第13章「帰り道、あと一歩の距離」
気づけば、夕方になっていた。
オレンジ色の光が、街をゆっくり染めていく。
「……もうこんな時間ですね」
思わず口に出る。
『ほんとだ……』
ルナも少し名残惜しそうに空を見る。
その表情を見ていると。
胸の奥が、少しだけざわついた。
——終わるのが、惜しい。
そんな感情が、はっきりと浮かぶ。
(いやいやいや)
内心で首を振る。
何を考えている。
これは。
これはただの——
だが。
『あの』
ルナが小さく声をかけてくる。
『駅、あっちですよね』
「……はい」
並んで歩き出す。
自然と。
本当に自然と。
さっきよりも近い距離で。
帰り道。
会話は、途切れがちだった。
話題がないわけじゃない。
むしろ、いくらでもある。
なのに。
言葉にしなくてもいいような空気が、そこにあった。
沈黙が、重くない。
むしろ。
心地いい。
(……なんだこれ)
理解できない。
理解したくない。
だが。
確実に。
何かが変わっている。
『……楽しかったですね』
ぽつりと。
ルナが言う。
「……はい」
それしか言えない。
それ以上の言葉が、出てこない。
『その……』
少しだけ言い淀む。
『また、こういうの……したいです』
視線は前を向いたまま。
だが。
声だけで分かる。
本気だ。
冗談じゃない。
営業でもない。
ただの、気持ち。
「……俺も」
反射で出た。
——しまった。
また“俺”って言った。
やばい。
完全にやばい。
だが。
『……っ』
ルナが小さく息を呑む。
そして。
少しだけ、嬉しそうに笑った。
『その言い方……ずるいです』
「……え?」
『なんか……特別な感じがして』
照れたような声。
『私だけに見せてくれてるみたいで』
——もうダメだ。
この世界、バグってる。
完全に。
どうやっても好意に変換される。
バレるどころか、加速する。
(終わってるだろこれ……)
内心で崩れ落ちる。
駅が見えてくる。
終わりが近づく。
それだけで。
少しだけ、寂しさが増す。
(……なんでだよ)
意味が分からない。
最初はあんなに帰りたかったのに。
今は。
もう少しだけ、この時間が続けばいいとすら思っている。
改札前。
立ち止まる。
『……今日は、本当にありがとうございました』
ルナが少しだけ頭を下げる。
その仕草が、やけに丁寧で。
やけに可愛くて。
「……こちらこそ」
なんとか返す。
だが。
それで終わりじゃなかった。
『あの』
もう一度、声がかかる。
『さっきの話なんですけど』
「……さっきの?」
『また会いたいっていうの』
少しだけ間。
そして。
ゆっくりと。
『本気ですからね』
「…………」
その言葉は。
軽くなかった。
冗談でも、ノリでもない。
真っ直ぐで。
逃げ場がない。
そんな重さを持っていた。
「……はい」
短く答える。
それ以上、言葉は出なかった。
その時。
ほんの一瞬。
手が、触れた。
偶然。
たぶん偶然。
でも。
その距離。
その温度。
全部が。
やけに鮮明に残る。
『……っ』
ルナが少し驚いたように手を引く。
だが。
完全には離れない。
ほんの少しだけ。
触れたまま。
数秒。
時間が止まる。
そして。
ゆっくりと。
離れる。
『……じゃあ、また』
小さな声。
だが。
確かに、次を約束する響き。
「……はい」
それだけ返す。
改札を抜ける背中を見送る。
人混みに紛れて、見えなくなる。
それでも。
しばらく、その場から動けなかった。
「……これ」
ぽつりと呟く。
「完全に、アウトだろ……」
何が、とは言わない。
言わなくても分かる。
これはもう。
ただのコラボ相手じゃない。
ただの知り合いでもない。
そして。
絶対に知られてはいけない事実がある関係としては——
あまりにも、近すぎる。
元おっさん、美少女Vtuber。
リアル接触、継続中。
そして。
——感情、完全に制御不能。
次に会うとき。
何かが変わる。
そんな予感だけが、確かに残っていた。




