届かなかった文句
船長は『息子』の捨て身のハニートラップに文句を言おうとしただけ。
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「……しかし、さっきのは頂けないな」
ふと、ローズマリーが呟いた。
手首に巻かれた結束バンドを早々に壁際の水滴で切ったクミンと、右側のブーツを脱いで足を伸ばすフェンネルが彼女に振り向く。
「……お前達、ちょっと自由過ぎないか?」
「同じ体勢でじっとしてられるかよ。只でさえケツが死にそうになってんのに」
「ローズマ……」
「しっ」
今は『ローズ』と呼んでくれ。
そう微笑む彼女に、クミンは小さく頷いた。
「ろ、ローズのも切ろうか?」
「本当か? じゃあ、お願いしようかな」
「はぁ? だったら俺のも切ってくれよ」
「え? しかし……」
クミンは見張り用に新しく持ち込まれた折り畳み椅子に腰掛ける、マティアス族の男へ視線を向ける。三人の視線を浴びた彼は驚いたように目を見開き首を横に振ると、「ほら」とクミンは男を指差した。
「あの男が『駄目だ』と言っているんだ。靴のは切ってやるから、手は我慢しろ」
「いい加減、肩が痛ぇんだが」
「仕方無いだろ。一応は『人質』として『捕まっていなければならない』立場なのだし」
苦笑するローズマリーに舌打ちし、フェンネルは結局腕に尻を潜らせて肩を回す。安々と手を前に持ってきた彼に、男が思わず立ち上がった。
「こらこら、駄目だと言っただろう」
「だから肩が痛ぇんだって。これ以上は触らねぇし外さねぇから、靴だけ履かせてくれ」
「まぁ、それなら……」
男はクミンが切る前に、ナイフを取り出してフェンネルのブーツに巻き付いた結束バンドを切り離す。彼が靴を履き始めるのを確認し、クミンに掌を差し出した。
「ほら、持っているのを出しなさい」
当然、クミンは『何の事か』と目を丸くする。
気付いたローズマリーが、「彼女は何も持っていない」と間に入った。
「つ、爪で削り切ったんだ。この子は手先が器用だから……」
「爪で? ハサミか何かを持っているんじゃないのか?」
「失くすと困るから、私と共用で使ってるんだ。この子は持ってない」
すると、男はクミンに「手を見せろ」と更に要求する。クミンは少しだけ警戒するが、ローズマリーに視線を向ければ、彼女は小さく頷いて返した。
おずおずと小さな手を差し出し、男が彼女の指を観察する。
「……血は出てないな。小さな子の爪は柔らかくて割れやすい。あまり無茶をするんじゃないぞ」
・・・?
三人共が訝しげな表情を浮かべ、満足そうに椅子へと戻る男の背中を見る。
あまりに奇妙。裏表の無い真っ直ぐな優しさに、強い違和感と若干の恐怖すら覚えた。
何故、この様な男が『誘拐』などという犯罪に加担しているのだろうか。
「……あ、あのっ」
男が振り向くと、『オリヴェールの少女』がこちらを見つめていた。
「どうした?」
「な、名前を教えて欲しい」
「……名前? 俺のか?」
「良かったじゃねぇか、『船長の娘』と繋がりが出来りゃ、就職先に困らなくて済むぜ?」
「……そういう点で困った事は無い。俺は『犯罪者』だ、お前達こそ、関わるべきではないだろ」
名前を聞くチャンスを潰したフェンネルをじっとり睨むローズマリーの視線に、知らん顔で顔を逸らしたフェンネルは男に言葉を続ける。
「だったら、さっさと足を洗ったらどうだ。あんた程の男に、『誘拐』や『過激派』なんてチンケな商売は向いてねぇよ」
「……そうだな。自分でも分かってる」
俯く男の表情に、ローズマリーは既視感を覚える。
あの目は、ユズリハが初めて『チャーチグリム』に来た時、過去を語ってくれた時に浮かべていた眼差しだ。
「だ、誰かは分からないが……」
ふと口を開いたクミンに、男が僅かに顔を上げた。
両手をもじもじと揉む姿は愛らしいが、その手首には、結束バンドが擦れた痕が赤く残っている。
「私を……心配してくれた事に、礼を言う」
ありがとう。
そう恥ずかしがる幼い少女の言葉を受け、男はぐっと歯を噛み締めると完全に俯いてしまった。
只事では無い『何か』がある。ローズマリーもフェンネルも、クミンですらそれを感じ取っていた。
「……もう一度、名を聞いても?」
ローズマリーが、静かに問う。
「……ネトル・アンバー」
男も、呟くように答えた。
「ネトル……何故、お前程に優しい人間が、犯罪などに手を染めてしまったんだ」
「……お前達を巻き込んで悪かったと思ってる。『船長』がここへ来て、市長と話が付けばすぐに開放してやれるんだ」
「『市長』……?」
「それまでは……どうか、もう暫くだけ大人しくしててくれ」
すると男は鼻を啜り、席を立って出ていってしまう。
三人は再び顔を見合わせ、訝しげに眉根を寄せるばかりだった。
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