネルが失神させた男を引き擦って部屋の外へと運び出した。
「目を離すとすぐ『これ』だ……すまなかった」
「まったくだ! ただでさえ『ならず者』が集まる敵陣地の中なのに、フェノンは危ない目に遭うしクミンも体調を崩してしまった。ネトル君、お前は見張り係なのだろう? ちゃんと私達を見張ってないと駄目じゃないか!」
「えぇ……?」
「当たり散らしてんじゃねぇよ、鬱陶しい」
フェンネルは冷却パックをクミンの後頭部に敷き、パーカーを脱がせて彼女の下に敷き込む。
「確かに、少々俺達を信用し過ぎている気がしないでも無いが、何かあったんじゃねぇのか?」
「……特に異変はないが、先程君達の『船長』と接触したと報告があった。あと三十分程でここへ到着する」
ネトルの言葉を聞いて、ローズマリーとフェンネルは顔を見合わせた。
「『船長』は一人か? もう一人『連れ』が居ただろ」
フェンネルの問いに、彼は首を横に振る。
「詳しい報告は聞いていない。ただ、『もしもの場合に戦闘準備だけ整えておくように』との連絡はあった」
「……リンが怒ってるな……」
顎に手を当て、考え込む彼女にネトルは何気無い言葉を掛ける。
「船長は君に、どんな教育をしているんだ?」
「へ?」
ローズマリーが目を丸くし、フェンネルが「どういう意味だ」と鋭い視線を向ける。彼は直ぐ様「他意は無いが」と、語弊がある言い方を謝罪した。
「聡明で、賢く気丈な子だと思ってな。とても十三歳には見えない」
「え、そ……そうかな? えへへへ」
「気色悪ぃ笑い方してんじゃねぇよ」
フェンネルの舌打ちすら、もはやネトルは微笑ましく思う。まるで姉弟のようだ、とすら感じた。
同時に、思い浮かぶのは共に育った『兄妹達』の笑顔だった。
「……船長の娘なら、『中心街』の市長に会った事があるんじゃないのか?」
再び顔を見合わせた二人だったが、ローズマリーは首を横に振り、「すまない」と呟くように答えた。
「三年前の市長選に立候補したのは知っていたが……彼とは、私の叔父が船を降りてから会ってないんだ。というか、『会ってくれない』と言った方が良いな」
「……どういう事だ?」
そう聞いたのはフェンネルだった。
「過去に会った事はあるんだろ?」
「叔父と仲が良かった様に思う。最近は、書類の申請も決算時も人を挟んでばかり。忙しいのだと思っていたが……」
「……君の叔父は、君を引き取ってはくれなかったのか?」
「え?」
あっ、と、養子である『設定』を思い出したローズマリーは「今でも仲良しだし連絡は取るぞ」と妙な笑顔で手を振った。
「引き取れない事情があったんだ。その……叔父は、とても『疲れて』しまったから」
「…………」
フェンネルも俯く。少し悲しげな彼女の笑みにこれ以上聞いてはならない空気を感じたネトルは、「すまなかった」と謝罪の言葉を吐いた。
「それが切っ掛けなのか……どうなのかは、俺には分からない。だが、市長が裏で『オークション』を開催している事は『事実』だ」
「そこまで言うなら、証拠は取れてんだな」
フェンネルの言葉に、彼は深く頷いた。
「三年の間に、奴は別人の様になってしまった。独占欲と支配欲にまみれ、様々な税を取り立てるようになった。未納者はすぐに犯罪者扱い、店を廃業させられたり、家すらも追い出されたり……当然、自殺者も大勢出てる」
「……あんたの妹は、何故狙われたんだ?」
「……何?」
「本当にただの誘拐だったのか? 他に目的があったとかじゃねぇのか?」
「フェノン」
表情を固まらせたネトルを気遣い、ローズマリーがフェンネルに制止を掛ける。
だが、苦笑を零したネトルは僅かに視線を下げて首を振った。
「理由は無い。『オリヴェールだった』から狙われた」
「まさか……だが、そこまで危険だと分かっていて、妹達は何故『中心街』へ?」
「何故、妹達が『中心街』で攫われたと思ったんだ?」
フェンネルは目を細め、ローズマリーは愕然と目を見開く。
「……違うのか?」
「T地区の東、『自宅の庭』だ」
「まさか……!」
「貴族街に住むオリヴェールで、未成年なのは末の妹だけだった。二人を襲った人間に『直接』聞いたから間違いない」
「……ちゃんと『吐いてくれた』か?」
彼は呆れたように嗤う。
「俺も伊達に傭兵じゃない。人間の『好き嫌い』ぐらい知ってる」
「いいねぇ、後で教えてくれよ」
「……その男達は……何と、言っていた?」
「市長が『買取金額』を跳ね上げていたらしい。本当に……それだけだったよ」
フェンネルは、彼と初めて言葉を交わした時を思い出す。
『この街』では、純血しかいないオリヴェール族が『重宝』される。
「………………」
その横で、ローズマリーが改めて「何故、私達を誘拐したんだ?」と問い掛けた。
「『チャーチグリム』の船長は、軍の中枢だけでなく工業団地や自治区にも顔が利くという話だ。『先代』に会えれば一番良かったが……」
「非公開の討伐船にしては、随分『信頼された』ものだな。人によっては、『チャーチグリム』の存在すら伝説になりつつあるのに」
「軍属の間では君達は有名だぞ。話を聞いていけば、行動パターンなんかすぐに掴める」
「……へぇ、良い事聞いたぜ」
「まるでユズ君だな」
「『ユズ君』?」
フェンネルは遂にローズマリーの尻を引っ叩く。痛む尻を擦りながら失言を謝罪した彼女だったが、ネトルはフェンネルに「子供には優しくしろ」と声を低くした。
「優しい……! 優し過ぎるぞ、ネトル君……!」
「頼むから、その『ネトル君』っていうの止めてくれないか? そんな歳でも無いし」
「じゃあ『ネトル君』、あんたは船長に会ったら何を話す?」
ローズマリーが彼を見る。ネトルは顔を顰めた。
「……市長をおびき出すのを手伝って貰いたい」
「最終の狙いは市長の捕獲か」
「『オークション』の全貌を吐かせて悪事を認めさせ、末の妹が何処にいるのか聞き出す」
「……何?」
「二ヶ月前から連絡が取れないんだ。最後に話をしたのは、トパーズ三佐が検挙される二日前の朝だった」
「!」
「喧嘩別れの様になってしまった……無理に反対したのが、良くなかったのかも知れないが……」
たった独りで、『姉を殺した相手の金脈を絶ちに行く』と出て行ったきりだ。
酷い後悔と憎しみに顔を歪める彼に、二人は思わず顔を見合わせる。
「あーっ、思い出した!」
「!?」
「確か『アンバー』って言ってた! 妹さんだったのか!」
「知ってるのか……!?」
「あんたの妹、もしかして『カモミール・アンバー』か?」
「!!」
名前を聞いた瞬間、椅子から立ち上がったネトルはフェンネルの肩を掴む。
その力強さに顔を歪めたフェンネルにも気付かず、ネトルは必死な形相で聞き返した。
「その名を何処で聞いた!? 妹は何処にいるんだ!」
「痛ぇよ、落ち着け」
「知っているんだろう、全部話せ!」
「ネトル君、フェノンを離してくれ。私が話すから」
ローズマリーが彼の肩に手を置き、ネトルはゆっくりと視線を彼女に向ける。その視線は、まさに藁にも縋る思いを孕んでいた。
「妹さんは、CDHの社長を経由して『フェザー』という傭兵組織の地下集落に匿ってもらっている」
「!」
「おい、初耳だぞ。傭兵と繋がってたってのは何の冗談だ」
「『フェザー』と知り合いなのは私じゃなくてリッキーだ。私も、その組織とは面識が無い」
二人の会話を呆然と聞きながら、ネトルはフェンネルから手を離して虚を見つめる目を床に向ける。
「……本当、なのか……?」
「単独で三佐を暗殺に来ていたから、彼女への報復を警戒して秘密裏に保護したんだ。半年で自宅に帰宅できる予定だったが……連絡を遮断していた事が仇になってしまった。心配かけて、本当に済まない」
項垂れ、地面に手を付くネトルは、か細い声で「良かった」と呟いた。
フェンネルは肩を竦め、ローズマリーは胸を撫で下ろすかのように優しく微笑む。
「ネトル君、君の要望を私が叶えてあげよう。条件と言っては何だが、ここを出ていくのを手伝ってくれないか?」
「……何、だって?」
「構わないよな、フェノン?」
フェンネルは呆れたような溜め息を吐き出すが、「他に手は無ぇ」と首を振った。
「必要な物は脱出用の船と『道案内』だ。適当に武器と弾薬、鏡と『水』だ」
「水……?」
「クミンが汗を掻き始めてる。何か飲料水も一つ用意してくれ」
「ちょ、ちょっと待て!」
顔を上げ、慌てだした彼に二人は疑問符を浮かべる。
「何だよ」
「俺は君達を攫った『過激派』で『誘拐犯』だぞっ?」
「だから何だよ」
「手伝ってくれないのか?」
「だ、だが仮にでも『味方』を裏切る訳には……っ!」
「その『味方』は、お前の『仲間』ではないだろう」
ローズマリーの言葉に、ネトルはたじろぎ視線を逸らす。フェンネルもポーチから出した小型ナイフで手首の結束バンドを切り、ナイフを仕舞うと徐ろに立ち上がった。
「さてと、チビは誰が連れて行く?」
「私がおぶって行こう。二人はもしもの時に動けるようにして置いた方が良い」
「俺が前衛、『ネトル君』は二人の守備と援護を」
「だから、その『ネトル君』は止めてくれないか」
「じゃあ、何と呼べば良い?」
クミンをおぶって、自分と彼女のパーカーで身体を固定したローズマリーが問う。
ネトルは、遂に『諦め』の溜め息を吐き出した。
「……『兄弟達』は、俺を『ネット』と」
「よし、ネット君。無事にここを出たら、すぐに妹さんと通信を繋いであげるからな!」
「頼む、『君』付けで呼ぶのを止めてくれないか」
「注文が多い『新人』だなオイ」
「……『新人』?」
部屋の外では、警報ブザーが鳴り響いている。
『船長が逃げた』、『人質を殺せ』と叫ぶ大勢の男達に、ネトルから渡された拳銃のスライドを引いたフェンネルが笑った。
「さぁ、ショータイムだぜ」
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