第4章:初コラボで地獄
画面の距離感が、おかしい。
いや、正確には――。
ルナの距離感がおかしい。
「近いって」
俺は思わず身を引く。
だが、アバター越しなのに、なぜか本能的に危機感が働く。
「そんなに嫌?」
ルナがわずかに首を傾ける。
その仕草がやけに自然で、妙にドキッとした。
「嫌っていうか」
言葉を探す。
「距離感がおかしい」
『正論』
『よく言った』
『でももっとやれ』
コメント欄は完全にお祭り状態だ。
「ふふ」
ルナは楽しそうに笑う。
「じゃあ、どれくらいならいいの?」
「いやその」
詰まる。
距離の正解なんて知らない。
そもそも、こんな状況自体が人生初だ。
「普通でいい」
絞り出すように言った。
「普通ってどれくらいかしら」
「それを聞くな」
『会話が成立してないww』
俺は頭を抱えたくなる。
だがルナは、むしろ楽しんでいる様子だった。
「ねえ」
少しだけ声のトーンが落ちる。
「ミコちゃん」
「はい?」
名前で呼ばれて、反射的に返事をする。
その瞬間。
「もっとこっち見て」
「は?」
思考が止まる。
画面の中で、ルナがじっとこちらを見つめている。
視線が合う。
逃げ場がない。
『うわああああ』
『圧が強い』
『これがプロか』
「いやちょっと待て」
俺は動揺を隠せない。
「これ配信だよな」
「そうよ?」
「なんでこんな空気になってる」
「百合営業だから」
「納得できるか」
即ツッコミが出る。
コメント欄がさらに盛り上がる。
『草』
『耐えてるの偉い』
「ふふ」
ルナは肩をすくめる。
「大丈夫よ。
みんな喜んでるわ」
「それは見れば分かる」
問題は俺だ。
心臓が落ち着かない。
いや、そもそもこの身体に心臓はあるのか。
あるなら多分、今すごい音を立てている。
「じゃあ」
ルナが軽く指を鳴らすような仕草をする。
「質問コーナーでもやりましょうか」
「助かる」
即答だった。
この空気を変えたい。
切実に。
『逃げたww』
「逃げてない」
強がる。
だが実際は逃げだ。
完全に。
「じゃあコメントから」
ルナが画面を見ながら言う。
「“お互いの第一印象は?”」
「早いな」
だが、無難な質問だ。
これは答えやすい。
「えーと」
少し考える。
「怖い人かと思った」
正直に言った。
『wwww』
『正直すぎる』
「怖い?」
ルナが少しだけ目を細める。
「そんなことないと思うけど」
「いやだって」
言葉が止まらない。
「圧がすごい」
『言ったww』
「圧?」
「今もすごい」
はっきり言った。
一瞬の静寂。
そして――。
ルナが笑った。
「ふふ……あはは」
意外なほど、柔らかい笑い方だった。
「そんなこと言われたの、初めてかもしれないわ」
「マジか」
「みんな遠慮するもの」
「それはそうだろうな」
納得しかない。
この人にズバズバ言えるやつ、普通はいない。
「でも」
ルナは少しだけ前に出る。
また近い。
「あなたは違う」
「いや普通に言ってるだけだ」
「それがいいのよ」
微笑む。
その表情が、さっきよりも柔らかい。
……あれ?
少しだけ、雰囲気が変わった気がする。
『距離縮まってる?』
『いいぞもっとやれ』
「次の質問」
ルナが流れを戻す。
「“好きなタイプは?”」
「やめろ」
即座に拒否した。
『逃げるな』
『答えろ』
「いや無理だろ」
「どうして?」
ルナが不思議そうに聞く。
「いやだって」
言葉に詰まる。
好きなタイプ。
そんなもの――。
「……特にない」
逃げた。
『雑ww』
「そうなの?」
ルナがじっと見てくる。
「じゃあ、私みたいなタイプはどう?」
「は?」
完全に思考が止まった。
『きたあああああ』
『直球すぎる』
「いやちょっと待て」
頭が追いつかない。
「それはズルいだろ」
「どうして?」
「答えにくいに決まってる」
「ふふ」
ルナは楽しそうに笑う。
「じゃあ、正直に答えていいのよ」
逃げ道がない。
完全に追い詰められている。
コメント欄も完全に期待モードだ。
『言え』
『いけ』
「……あー」
観念した。
「綺麗だとは思う」
一番無難なラインを選んだ。
だが――。
一瞬の静寂。
そして。
『それはそう』
『正解』
コメントが流れる。
だがルナは、じっとこちらを見ている。
「それだけ?」
「それ以上何を言えと」
「もっとあるでしょう?」
「ない」
即答した。
これ以上踏み込んだら危険だ。
いろんな意味で。
だが――。
「残念」
ルナが小さく呟く。
その声音が、ほんの少しだけ寂しそうに聞こえた。
気のせいかもしれない。
だが、その一瞬で。
空気が変わった。
さっきまでの“遊び”とは違う、何か。
それを感じ取ってしまった。
「……次いこう」
俺は慌てて話題を変える。
これ以上は危ない。
いろいろと。
だがコメント欄は――。
『今の何?』
『空気変わったぞ』
完全に気づいている。
逃げ場は、もうない。
そう理解した瞬間。
俺は確信した。
このコラボ。
――地獄だ。




