目覚めた先で
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数十分前。
フェンネルが目を覚ますと、まず視界に入ったのは誰かの背中だった。背中の向こうには歩き続ける足、そしてコンクリートの床が上へと流れていく。
腕は腰の後ろで細い何かで縛られ、腹に自重の圧を感じる。自分が誰かの肩に担がれていると気付いたのは、数秒後だった。
「……目が覚めても、大人しくしていた方が身のためだぞ」
「!」
突然聞こえた知らない声に、フェンネルは僅かに目を見開く。
「……いびき嗅いてたか?」
隠す事もなく答えれば、彼を担ぐ男は至って真面目に「全く無い」と答えた。
「だが、寝ている時と起きている時では呼吸音が違う。お前は分かりにくい方だな」
「へぇ……」
呼吸音で狸寝入りを見分ける方法はユズリハに教えてもらった事だ。フェンネルは続けて口を開く。
「あんた、もしかして傭兵か?」
「……今は違う」
「俺を殺さなかったのは何故だ?」
「『彼女達』の警報機を外して貰いたい。下手に触らないよう『仲間』には伝えてあるから、二人は無事だ」
「……成る程、あんたが賢い人間で良かったよ」
予想外に早く二人の無事を知れた事で、フェンネルは男の背に隠れて本気で安堵の息を吐く。
するとドアノブが回る音が聞こえ、「ここだ」と言った男はフェンネルを降ろして壁際に座らせた。
部屋には大量の段ボールが置かれ、ドラム缶も幾つか並べられている。その隅に二人の小さな人影を見つけたフェンネルは、寄り添って眠る二人を確認して男に視線を移した。
黒髪にベージュの肌。マティアス族らしいが、その髪は短髪に刈り上げ、体格も随分と大きく感じる。
「……あんた『混ざり者』か」
見下すような口調で言い放ったフェンネルに、男は僅かに眉を顰めた。
「……そういうお前はどうなんだ」
「勿論『同族』だぜ。この『中心街』じゃ純血の方が少ねぇよ」
「……そうだな。だから『この街』では純血しかいないオリヴェール族が『重宝』される。その意味が分かるか?」
純血で、見目美しい者が多いオリヴェール族は『高く売れる』。
男の言葉を聞いたフェンネルは、嘲笑い鼻を鳴らした。
「で? 俺に何をしろと?」
「今から手の拘束を外す。抵抗すれば、彼女達のどちらかを殺すぞ」
「いいのか? 殺せば軍に『助けてー』の連絡が飛ぶぜ?」
「ボスには『人質は一人でいい』と言われているからな。軍が攻めてきたなら、最後の一人も道連れに戦うだけだ」
男はフェンネルの手を縛っていた結束バンドをナイフで切り離す。開放された手を軽く振るフェンネルを睨みながら、男が腰から拳銃を抜いた。
「………………」
弾倉や薬室の確認など、銃の扱いには慣れている様子が伺える。
自分一人が暴れた所で、危険が増えるだけ。フェンネルは小さく笑った。
「わかった、わかった。安心しろ、抵抗はしねぇよ」
「あまり信じられんな」
「俺だって一応軍属だぜ? 体格差だって、あんたが上。負ける喧嘩はしねぇ主義なんだよ」
フェンネルは這い擦って移動し、壁に持たれて項垂れている『少女達』に近寄る。呼吸と脈を確認し、ローズマリーの頬を軽く叩いた。
「おい、起きろ」
彼女の肩を揺すれば、何故か先にクミンが呻いてその赤い瞳を開く。
「……ん……ど、どうなった……?」
「起きたか」
「ここは……?」
「動くなよ、警報機を外す」
フェンネルは二人の手首を繋ぐコードの機械部を確認し、少しずらして銀色の蓋を開ける。中にある黒い板に自分の親指を置くと、機械部の端で光っていた緑色のライトが橙色に変わった。
蓋の裏にあるセンサーの赤い点滅も確認し、再度ローズマリーの肩を揺すった。
「いい加減目ぇ覚ませ、おい」
「……ん……」
「ローズ」
「……フェノン、か……?」
ぼんやりと目を開けた彼女の右目に機械部の蓋を当て、彼女の生体認証を読み取る。「なんだ……?」とまだ寝ぼけ眼の彼女は、手元で鳴り響いた解除のブザーを聞いて一気に意識を覚醒させた。
「特務警報?」
フェンネルはクミンに指示を出しながら、巻き付けていたワイヤーやベルトを外していく。ローズマリーが小声で「誘拐されたのか?」と問えば、フェンネルは答えず肩を竦めてみせた。
「……なんて事だ……」
手が自由になったクミンは、ローズマリーのウエストポーチを開ける。彼女に預けておいた小さな木箱がちゃんと入っている事を確認し、ほっと胸を撫で下ろした。
すると、それを見ていた男がワイヤーを小さく巻いていたフェンネルに結束バンドを数本束にして突き付けた。
「これでお嬢さん方を縛り直せ。あとで危険物が無いか確認するからな」
「へいへい」
戸惑うクミンに、ローズマリーが「大丈夫だから」と説得して腹の前で手首を留める。続いて同じようにローズマリーも前で留めるが、男は何も言わなかった。
ただ、フェンネルだけは男が後ろ手に縛り直した。
「なんで俺だけ後ろなんだよ」
「一番油断ならないからに決まってるだろう」
フェンネルの舌打ちにも構わず、男は「ボスを呼んでくる」と丁寧に告げて部屋のドアを開いた。
「逃げようなどと思うなよ。見張ってるからな」
彼が部屋を出て行くと、直ぐ様ローズマリーが「どうなってる?」と小声で囁いた。
「何が一体どうなってるんだ。あの男は誰だ?」
「俺もさっき起きたばっかで把握し切れてねぇ。多分予約した店を把握されてて、グラスに何か一服盛られたんだろう」
「まさか、そんな……」
ローズマリーは俯きながら、「あの二人に心配をかけてしまうな」と小さく零した。
彼女の言葉に、クミンも静かに膝を抱えて床を見下ろす。
「だが、あの男は誘拐に関してはズブの素人……というか初犯だろうな。逃げる手立てはある」
「……何故そう思う?」
「まず口が軽い。油断ならねぇと言っときながら、俺にお前等の無事を教えた。ガキ相手と言えど人質を甘く見てるし、それに俺が軍属だと知っているのに、誰の装備も剥がしてない」
俺達に『逃げてくれ』って言ってるようなモンだ。
そう溜め息を吐いた彼に、「だが」とローズマリーも見解を述べる。
「逆に、『逃げられても困らない』……という自信の表れ、という可能性は無いのか?」
「……当然それも有り得るだろうな。誘拐に関しては素人でも、動きや銃の扱いは『見れば分かる』。俺は勝てる気がしねぇから抵抗せずに従った」
フェンネルは視線を合わせない。だが、それでも彼女は「それでいい」と彼の肩を両手で擦った。
「それでいいんだ。それが最善だったと思う」
「ふん」
「おい待て。フェンネルは『自分が居ない場合は皆殺しにしろ』と私に言ったぞ」
クミンの不満にフェンネルは「居ない場合っつっただろうが」と言い返すが、ローズマリーも「作戦は場合に寄るから」と説明する。
「その時はきっと……悲しい事だが、それが『最善』になったかも知れない」
「……応用、というヤツか。私は……できれば、誰も殺したくない」
「心配するな、クミン。フェンネルはここにいるし、誰も怪我一つ負ってない。今は、皆が無事だった事を喜ぼう」
頷いたクミンの頭を両手で撫でるローズマリーに、フェンネルが「静かに」と声を顰めた。
「……十二、十三……分からない、気配が多過ぎる」
「分かってる。俺が適当に相手するから、テメェ等は一言も喋るなよ」
次にドアが開いた時、クミンが言った通りに何人もの男達が三人を下卑た笑みで見下ろしていた。
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