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蒼の樹海の魔素使い——魔法が使えない少年は、世界の秘密を視ていた  作者: 蒼月よる


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第42話 首都レフカ

第一話 首都レフカ


 レフカが見えたのは、船が岬を回った瞬間だった。


 最初に目に入ったのは、港だった。アルヴァスの十倍——いや、デルガと比べてもさらに大きい。白い石造りの桟橋が何本も海に突き出していて、帆船や輸送船がびっしりと停泊している。桟橋の間を小型のはしけが行き来し、荷物を運んでいる。人の声と波の音と木材の軋む音が、風に乗って聞こえてきた。

 港の奥に——街が広がっていた。

 白い街だった。石灰岩で造られた建物が斜面に並び、日光を受けて白く輝いている。二階建て、三階建て、ところによっては四階建ての建物が、互いに寄り添うようにして丘を登っていく。屋根は赤褐色の瓦で統一されていて、白い壁と赤い屋根のコントラストが鮮やかだった。

 高い塔が何本か見えた。時計塔だろうか。いや——あの塔の頂上で光っているのは。

「魔石灯だ」

 ルークさんが言った。目を細めて、塔の先端を見つめている。

「塔の上に大型の魔石が設置されている。あれで街全体を照らしているんだ。——灯台も兼ねているな。夜間は港の目印になる」

「デルガにもあんなものはなかったぞ」

 カイさんが腕を組んで、街を見上げた。

「でかい。とにかくでかい」

 でかい。カイさんの言葉が、一番正確だった。

 僕がこれまで見てきた場所——辺境の集落、灰枝、デルガ、アルヴァス——そのどれとも規模が違った。デルガは港街として大きかったけれど、レフカはそれをさらに何倍かにしたような都市だった。建物の数も、人の数も、船の数も、桁が一つ違う。

「反宗教国家の首都だからな」

 ナギさんが外套の襟を立てたまま、欄干に寄りかかっていた。

「大陸最大の都市だ。人口は——正確な数字は分からんが、デルガの三倍はいると言われている。それに——」

 ナギさんが港を顎でしゃくった。

「あれを見ろ。波止場の倉庫に、遺物が積まれている。この国では遺物の取引が公然と行われている。禁忌なんぞ、ここでは死語だ」

 確かに、桟橋に面した倉庫の前に——金属の光沢を持つ物体がいくつも並べられていた。遺物だ。粒視で見ると、それぞれの中に微かな魔素の反応がある。活きた回路を持つ遺物もあるようだった。

「すごい……」

「神聖国家の連中が見たら卒倒するだろうな」

 ナギさんが皮肉な笑みを浮かべた。

「——まあ、それがこの国の強みであり、危うさでもある」

 セラスさんは——黙って街を見つめていた。白い装束が海風に揺れている。その表情は読めなかった。元聖騎士にとって、この街はどう見えているのだろう。禁忌を恐れず遺物を使う国の首都。彼女が守ろうとしていた秩序の、正反対の場所。


 入港の手続きはナギさんが全て済ませた。


 偽造された通行証と商人の身分証。ナギさんの情報網が用意したもので、僕たちは「辺境から来た素材商の一行」ということになった。冒険者の牌は見せない方がいい、とナギさんは言った。

「ギルド本部がこの街にある。ギルド経由で入ると記録が残る。ヴェルナーの目に触れる可能性がある」

「そんなに警戒する必要があるのか」

 カイさんが聞いた。

「ある。ヴェルナーはこの都市を拠点にしている。軍の情報部が街中に目を光らせている。——特にユーリのことは、もう知られている可能性が高い」

 ナギさんが僕を見た。冷静な目だった。

「灰原での一件は、ヴェルナーの耳にも入っているだろう。魔素が見える目を持つ冒険者。ルークから報告が上がっていた時期の情報も合わせれば——お前の価値を、あの男は正確に理解している」

「……うん」

 僕は頷いた。ルークさんが——わずかに視線を逸らした。かつてヴェルナーに情報を流していた過去は、もう精算されたことだ。でも、その結果が今も残っている。ルークさんはそれを分かっていて、だから視線を逸らした。

「気にするな」

 カイさんがルークさんの肩を叩いた。軽く。

「過ぎたことだ。今は全員同じ船に乗ってる」

「……ああ」

 ルークさんが頷いた。眼鏡の奥の目が、少しだけ和らいだ。


 船を降りて、港の雑踏に紛れた。


 人が多かった。とにかく多かった。

 辺境の集落では、すれ違う人の顔が全員分かった。灰枝でも、街を歩けば何度も同じ顔に会った。デルガでは知らない顔が増えたけれど、それでも冒険者ギルドの周辺に行けば見知った顔があった。

 レフカでは——誰の顔も知らなかった。

 波止場から続く大通りは、人の波で溢れていた。商人、船乗り、職人、兵士、買い物をする市民。肌の色も服装も髪の色もばらばらで、あらゆる地方から人が集まっているのが分かった。大陸中の人間がここにいるような感覚だった。

「はぐれるなよ」

 カイさんが僕の前を歩きながら言った。大きな背中が人混みを割っていく。金牌の冒険者の体格は、群衆の中でも目立った。

「ミラ、ユーリの隣にいろ。ルーク、殿しんがりだ」

「了解」

 ミラさんが僕の隣に並んだ。薬草鞄を胸の前に抱えて、きょろきょろと周囲を見回している。

「すごいね、ユーリくん。こんなに人がいる街、初めて見た」

「僕もだよ」

「デルガより多いよね。絶対」

「うん。全然違う」

 大通りの両側に店が並んでいた。布地屋、金物屋、靴屋、装飾品店。看板が重なり合って、通りの上に色とりどりのひさしが連なっている。どの店も客を呼び込む声が響いていた。

 そして——遺物を扱う店が、当たり前のようにあった。

 金属の歯車。透明な管。光を発する小さな球。見たことのない形の工具。それらが普通の商品として、店先に並んでいる。値札までついている。

「遺物が……こんなに」

「言っただろう。この国では禁忌は死語だ」

 ナギさんが低い声で言った。

「遺物の利用は国策として推進されている。発掘、鑑定、加工、販売——全てが合法だ。むしろ奨励されている。遺物技術を生活に取り入れることが、この国の方針だ」

 片眼鏡越しに、僕は遺物の店を見た。

 店先に並んだ遺物の中に——活きた回路を持つものがいくつかあった。魔素の粒が、回路の中を流れている。小さな光の脈動。それは遺跡の壁の中で見たものと同じ種類の光だった。

 ここでは、遺跡の中にあるはずのものが——街の中にある。


 ナギさんに導かれて、大通りから脇道に入った。


 裏通りは、大通りの華やかさとは違う空気だった。道幅が狭くなり、建物の壁が迫ってきて、日差しが届きにくい。でも暗い場所ではなかった。壁に埋め込まれた小さな魔石灯が、淡い光を放っている。

 路地を抜けると、小さな広場に出た。井戸が一つと、石のベンチがいくつか。広場の隅に——二階建ての古い建物があった。看板に「夜鳴鳥よなきどり」と書いてある。

「ここだ」

 ナギさんが扉を開けた。

「俺がレフカに来るときはいつもここを使っている。女将が信用できる。ヴェルナーの目も届かない」

 中は薄暗かった。カウンターに初老の女性が立っていて、ナギさんの顔を見ると——何も言わずに鍵を三つ出した。常連なのだろう。

「部屋は三つだ。男と女で分けろ。——荷物を置いたら、飯にしよう。ここの近くに、いい市場がある」


 荷物を置いて、市場に出た。


 大市場。レフカの中心部に広がる、屋根付きの巨大な市場だった。

 足を踏み入れた瞬間、匂いに圧倒された。

 肉の焼ける匂い。魚の匂い。香辛料の匂い。果物の甘い匂い。パンの匂い。チーズの匂い。酢の匂い。花の匂い。それらが全部混ざり合って、鼻の奥を満たした。

 市場は——迷路のようだった。通路が縦横に走り、両側に屋台と店舗がびっしりと並んでいる。天井は高い骨組みの屋根で覆われていて、隙間から日光が差し込んでいた。魔石灯もあちこちに設置されていて、日陰でも明るかった。

「でかいな」

 カイさんが口笛を吹いた。

「デルガの市場が赤ん坊に見える」

 まず目に入ったのは、肉の区画だった。

 装甲猪の肉。蒼牙狼の肉。棘背蜥蜴の尾肉。それだけではない。見たことのない魔獣の肉が、大きな塊で吊るされている。肉屋の主人が手際よく切り分けて、客に渡していた。

「あれは鹿角牛の肉だな。南部の草原で飼育されている。角の形が鹿に似ているから鹿角牛。肉が柔らかくて脂が甘い」

 ナギさんが解説した。

 魚の区画。港から直接運ばれてくる鮮魚が氷の上に並んでいた。——氷。この季節に、氷がある。

「魔石の冷却器だ」

 ルークさんが氷を見て呟いた。目が輝いている。

「魔石に冷却の回路を刻み込んで、周囲の温度を下げている。これは——遺物技術の応用だな。魔石と旧文明の冷却回路を組み合わせている」

「だからレフカでは鮮魚が食べられるんだよ」

 ミラさんが魚屋の台に身を乗り出した。

「すごい。こんなに種類があるの。この平たい魚——ヒラメ? デルガでは見なかったよね」

「南方の魚だ。暖かい海にしかいない。冷蔵技術がなければ、ここまで運べない」

 ナギさんが言った。

 果物の区画。色鮮やかな果物が山積みになっていた。赤い果物、黄色い果物、紫の果物。辺境では見たことのない種類がいくつもあった。

 香辛料の区画。小さな袋に詰められた粉末や種子が、何十種類も並んでいた。ミラさんの目の色が変わった。

「これ——ナクミ草の乾燥粉末じゃない。解熱に使うやつ。こっちは月砂の実。鎮痛効果がある。あ、蒼紫根そうしこんまである。これ、滅多に手に入らないのに——」

「ミラさん、落ち着いて」

「落ち着けないよ。ユーリくん、これ全部買いたい」

「全部は無理だと思う」

「分かってるけど……」

 ミラさんが未練がましく香辛料の山を見つめていた。

 僕は——片眼鏡越しに、市場全体を見渡した。

 魔素の粒が、市場の中を漂っている。街のどこにでも魔素はあるけれど、市場は特に密度が高かった。魔石灯の光。冷蔵器の回路。遺物を使った調理器具。あちこちで魔素の小さな脈動が起きている。

 遺物技術が——生活に溶け込んでいた。辺境では魔石コンロが精一杯だった。デルガでは遺物は高級品だった。でもレフカでは、遺物技術が日常の一部になっている。冷蔵も、照明も、加熱も、全てが遺物と魔石の組み合わせで動いている。

 これが——禁忌を恐れない国の姿か。

 便利で、豊かで、活気に満ちている。でも——ナギさんが「危うさ」と言った理由も分かる気がした。


 屋台の並ぶ一角で、昼食を取った。


 まず、串焼き。鹿角牛の肉を一口大に切って串に刺し、炭火で焼いたもの。表面に香辛料がまぶしてあって、噛むと肉汁が溢れた。脂が甘い。ナギさんの言った通りだった。塩と香辛料の加減が絶妙で、一本では足りなかった。カイさんは三本食べた。

「旨い。この肉は旨い」

「でしょ。レフカに来たら鹿角牛は食え。それだけは保証する」

 ナギさんが二本目をかじりながら言った。

 次に、焼き魚のパン挟み。平たい白身魚を揚げて、薄いパンで挟んだもの。酸っぱいソースと刻んだ野菜が入っていて、一口かぶりつくと、魚のさくさくした衣とパンの柔らかさと野菜のしゃきしゃきした食感が混ざった。ソースの酸味が全体を引き締めている。

「美味しい……」

「でしょ?」

 ミラさんが隣で同じものをかぶりついていた。口の周りにソースがついている。

「これ、ソースが特別だよ。蒼酢と——何だろう、この香り。南方の果物の果汁が入ってる」

 ミラさんが舌で味を分析していた。薬師の舌は敏感だ。

 それから、冷たい果物の飲み物。紫色の果物を潰して、冷やした水で割ったもの。甘くて、少し酸っぱくて、冷たかった。冷蔵技術のおかげで、氷が入っている。

「氷入りの飲み物なんて……」

 辺境では考えられなかった。真冬の山水が一番冷たい飲み物だった。それが、真夏でもないのに氷入りの飲み物が気軽に買える。

「魔石の冷却器があれば、氷は簡単に作れる」

 ルークさんが飲み物のコップを観察していた。

「この屋台の裏に小型の冷却器があるはずだ。魔石の消費量は——常石一つで三日程度だろう。コストとしては悪くない」

「ルークさん、分析しないで飲んで」

「飲んでいる。分析しながら飲んでいる」

 セラスさんは——串焼きを小さく切って、行儀よく食べていた。でも、二本目に手を伸ばしたのを僕は見た。

「……美味しいです」

「だろ。遠慮しないで食え」

 カイさんが串焼きを一本、セラスさんの前に置いた。

「灰原を出てからずっと船だったんだ。陸の飯を堪能しろ」

「……ありがとうございます」

 セラスさんが——ほんの少し、微笑んだ。


 市場を一通り歩いた後、宿に戻った。


 日が傾いて、窓から夕日が差し込んでいた。白い街が橙色に染まっている。

 僕は二階の窓辺に座って、街を見下ろしていた。屋根の連なり。塔の上の魔石灯が、夕暮れの空に光を灯し始めている。通りを歩く人々の影が長く伸びている。

 この街で——楔を探す。全ての回路が集まる場所を。

 片眼鏡を左目にかけた。

 魔素の粒が見えた。街の上を漂う淡い光の粒。辺境とは比べものにならない密度だ。デルガよりも濃い。レフカの街全体が、魔素に満ちている。遺物と魔石が大量に使われているから、街そのものが一つの——回路のようだった。

 粒視で、街の魔素を眺めた。

 普通の魔素だ。密度は高いが、流れは安定している。危険はない。ただの——豊かな魔素の街。

 ふと、視線を下に向けた。

 地面の下。

 粒視の段階では、地下のことは分からない。でも——意識を集中して、透視に切り替えた。

 視界が変わった。

 建物の壁が半透明になり、構造が透けて見える。石壁の中に埋め込まれた魔石灯の配線。地下の水道管。その下に——

 光があった。

 巨大な——光。

 地下の深いところに、とてつもなく大きな魔素の塊が横たわっていた。街の地下全体を覆うような——巨大な回路構造の光。脈動している。ゆっくりと、規則的に。心臓の鼓動のような周期で。

 デルガの地下遺跡で見たノードとは、規模が違った。デルガのノードが篝火なら、これは太陽だった。

 目が——眩んだ。

 透視を維持するのが難しかった。光が強すぎる。情報量が多すぎる。頭の奥が痛み始めた。

「……っ」

 片眼鏡を外して、目を閉じた。残像が瞼の裏に焼きついている。巨大な光の脈動。回路のうねり。

「ユーリくん?」

 ミラさんの声がした。隣の部屋から顔を出している。

「大丈夫? 顔色が悪いよ」

「……大丈夫。ちょっと、見すぎた」

「透視使ったの? 駄目だよ、いきなり。鼻血出てるよ」

 鼻に手をやると、確かに血が滲んでいた。ミラさんが手早く布を持ってきてくれた。

「何が見えたの?」

「……地下に、すごく大きな光がある」

 僕は布で鼻を押さえながら言った。

「デルガのノードの——何十倍、何百倍も大きい。街の地下全体に広がってる」

「それが——楔?」

「たぶん。……たぶん、そうだと思う」

 ミラさんが黙って僕の隣に座った。窓の外を見た。夕日に染まった白い街。その地下に、巨大な光が眠っている。

「すごいところに来ちゃったね」

「……うん」

 すごいところに来てしまった。

 レフカの街の下に——楔が、ある。全ての回路が集まる場所が。

 僕たちが探していたものが——この街の足元に眠っている。


 夕食は、宿の近くの食堂で取った。


 狭い食堂だった。テーブルが六つほど。壁に魔石灯が二つ。暖かい光が店内を照らしている。女将が一人で切り盛りしている小さな店で、常連客が多いようだった。

「ここも信用できる店だ」

 ナギさんが奥のテーブルに案内した。壁際で、入口が見える位置。情報屋の習性だろう。

 料理が運ばれてきた。

 鹿角牛の煮込み。大きな肉の塊を、根菜と一緒にじっくり煮込んだもの。肉がほろほろに柔らかくなっていて、匙で崩れた。煮汁が濃厚で、パンを浸して食べると——体の芯まで温まった。

「いい煮込みだ。肉の下処理がしっかりしてる」

 カイさんが頷いた。肉の旨さが分かる男だ。

 それと、豆と穀物のサラダ。数種類の豆と穀物を酢と油で和えたもの。歯応えがよくて、酸味がさっぱりしている。煮込みの濃厚さとの対比がよかった。

 パンは、市場で食べた屋台のものより素朴だった。でも焼きたてで、外がかりっとしていて、中がもちもちしている。何もつけなくても美味しかった。

 食後に、蒼酒の温かい版——蒼湯そうとうが出てきた。蒼苔を煎じた飲み物で、辺境では冷やして飲むものだった。レフカでは温めて、蜂蜜を入れて飲むらしい。甘くて、蒼苔の苦みが後味にほんのりと残る。

「辺境の蒼酒と同じ苔なのに、全然違う味だね」

 ミラさんが蒼湯をふうふうと冷ましながら言った。

「蜂蜜を入れるのがいいんだな。辺境じゃ蜂蜜は貴重品だから、こんな飲み方は思いつかない」

「レフカは物が豊かだからな」

 ナギさんが蒼湯を啜った。

「遺物技術のおかげで生産性が高い。農業にも魔石が使われている。灌漑、害獣除け、土壌の改良。——禁忌を恐れないということは、こういうことだ」

 ナギさんの言葉には、感嘆と皮肉が半々に混ざっていた。


 食事を終えて、宿に戻った。


 六人が、一階のテーブルを囲んだ。女将は奥に引っ込んでいて、他の客はいなかった。

「明日から動く」

 ナギさんが低い声で言った。

「まず、情報収集だ。俺のレフカの連絡先に当たって、楔への接近ルートを探る。ヴェルナーの動きも探る必要がある」

「僕にできることはある?」

「今日見たものを、詳しく聞かせろ。地下の光——楔の位置と規模を、できるだけ正確に」

 僕は、透視で見たものを話した。地下の巨大な回路。街全体を覆うような規模。脈動する光。デルガのノードとは桁違いの密度。

 ルークさんが手帳を取り出して、メモを取り始めた。

「街の地下全体を覆う規模ということは——楔は一つの構造物ではなく、複数のノードが集約したネットワーク中枢だな。デルガのノードが一つの部屋だとすれば、楔は一つの都市に相当する。面白い。非常に面白い」

「面白がっている場合か」

 カイさんが肩をすくめた。

「どうやってそこに近づくんだ。街の地下だぞ。穴でも掘るのか」

「掘る必要はないだろう。これだけの規模なら、地下への接続路が必ずある。この都市自体が楔の上に建てられている以上、過去に誰かが楔に接触しているはずだ」

「それを探す」

 ナギさんが頷いた。

「俺の仕事だ。数日くれ」

 セラスさんが——静かに口を開いた。

「気をつけてください。楔に近づけば——神罰の……いえ、安全装置の監視範囲に入る可能性があります」

「分かっている」

 ナギさんが答えた。

「だから慎重にやる。——まあ、心配するな。死にに来たわけじゃない」

 窓の外は、もう暗かった。レフカの夜景が見えた。魔石灯の光が街中に灯っていて、星のように瞬いている。辺境の夜は真っ暗だった。灰枝の夜は魔石灯がちらほらあった。デルガの夜は港の灯りが明るかった。

 でもレフカの夜は——街全体が光っていた。

 この光の下に——楔が眠っている。

 僕は窓越しに、夜の街を見つめた。片眼鏡はかけなかった。透視はもう今日は使わない。鼻血が出るほどの負荷は、一日一回が限界だ。

 でも——あの光は、目を閉じても残像として残っていた。

 巨大な。脈動する。地下の光。

 明日から——あの光に、近づいていく。


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