第12章「距離が縮まるほど隠しきれなくなる件」
カフェを出た後。
「……どうします?」
なんとなく、そう聞いてしまった。
自分から次の行動を促すのは想定外だった。
だが。
このまま解散、という空気でもなかった。
『あの……もしよかったら』
ルナが少しだけ視線を泳がせる。
『この近くに、ちょっと見たいお店があって……』
「……行きましょう」
即答だった。
自分でも驚くくらい自然に。
雑貨屋。
可愛らしい小物やアクセサリーが並ぶ店内。
正直。
(場違いすぎるだろ俺)
内心で冷や汗が止まらない。
だが。
『これ、可愛くないですか?』
ルナが小さなキーホルダーを手に取る。
猫のデザイン。
ふわふわしている。
「……いいですね」
とりあえず頷く。
本音を言えば。
可愛いかどうかよりも。
(その仕草が可愛いんだよ……)
という状態だった。
『ですよね!』
ぱっと笑う。
距離が、また縮まる。
近い。
物理的にも、心理的にも。
完全に近い。
店内をゆっくり見て回る。
その間も。
会話は途切れない。
むしろ。
カフェの時より自然になっていた。
『なんか……不思議ですね』
ルナがぽつりと言う。
『初めて会ったのに、あんまり緊張しなくなってきました』
「……ですね」
それは、同感だった。
最初のあの地獄みたいな緊張は、もうない。
代わりにあるのは。
妙な安心感と。
そして——
(これ、普通に楽しいな……)
という、シンプルな感情。
——だが。
問題は。
そこからだった。
『あの』
ふいに。
ルナが立ち止まる。
『一つ、聞いてもいいですか?』
「……はい」
嫌な予感しかしない。
『配信の時と……ちょっと雰囲気違いますよね』
「…………」
来た。
来てしまった。
核心一歩手前。
『なんていうか……』
少し考えるように視線を落とす。
『落ち着いてるというか、大人っぽいというか……』
(それはそうだろ)
中身おっさんだぞ。
だが。
それは言えない。
絶対に言えない。
「……緊張してるだけですよ」
なんとかそれっぽい理由を出す。
『あ、そっか……』
納得したように頷く。
——助かった。
……いや。
本当に助かったか?
『でも』
続いた。
『その感じも、いいなって思います』
「…………」
だから。
なんでそっちに転ぶんだよ。
さらに歩く。
店を出て、通りへ。
人通りはそこそこある。
その中で。
『あっ』
ルナが小さく声を上げる。
足元。
段差。
バランスを崩す。
「危ない」
反射だった。
腕を掴む。
引き寄せる。
——距離ゼロ。
『……っ』
固まるルナ。
そして。
気づく。
(近い)
さっきまでの“近い”とはレベルが違う。
完全に密着。
呼吸すら感じる距離。
数秒。
時間が止まる。
周囲の音が消える。
「……すみません」
慌てて離す。
『い、いえ……』
ルナも顔を赤くして視線を逸らす。
沈黙。
だが。
その沈黙は。
気まずいというより——
完全に。
意識している沈黙だった。
『……ありがとうございます』
小さな声。
『助けてくれて』
「……当然です」
思ったより落ち着いた声が出る。
その瞬間。
また。
ルナがこちらを見る。
『やっぱり』
ぽつりと。
『かっこいいですね』
「…………」
終わった。
理性が死ぬ。
その後。
しばらく無言で歩く。
だが。
嫌な無言ではない。
むしろ。
どこか心地いい。
そして。
ふと。
ルナが口を開いた。
『あの』
少しだけ真剣な声。
『また、会えますか?』
「…………」
一瞬。
思考が止まる。
だが。
次の瞬間には。
「……はい」
答えていた。
迷いはなかった。
『よかった』
安心したように笑う。
『なんか……今日だけで終わるの、もったいないなって思って』
その言葉。
その表情。
その距離。
全部が。
完全に。
“普通のデートの続き”だった。
(これ、完全にまずいよな……)
内心で呟く。
関係が深まるほど。
隠しきれなくなる。
嘘が、重くなる。
そして。
——いつか必ず、バレる。
それでも。
今この瞬間だけは。
その事実から目を逸らしていた。
元おっさん、美少女Vtuber。
リアル関係、継続確定。
そして。
——逃げ場、完全消失。




