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もしもの『マニュアル』

※



 入ってきたのは、皆軍装に身を包んだ二十代から三十代の若い男達だった。

 その中で、キャップ帽を被ったリーダー格の男が三人を見下ろし口を開く。


「……間違いなく、『タレコミ』の場所で捕まえたんだな?」


 タレコミ……?

 呟いたローズマリーの肩を、フェンネルが小さく小突いた。

 先程の男も隣に並び、「軍関係者である事も確認出来てる」と答える。


「『チャーチグリム』号のクルーで間違い無さそうだ」

「なら良い。お前達、船長は今どこに居る?」

「!」


 三人は顔を見合わせ、向き直ったフェンネルが男達に舌打ちした。


「……おい、船長が目的だったのか? だったら俺は関係無ぇ、解放してくれよ」


 顔を見合わせる男達に加え、クミンも戸惑うようにローズマリーを見る。しかし彼女は頷き、「大丈夫」と口を動かした。

 リーダー格らしい男が、フェンネルを見下ろした。


「……お前は何者だ? 軍属だと聞いたぞ」

「今は『チャーチグリム』に乗ってるが、他人の紹介で雇われた只の鉄砲撃ちだ」

「雇われ、だと? その子供達は?」

「ガキ共は船長の娘だ。二人共養子だから、全然似てないけどな」


 男達がざわつく。リーダー格の男がフェンネルに向ける視線は、彼の中に嘘が無いか探っているように見えた。

 しかし当の本人は全く気にも止めない様子を見せ、最初に会った男も「コイツはずっとこんな調子なんだ」と加えた。

 フェンネルは壁に体重を預け、「やってられるか」と呆れてみせる。


「まったく……ガキ共に駄々捏ねられて、飯食いに連れてってただけだってのに……」


 溜め息を吐く青年の隣で、二人の『少女』が身を寄せ合っている。褐色の少女は怯えたように『姉』を見つめ、『姉』は『妹』を励ますように固い表情ながらも笑顔を見せている。

 リーダー格の男は、一つの疑問を抱いた。


「……何故、お前のような雇われが『船長の娘』の面倒を見てる?」

「…………」

「おかしいだろう、家族でもないバイトの男に、大切な愛娘を任せられるか?」


 フェンネルは鼻で嘲笑った。


「『チャーチグリム』は男所帯、その中で俺だけが、男も女も抱く趣味が無かった。それだけで抜擢だ」


 皆が口々に話し出し、ローズマリーが少しだけ眉根を寄せる。「そんな奴いるのか?」と言った男の肩を叩いた背の高いヴァルテッリ族の男が、一歩前に出てフェンネルの前にしゃがみ込んだ。


「簡単な事だ。この顔見りゃ分かる」

「!」


 男はフェンネルの顎を掴む。上を向かせ、その頬に指を這わせた。


「つまりは『ツッコまれるのが好き』、って事だろ? なぁ色男」

「……相手してくれるのかい?」

「はっ、よく言うぜ」


 フェンネルから手を離し、男が立ち上がる。

 すると、今度はリーダー格の男がローズマリーの前に屈むと彼女の顔を覗き込んだ。

 その鋭い目に、彼女は思わず固唾を呑む。


「お前、歳は?」

「う……」

「名は何という?」

「そ、その……」


 おずおずと伏し目がちに青年を横目で見る少女に、リーダー格の男は視線の先を変えた。


「……随分頼りにされているんだな」

「二、三年も世話してりゃ、誰だって懐くようになるさ」


 フェンネルは不敵に笑った。


「質問に答えろ。彼女の名は?」

「ローズ」

「歳は?」

「十三」

「『妹』の方は?」

「クミン。歳は八つだ」

「『チャーチグリム』の船長の名は?」

「ユズリハ」


 驚いた『少女達』が同時に青年を見る。クミンが思わず「そ」と何かを言い掛けるが、すぐにローズマリーが制止し、眉間に皺を寄せてフェンネルに不満げな声を投げた。


「……う、裏切るのか、お前」


 咄嗟の誤魔化しにしては満点。そう考えたフェンネルは彼女の言葉に乗っかって「死にたくねぇからな」と視線を逸らした。

 これが上手く嵌ったようで、相手は何かを考える素振りを見せながら立ち上がった。


「船長は『空振り』だったが、子供等が『船長の娘』ならば充分使える。おい『雇われ』、船長の容姿と居場所、分かる事を全部話せ」

「言えば解放してくれるのか?」

「言わなければ殺す」


 フェンネルはゆっくりと口角を上げた。


「今の船長は、『先代』が引き取って育てた養子だ」

「先代……オリヴェールの女性だと聞いたが、引退したのか?」

「結構な高齢だったからな。今の船長は人種こそラウリ族だが、『混ざり者』でヴァルテッリの血を引くガタイの良い男だ。名はユズリハ、今日は他の船員と『コリアンダー整備店』に武器の試作を注文しに行ってる」

「名を、フルネームでもう一度」

「ユズリハ・アイオライト船長。『娘達を預かった』とでも言えば、簡単に付いてくるだろうぜ」


 リーダー格の男は「良いだろう」と頷き、後ろの面々に指示を出していく。彼も数人を連れて整備天に行くらしく、残りは待機、そして最初に会った男を、三人の見張りに付けた。

 皆が其々に頷き、部屋を出ていく。ふと立ち止まったリーダー格の男が、フェンネルを見下げて「分かっているだろうが」と続けた。


「もし嘘だった場合は、全員の首を軍本部に送り付けてやるからな」

「ははっ、怖いねぇ。だが心配は要らねぇ、行けば分かる」

「……ふん」


 全員が出ていき、三人は一斉に溜め息を吐き出す。「しんど……」と本音を漏らしたフェンネルに、クミンがキッと睨んだ。


「おい、フェンネル! ユズリハが船長とは一体……!」

「しーっ! クミン、声を押さえて!」

「だが……!」


 小声で騒ぐ二人に、フェンネルは呆れた視線を向けて鼻を鳴らした。


「よく聞けチビ。今からユズさんがリンデンを連れて『ここ』へ来る」

「!」

「それまでに俺達も出来るかぎり脱出路を見つけて外へ向かうぞ。まずは……」


 その時、聞こえた足音が少しずつ近付いて来る。一人分の足音は、この部屋の前で立ち止まり、ドアノブを回す。


「……コイツをどうするかだな」


 ドアを開けて入ってきたのは、最初に出会ったマティアス族の男だった。



※


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