第10章「バズの熱と、現実への一歩」
配信終了から、三十分。
「……終わった……」
椅子に沈み込みながら、私は天井を見上げた。
全身の力が抜ける。
だが、安堵は一瞬で消えた。
スマホが震える。
通知。
通知。
通知。
「……なんだこれ」
恐る恐る画面を見る。
SNSのトレンド。
そこに並ぶ文字。
——『てぇてぇ』
——『デート確定』
——『公式すぎる』
全部、俺たちのことだった。
「……いや、ちょっと待て」
バズってる。
それはいい。
問題は内容だ。
「なんで“付き合ってる前提”なんだよ……!」
頭を抱える。
コメント欄のノリが、そのまま外に広がっている。
いや、配信中からおかしかった。
あの距離感。
あの会話。
どう見ても“そういう関係”に見える。
「違うからな!?」
誰に向けたわけでもないツッコミが、虚しく部屋に響く。
だが。
その時。
ディスコードの通知音。
『お疲れ様でした!』
ルナからのメッセージ。
タイミングが良すぎる。
いや、もはや怖い。
「……お疲れ様です」
短く返す。
するとすぐに。
『今日、すごく楽しかったです』
『なんか……いつもより近く感じました』
「…………」
やめろ。
その言い方はやめろ。
こっちは今、外の評価で死にかけてるんだぞ。
『あの』
続くメッセージ。
『さっきの、ケーキの話なんですけど』
——来た。
嫌な予感が的中する。
『本当に行きませんか?』
「…………は?」
声に出る。
いやいやいや。
冗談だろ。
配信のノリだろ。
そう思っていた。
だが。
『配信じゃなくて、普通に』
『二人で』
「…………」
完全に、ガチだ。
冗談でもネタでもない。
本気の誘い。
心臓が、どくんと鳴る。
(いや無理だろ)
即座に結論は出る。
無理。
絶対無理。
だって。
(リアルで会うってことは、完全に素が出る)
声。
仕草。
反応。
全部。
今みたいに“ギャップ”で誤魔化せる保証はない。
むしろ。
一発アウトの可能性が高い。
そして何より。
(俺、中身おっさんなんだぞ……)
その事実が、重くのしかかる。
だが。
『……だめ、ですか?』
その一言。
たったそれだけで。
思考が、揺らぐ。
脳裏に浮かぶのは。
配信中の声。
楽しそうな笑い方。
少し恥ずかしそうなトーン。
そして。
『私、あなたと配信するの……好きなので』
あの言葉。
「…………」
気づけば。
指が動いていた。
『……短時間なら』
送信。
数秒の沈黙。
そして。
『……!』
『ほんとですか!?』
文字だけなのに分かる。
明らかにテンションが跳ね上がっている。
『やった……』
『すごく嬉しいです』
その一言で。
胸の奥が、また少し熱くなる。
……ダメだ。
完全にダメな方向に進んでる。
『じゃあ、今度のお休みの日とかどうですか?』
『お店も調べておきますね』
「……はい」
もう止まらない。
完全に流されている。
通話を繋ぐ。
『……あの』
少しだけ緊張した声。
『本当にいいんですか?』
「……まあ、その……」
言葉を濁す。
だが。
「たまには、そういうのも……いいかなって」
——言ってしまった。
完全に。
完全にその気だ。
『……嬉しいです』
静かな声。
その一言に。
妙なリアルさが宿る。
配信の時とは違う。
飾っていない。
素の感情。
それが伝わってくる。
「……あの」
ふと、口を開く。
「なんで、誘ったんですか?」
気になっていた。
配信のノリじゃない。
本気で来ている。
その理由が。
『……えっと』
少しだけ間。
『もっと、知りたいなって思って』
シンプルな答え。
だが。
それが一番重い。
「…………」
言葉が出ない。
『配信だけじゃ分からないこと、いっぱいある気がして』
続く声。
『それに……』
ほんの少しだけ、声が小さくなる。
『もっと近くで話したいなって』
——その瞬間。
頭の中で、何かが弾けた。
やばい。
これは本当にやばい。
距離が。
距離が近すぎる。
完全に。
完全に。
「……分かりました」
それでも。
断るという選択肢は、出てこなかった。
通話を切った後。
部屋の静寂が戻る。
「……終わった」
ぽつりと呟く。
これはもう。
配信の話じゃない。
バズの話でもない。
完全に。
“リアル”の話だ。
逃げ場のない。
言い訳の効かない。
現実。
「……どうすんだよこれ」
天井を見つめる。
答えは出ない。
ただ一つ確かなのは。
——約束してしまったという事実。
元おっさん、美少女Vtuber。
現在、絶賛バズり中。
そして。
人気女性Vtuberと——
リアルで会う約束を成立させた。
それが意味するものを。
まだ、この時の私は——
完全には理解していなかった。




