もしもの『マニュアル』
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入ってきたのは、皆軍装に身を包んだ二十代から三十代の若い男達だった。
その中で、キャップ帽を被ったリーダー格の男が三人を見下ろし口を開く。
「……間違いなく、『タレコミ』の場所で捕まえたんだな?」
タレコミ……?
呟いたローズマリーの肩を、フェンネルが小さく小突いた。
先程の男も隣に並び、「軍関係者である事も確認出来てる」と答える。
「『チャーチグリム』号のクルーで間違い無さそうだ」
「なら良い。お前達、船長は今どこに居る?」
「!」
三人は顔を見合わせ、向き直ったフェンネルが男達に舌打ちした。
「……おい、船長が目的だったのか? だったら俺は関係無ぇ、解放してくれよ」
顔を見合わせる男達に加え、クミンも戸惑うようにローズマリーを見る。しかし彼女は頷き、「大丈夫」と口を動かした。
リーダー格らしい男が、フェンネルを見下ろした。
「……お前は何者だ? 軍属だと聞いたぞ」
「今は『チャーチグリム』に乗ってるが、他人の紹介で雇われた只の鉄砲撃ちだ」
「雇われ、だと? その子供達は?」
「ガキ共は船長の娘だ。二人共養子だから、全然似てないけどな」
男達がざわつく。リーダー格の男がフェンネルに向ける視線は、彼の中に嘘が無いか探っているように見えた。
しかし当の本人は全く気にも止めない様子を見せ、最初に会った男も「コイツはずっとこんな調子なんだ」と加えた。
フェンネルは壁に体重を預け、「やってられるか」と呆れてみせる。
「まったく……ガキ共に駄々捏ねられて、飯食いに連れてってただけだってのに……」
溜め息を吐く青年の隣で、二人の『少女』が身を寄せ合っている。褐色の少女は怯えたように『姉』を見つめ、『姉』は『妹』を励ますように固い表情ながらも笑顔を見せている。
リーダー格の男は、一つの疑問を抱いた。
「……何故、お前のような雇われが『船長の娘』の面倒を見てる?」
「…………」
「おかしいだろう、家族でもないバイトの男に、大切な愛娘を任せられるか?」
フェンネルは鼻で嘲笑った。
「『チャーチグリム』は男所帯、その中で俺だけが、男も女も抱く趣味が無かった。それだけで抜擢だ」
皆が口々に話し出し、ローズマリーが少しだけ眉根を寄せる。「そんな奴いるのか?」と言った男の肩を叩いた背の高いヴァルテッリ族の男が、一歩前に出てフェンネルの前にしゃがみ込んだ。
「簡単な事だ。この顔見りゃ分かる」
「!」
男はフェンネルの顎を掴む。上を向かせ、その頬に指を這わせた。
「つまりは『ツッコまれるのが好き』、って事だろ? なぁ色男」
「……相手してくれるのかい?」
「はっ、よく言うぜ」
フェンネルから手を離し、男が立ち上がる。
すると、今度はリーダー格の男がローズマリーの前に屈むと彼女の顔を覗き込んだ。
その鋭い目に、彼女は思わず固唾を呑む。
「お前、歳は?」
「う……」
「名は何という?」
「そ、その……」
おずおずと伏し目がちに青年を横目で見る少女に、リーダー格の男は視線の先を変えた。
「……随分頼りにされているんだな」
「二、三年も世話してりゃ、誰だって懐くようになるさ」
フェンネルは不敵に笑った。
「質問に答えろ。彼女の名は?」
「ローズ」
「歳は?」
「十三」
「『妹』の方は?」
「クミン。歳は八つだ」
「『チャーチグリム』の船長の名は?」
「ユズリハ」
驚いた『少女達』が同時に青年を見る。クミンが思わず「そ」と何かを言い掛けるが、すぐにローズマリーが制止し、眉間に皺を寄せてフェンネルに不満げな声を投げた。
「……う、裏切るのか、お前」
咄嗟の誤魔化しにしては満点。そう考えたフェンネルは彼女の言葉に乗っかって「死にたくねぇからな」と視線を逸らした。
これが上手く嵌ったようで、相手は何かを考える素振りを見せながら立ち上がった。
「船長は『空振り』だったが、子供等が『船長の娘』ならば充分使える。おい『雇われ』、船長の容姿と居場所、分かる事を全部話せ」
「言えば解放してくれるのか?」
「言わなければ殺す」
フェンネルはゆっくりと口角を上げた。
「今の船長は、『先代』が引き取って育てた養子だ」
「先代……オリヴェールの女性だと聞いたが、引退したのか?」
「結構な高齢だったからな。今の船長は人種こそラウリ族だが、『混ざり者』でヴァルテッリの血を引くガタイの良い男だ。名はユズリハ、今日は他の船員と『コリアンダー整備店』に武器の試作を注文しに行ってる」
「名を、フルネームでもう一度」
「ユズリハ・アイオライト船長。『娘達を預かった』とでも言えば、簡単に付いてくるだろうぜ」
リーダー格の男は「良いだろう」と頷き、後ろの面々に指示を出していく。彼も数人を連れて整備天に行くらしく、残りは待機、そして最初に会った男を、三人の見張りに付けた。
皆が其々に頷き、部屋を出ていく。ふと立ち止まったリーダー格の男が、フェンネルを見下げて「分かっているだろうが」と続けた。
「もし嘘だった場合は、全員の首を軍本部に送り付けてやるからな」
「ははっ、怖いねぇ。だが心配は要らねぇ、行けば分かる」
「……ふん」
全員が出ていき、三人は一斉に溜め息を吐き出す。「しんど……」と本音を漏らしたフェンネルに、クミンがキッと睨んだ。
「おい、フェンネル! ユズリハが船長とは一体……!」
「しーっ! クミン、声を押さえて!」
「だが……!」
小声で騒ぐ二人に、フェンネルは呆れた視線を向けて鼻を鳴らした。
「よく聞けチビ。今からユズさんがリンデンを連れて『ここ』へ来る」
「!」
「それまでに俺達も出来るかぎり脱出路を見つけて外へ向かうぞ。まずは……」
その時、聞こえた足音が少しずつ近付いて来る。一人分の足音は、この部屋の前で立ち止まり、ドアノブを回す。
「……コイツをどうするかだな」
ドアを開けて入ってきたのは、最初に出会ったマティアス族の男だった。
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