第8章「日常化する通話と、バレかけた夜」
ディスコードを繋いでから、三日が経った。
——結論から言おう。
「……おかしいだろこれ」
完全に生活が変わった。
朝起きる。
軽く準備する。
パソコンをつける。
そして。
『おはようございます!』
即、通話。
おかしい。
距離感がバグっている。
「おはよう……ございます」
まだ寝起きで頭が回らない。
それでも反射で返事してしまう自分が怖い。
『あ、今ちょっと声低いですね』
くすっと笑う声。
『寝起きですか?』
「……まあ、そんな感じです」
やばい。
今完全に素だった。
いやでもこれはセーフだ。
寝起きで声低い女子、いる。
いるはず。
たぶん。
『なんか新鮮でいいですね』
まただ。
全部“ギャップ”で処理される。
便利すぎるだろそのフィルター。
いや助かってるけど。
めちゃくちゃ助かってるけど。
「……今日は早いですね」
話題を変える。
このままだと危ない。
『はい! ちょっと早く起きちゃって』
楽しそうな声。
『それで、つい繋いじゃいました』
“つい”で済ませる距離じゃない。
完全に日課だ。
いやもう“生活の一部”だ。
(これ、依存されてないか……?)
いや待て。
逆だ。
問題はそこじゃない。
(俺の方も普通に受け入れてるのがやばい)
気づいてしまう。
最初は緊張していたはずだ。
バレないか。
事故らないか。
そればかり気にしていた。
なのに今は。
この朝の通話が、少しだけ——
「……安心するってどういうことだよ」
小さく呟く。
『え? 何か言いました?』
「い、いや何でもないです!」
危ない。
普通に独り言が漏れた。
完全に気が緩んでる。
これが一番危険だ。
『ふふっ、変なの』
楽しそうに笑う声。
その響きが、やけに心地いい。
……いやダメだろ。
これ以上はまずい。
距離が近すぎる。
完全に近すぎる。
そして問題は、夜だった。
その日の配信も無事に終わり。
コメント欄はいつも通り盛り上がり。
ルナとの雑談コラボの告知もして。
順調すぎるくらい順調。
——だからこそ。
気が緩んでいた。
「っはー……疲れた……」
ヘッドセットを外し、椅子にもたれかかる。
そのまま、無意識にディスコードを繋ぐ。
『お疲れ様です!』
すぐに返ってくる声。
もはやタイミングがおかしい。
絶対待機してるだろこれ。
「……お疲れ」
——しまった。
言ってから気づく。
敬語が消えた。
完全に素。
しかも短い。
完全に“男の返し”。
終わった。
今度こそ終わった。
『……っ』
ルナが息を呑む。
沈黙。
数秒。
その数秒が、やけに長い。
(終わった終わった終わった終わった)
頭の中で警報が鳴り響く。
言い訳を考える。
どうする。
どう誤魔化す。
いやもう無理だろこれ。
詰みだ。
完全に詰み。
そして。
『……今の、“お疲れ”って』
「……っ!」
来た。
確定演出。
終わりの始まり。
だが。
『なんか……距離近くていいですね』
「…………は?」
思考停止。
『その……配信の時より、ちょっとだけ砕けてて……』
少し恥ずかしそうな声。
『そういうの、私だけに見せてくれてる感じがして……』
——その一言で。
全てがひっくり返る。
「…………」
え?
何それ。
そういう解釈になるの?
バレるどころか。
むしろ。
“特別扱い”判定?
(いや待て待て待て待て)
頭が追いつかない。
なんだこの状況。
危険なはずなのに。
どんどん好感度が上がっていく。
意味がわからない。
『……嬉しいです』
小さく、でもはっきりとした声。
その一言が。
妙に胸に残る。
「……そ、そうですか」
なんとか返す。
だがもう限界だ。
このまま続けたら、確実に事故る。
今のはたまたま運が良かっただけだ。
次はない。
絶対にない。
(距離を取らないとまずい)
理性が警告する。
ここで一度離れないと、本当に危険だ。
バレる。
そして終わる。
そう分かっているのに。
『あの』
ルナが静かに口を開く。
『……明日の雑談コラボ、楽しみですね』
その声は、どこか柔らかくて。
どこか期待に満ちていて。
その響きだけで。
さっきまでの危機感が、少しだけ薄れる。
「……そうですね」
気づけば、そう答えていた。
ああ、ダメだ。
これはもう。
(逃げられない)
完全に。
完全に巻き込まれている。
バズ。
人気。
百合。
そして——
ガチ恋。
全部が絡み合って、ぐちゃぐちゃになって。
気づけば中心にいるのは、自分で。
もう、降りることなんてできない。
その夜。
通話を切ったあと。
ベッドに倒れ込みながら、天井を見つめる。
「……これ、どこまでいくんだよ」
誰に聞くでもなく呟く。
答えはない。
ただ一つ確かなのは。
明日。
“二人きりの雑談配信”が待っているということ。
ごまかしの効かない。
逃げ場のない。
そして——
最も事故率の高い戦場。
元おっさん、美少女Vtuber。
現在、順調にバズり中。
そして。
ガチ恋距離、加速中。
——崩壊のカウントダウンは、すでに始まっていた。




