第6章 距離感がおかしい人気Vtuber
配信が終わった瞬間、全身の力が抜けた。
椅子の背にもたれかかりながら、俺——いや、私は天井を仰ぐ。
「……いや、無理だろこれ」
小さく呟いた声は、配信中の作り声とは違って、完全に素のトーンだった。
だが問題はそこじゃない。
問題は——
机の上に置かれたスマホが、ブルブルと震え続けていることだ。
恐る恐る画面を見る。
そこには、見慣れた名前。
『月乃ルナ』
……来た。
いや来るとは思ってた。思ってたけど。
「なんで配信終了“即”なんだよ……!」
しかもメッセージは一件じゃない。
十件。いや、二十件。
完全に圧だ。
震える指で通知を開く。
『今日のコラボ、めちゃくちゃ楽しかったです!』
『また絶対やりましょうね!』
『あの、もしよかったらなんですけど』
『今、少しだけ通話できませんか?』
『直接お話ししたくて』
『あ、無理なら全然大丈夫です!』
『でもできれば……』
『少しだけ……』
『だめですか?』
『待ってます』
「圧がすごい」
思わず真顔になる。
いや、最後の“待ってます”で完全に逃げ場を塞いできてるだろこれ。
しかもタイミング的に、完全に俺が配信終わった瞬間を狙ってる。
……見てたな?
いやそりゃ見てるか、コラボ相手なんだから。
問題はそこじゃない。
問題は——
「通話ってなんだよ通話って……」
これが一番まずい。
配信ならまだいい。
コメントでごまかせるし、キャラも作れる。
だが通話は違う。
逃げ場がない。
間が持たない。
そして何より——
「素が出る」
そう、これだ。
俺は“中身おっさん”だ。
雑談配信なら誤魔化せても、マンツーマンの会話は誤魔化しが効かない。
油断すれば一発でバレる。
いや、バレるまではいかなくても——
「違和感は絶対に出る……!」
その結果どうなるか。
炎上。
終わり。
配信人生終了。
……詰みだ。
完全に詰み。
だが。
だがしかし。
もう一度スマホを見る。
『待ってます』
その一言が、妙に頭に残る。
なんというか、こう……。
純粋すぎる。
あざとさとかじゃなくて、本気で“話したい”って感じの圧。
それが逆に——逃げづらい。
「……断れるか、こんなの」
ぼそりと呟く。
無理だ。
ここで断ったら、たぶん距離が一気に離れる。
せっかく繋がった関係が、終わる。
それは——
なぜか少しだけ、嫌だった。
「……いや、なんでだよ」
自分で自分にツッコミを入れる。
相手は女だぞ。
しかもガチで好かれてるっぽい相手。
普通なら距離を取るべきだ。
いや、取らなきゃいけない。
なのに。
なのに俺は。
「……ちょっと、嬉しいとか思ってんのか?」
その瞬間、顔が熱くなる。
「いやいやいやいやいや!」
首を横に振る。
違う違う違う。
これはあれだ。
承認欲求だ。
Vtuberとして人気が出て、褒められて、好かれて。
その延長で嬉しいだけ。
そうに決まってる。
決まってるはずだ。
「……だよな?」
誰に聞いてるんだ俺は。
答えなんて出ない。
ただ一つ確かなのは——
スマホが、まだ震えているということだけ。
逃げるか。
出るか。
選択肢は二つ。
そして。
俺は。
「……ちょっとだけだからな」
そう呟いて、通話ボタンを押した。
数秒のコール音。
やけに長く感じる。
心臓の音がうるさい。
やばい。
今さら緊張してきた。
切るか?
いや、今切ったら余計に不自然だ。
どうする。
どうする俺。
どうする——
『もしもし!?』
繋がった。
そして。
耳に飛び込んできたのは。
配信の時よりも、少しだけ柔らかくて。
少しだけ近く感じる——
彼女の声だった。
「……っ」
一瞬、言葉が詰まる。
やばい。
距離が近い。
これ、マジでやばい。
『あ、あの……突然すみません! 大丈夫でしたか!?』
焦ったような声。
その感じが、また妙にリアルで。
配信とは違う“素”が見えて。
余計に距離を感じる。
いや、違う。
近すぎる。
「だ、大丈夫……です」
思わず敬語になる。
やばい。
完全に挙動不審だ。
『よ、よかったぁ……!』
ほっとしたような声。
その一言だけで、胸の奥が少しだけ軽くなる。
……なんだこれ。
意味わからん。
『あの、今日……本当にありがとうございました』
少しだけ落ち着いた声。
『すごく楽しくて……その……』
一瞬、間が空く。
その沈黙がやけに長く感じる。
そして。
『また、二人でお話ししたいなって……思って』
——その一言で。
頭の中が、真っ白になった。
やばい。
これ。
完全に。
営業じゃない。
——逃げ場が、なくなった。




