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第三日目 5節「決着」(ギルファス)

 草原を渡る風は、芳しい草の匂いを運んでくる。

 その匂いで、ギルファスは、もう夕暮れが近いのを悟った。草原を渡る風の匂いは、あまりにもギルファスの周りにいつも存在しているものだったから、普段、その匂いを取り立てて感じることはほとんどない。

 でも夕暮れだけは別だ。

 夕暮れの赤い光を浴びて、日の光を惜しむためにか、それとも夜を迎えるためにか。草原は夕暮れに、その匂いをひときわ高く放つのである。

 ゴードが振舞ってくれた白の葡萄酒と同じ香り。

 ミンスター地区の白い葡萄酒がことさらに珍重されるのは、もしかしたらこの香りのためなのかもしれなかった。

 

 東軍の潜む館は、ひっそりと静まり返っていた。

 ギルファスは夕日に赤く染まった館の壮麗な姿を、黙ったままじっと見ていた。大理石でできた館は、西に沈んでいく太陽の光を浴びて、とても……いっそ毒々しいほどに、美しかった。

 東軍兵士たちは、その美しい赤い城に閉じこもったまま、姿を見せていない。

 ――どうして出てこないのだろう。

 黙ったまま、彼は考えていた。

 三日間の激しい戦闘で始めから終わりまで苦戦を強いられてきた東軍は、西軍に比べてはるかにその人数を減らしてはいる。しかしまだまだ侮れない兵力を隠しているはずだった。そして、今日は既に三日目である。もうすぐ、もうすぐ【宴】が終わってしまうというのに、この沈黙はいかにも解せなかった。

 いや、戦略的に考えれば、この沈黙は妥当である。

 東軍は西軍とは違って、【館】という堅牢な、防衛に適した本拠地を持っている。このまま館の中に閉じこもっていれば、【宴】が終わるまで西軍に、少なくとも決定的な勝利だけは与えることはない。もちろんこのままでは敗北はまぬかれないが、完膚なきまでに叩き潰されるよりはだいぶましな終わり方だといえるだろう。【宴】の常識から言えばこのまま閉じこもっているのが得策なのはわかりきっている。【宴】の長い歴史の中で、そのような終わり方をした年は実際少なくないのだ。

 でも、ギルファスには、ガスタールが――そしてもちろんグスタフが、このまま手をこまねいて【宴】の終了を待つとは、どうしても考えられないのだった。

 でも、館は夕日に赤く染め抜かれて、ひっそりと静まり返っている。

 吹き付けてくる風は、火照った体に涼しかった。空気に少しずつ闇が立ち込め始めている。広場のそこここで焚き火の準備をしているのが遠目にも見え、やがて焚き火が赤々と燃え出すと、その明るさに触発されて、闇が思ったよりも濃くなっていたことに気づいて、驚く。

 夜が、やってくるのだ。

 そして、あっという間だった三日間が終わる。夏が終わる。秋がやってくる。収穫の季節――そしてガルシア国に税を納めなければならない季節。自分たちがガルシア国内の中で占めている地位を、否応なしに思い出させられる季節。

 ――俺はミンスターがもっと高い地位を得るためなら、なんだってするだろう。

 ゴードが言っていた。そしてそれは、この地区に住む人々の内が、その程度の差こそあれ確かに抱いている感情だ。ギルファスは夜明け前に見たゴードのシルエットを思い返していた。ゴードの、なにか照れくさそうな……それでいて確たる決意を含んだ声が耳の中に響く。そう、とギルファスはその声に、自分の内なる声を重ねる。俺も、なんだってするだろう。

 そのゴードはといえば、先ほどからある一定の期間をおいて、朗々と降伏勧告の口上を繰り返していた。

 純白のマントが、いつしかその数を増やした焚き火のオレンジ色の明かりに映えていた。涼やかな風がマントをはためかせているのが見える。ゴードは館の目前にいて、ギルファスは小高い丘の上にいる。これだけ離れていても、ゴードの声はよく響いた。朗々たる声音。ゴードの声は深みがあって、聞いていてとても快かった。

 しかしゴードの勧告にもかかわらず、まるで人が一人もいないかのように、館は沈黙を返すばかりだった。窓という窓に明かりが見えて、大勢の人が潜んでいる様子を伺わせる。しかし周囲を取り囲んだ西軍たちが口々に挑発の言葉を上げても、窓から顔を出しもしない――いや時折窓辺に青い服の人影が姿を見せることはあるものの、ほとんど何の反応も見せずに、また中に引っ込んでしまうのである。

 もう【宴】は終わりだと、諦めきっているのだろうか。

 それとも……

「おーい、ギルファスー!」

 盛大に呼びかける声がした。前方、もうすっかり闇の落ちた広場を横切って、白い服の人が走ってくる。声からするとラムズであるようだった。川べりで別れたときにはもう【宴】の最中に再会することはできないだろうと思いかけたラムズだったが、実際のところ彼はぴんぴんしていた。東軍の館のすぐそば、『川くだり』をした銀狼隊たちの目標地点だった場所に、たどり着いたのはラムズの方が先だったくらいである。あの場に『目付』がいたのはラムズにとって本当に幸運だった。『目付』がもしいなかったら、鉢巻を奪ったくらいじゃ、東軍兵士たちは引き下がらなかったに違いない。

 ともあれ、ギルファスは丘の斜面を駆け下りた。あのラムズが急いでいるのだから、何か重要な知らせがあるのだろう。同じく丘の上にいたマディルスが、ラムズの声を聞きつけてこちらに走ってくる。ルーディは、と探すまもなく、ラムズが駆けつけてきた。

「ゴードが呼んでる。ゴードはまだ何かするつもりらしいぞ!」

 息を切らせながらそう言ったラムズの声は、抑えきれない興奮にひどく、弾んでいた。

 驚いて口を開けたギルファスの眼の隅に、駆けつけてくるルーディの姿が見えた。

 

 招集をかけられた各隊の隊長たち、そして銀狼隊の面々も、ゴードの打ち出した新たな計画にあっけにとられた。

 大部分の西軍兵士たちにとって、『宴』はもう終わったも同然だった。館を包囲してはいるものの、東軍が逃げ出すことなど考えもしていない。館を包囲した西軍兵士たちが、明かり取りのための焚き火を起こして――一番初めにしたことは、残った干し肉を焼くことだった。館に背を向けて地面に座り込んでいるものもいる。時がたつにつれて酒まで振舞われ始めていた。どうせ真夜中を過ぎればそのまま酒宴になだれ込むのである。彼らにしてみれば、それが少し早まるだけというところだった。

 三日間の『宴』での疲労もあっただろう。普段は口にすることもできないような、上等の食べ物と酒が準備されているということもあっただろう。これだけの大勝利を収めたのだから、もう何もせずにただ時間の過ぎるのを待っていればいいのだ――という雰囲気が蔓延していた。各隊の隊長たちも、大っぴらにではないものの、その雰囲気を黙認してきた。そんなところへ投げかけられたゴードの言葉は、寝ぼけた者に与える冷たい水のような効果をもたらした。

 ゴードは夜陰に乗じて館に侵入するという計画をどう思うか、と皆に尋ねたのである。

「このままじゃ歯切れが悪いと思わないか?」

 ゴードはまるで、何か悪戯の計画を打ち明ける子どものような口調で言った。

「大勝利には違いないが、敵の銀狼も媛もまだ生きている。大将も副将も欠けていない。せめてこのどれか一人でも、鉢巻を奪ってやりたいものだが」

 俺はガスタールの鉢巻が欲しくてたまらない、と、ゴードは笑いながら言う。

 冗談のような口調だったが。笑いに紛らせてはいたのだが。でもギルファスには、ゴードが本心からそう言っていることが良くわかる。

「出入り口を全て固めて、タイミングを計っていっせいに突入すれば、結構な成果が挙げられると思うのだが……」

「殲滅ですか」

 こわばった口調で口を挟んだのは食糧補給隊隊長のドーラだった。普段はとても豪快で、それでいてよく気の回る彼女は、めったなことでは動じない。いつもニコニコしている。しかし今の彼女は、驚くほどに激しい反応を見せた。

「勝っているのに、館に乗り込んで完膚なきまでに……最後の一人まで叩き潰すなんて……それではあいつらと同じだわ」

「ドーラ」

 あいつら、という言葉には非常な憎しみが込められていた。その反発が起こることを予期していたような流暢さで、そしてその憎しみをそらすような軟らかさで、ゴードが声をかける。

「これは『宴』なんだよ」

 ドーラがきゅっと唇を噛むのがわかった。

「わかってるわ」

「この三日間で、さしたる武勲を挙げていない者に、最後のチャンスを与える絶好の機会だ」

「……それもわかってる」

「そして」

 ゴードの柔らかい声は続く。

「あいつらと同じことをすることにこそ意味があるんだ」

 ギルファスはそこでようやく気づいた。

 あいつら、というのが誰のことなのか。

 五十年前、ミンスターを踏みにじった、ガルシア国の兵士たちのことに決まっている。

「なぜ、われわれは毎年、この『宴』を繰り返すんだろう?」

 ゴードは歌うような、呟くような、囁くような――不思議な声音で続けていた。

「単なる運動会だという者もいる。つらい日々の中で年に一度だけ羽目をはずせる機会だと言う者もいる。若者たちへ与える学問の機会だと言う者もいる。ガルシア国への憎しみを忘れないための、そして銀狼と媛への感謝と尊敬を繰り返し誓うための、儀式に過ぎないと言う者もいるよ。『宴』のとらえ方は人によってさまざまだ。どれも真実なのだろうと思う。少なくとも、どれも、『宴』の要素の一つではあるだろう。

 だが昔から――俺が銀狼になったときから、俺の考えは決まっていたんだ」

 ゴードは微笑んだ、のだろう。東軍に悟られぬよう暗がりで話していたから、どの顔も闇に沈んで見えない。

 闇に沈んだまま、ゴードの声が耳に届く。

「俺は『宴』が本番だと思ったことは、あれから一度もないよ」

 沈黙が、一瞬で落ちてきた。

 誰かが唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。

 ゴードが何を言おうとしているのか、誰もが少しずつ悟り始めていた。ゴードにとって『宴』というのは……いつかガルシア国に立ち向かう日のための、叩き台に過ぎないのだということ。

 ギルファスは夜明けにゴードが言っていた言葉をまたしても思い返していた。

『俺はミンスターがもっと良い地位を得るためになら、何だってするだろう』。

 そう、ゴードは実際、『何だってしてきた』に違いない。

 毎年――この『宴』、で。

 ゴードが再び口を開く。

「戦いにおいて、経験とは重要なものだ。それならば。『あいつら』と同じことをする――五十年前と同じ目に遭わされるという経験は、何にもまして重要なものだと思わないか?」

「なあに、言ってやがるんだ」

 出し抜けに、声が上がった。言葉とは裏腹に拍子抜けしたような声だった。地図作成隊隊長のルドルフが、呆れたような声を上げたあと、何か納得したというようにくつくつと笑い始める。

「面白ぇなあ。あんたは西軍大将でありながら、東軍にそんな経験を与えてやろうとしてるんだな?」

「ガスタールがもし俺と同じ立場だったら、やはり同じことをしただろう」

 ゴードが澄まして答え、ルドルフはいよいよ笑い出す。なるほどねえ、という言葉が、そのいかつい口元から漏れ出した。

「なるほどねえ、『本番だと思ったことがない』とはねえ。いいよ、俺はやるよ。どうせ『宴』ってのはそんなもんだ」

「そんなもん、って」

 黙りこくっていたドーラが非難の声を上げる。でもその声は、先ほどまでよりはだいぶほぐれていた。ルドルフが笑ってドーラの肩を叩く。

「俺にとっちゃ『宴』ってのは若ぇ奴らに地図作成の技術を叩き込む、絶好の機会なんだよ。経験を与える相手が違うだけで、あとは何も変わりゃしないんだ」

 ルドルフの言葉に説得されるようにして、ようやく、雰囲気が少し落ち着いてきた。

 その雰囲気に促され、集まった隊長たちが口々に賛成の意を表し始める。反対を述べる者はもはや誰もいなかった。

 ギルファスは黙ったまま、成り行きを見守っていた。

 少年たちにとって、『宴』というのは本番以外の何物でもありえない。一年のうちで、高らかに自分の勇を誇ることのできる、ほとんど唯一の機会なのだから。

 何故、われわれは、毎年【宴】を繰り返すんだろう――

 そんなことを考えたのは、生まれて初めてだった。

 けれど、目の前にいる各隊の隊長たちは、何度も何度も『宴』を繰り返すうちに……そんな疑問を、胸に秘めるようになっていたのだろうか。


 突入作戦の準備が整うまでに、それでもそれから一時間近く待たなければならなかった。

 まず西軍兵士たちを立ち直らせるのにしばらくの時間がかかった。前述の通り、西軍兵士たちは、これ以上の作戦はもうないものと決めてかかっていたから……疲労も手伝って、ゴードの作戦は諸手を挙げて歓迎されるというわけにはいかなかった。しかし隊長たちは巧みな人選によってその問題をクリアした。自分の率いる隊で、今年目だった武勲を挙げていないものを優先的に選んで、作戦を言い含めたのである。

『宴』で名を上げたいという欲望は、ミンスター地区の人々が変わらずに持っているものだ。

 兵士たちに酒盛りを続けさせたまま、隊長は一つ一つのグループを回って、噛んで含めるようにしてその作戦について話した。もちろん東軍に気取られぬように、倦怠感がまだ西軍を支配しているように見せかけようとしたのだが――それでも時が経つうち、計画が西軍に浸透し始めるうちに、押さえ切れない興奮が少しずつ館の周囲に満ち始めた。焚き火の周りで交わされる酔った繰言はまだ続けられてはいたものの、皆の顔つきが少しずつ精悍さを取り戻していくのを見ていれば、東軍も異変に気づかずにはいなかっただろう。

 その証拠に。

 準備がほとんど出来上がりかけ、ゴードが今にも突撃の号令をかけようとした瞬間に、館の入り口に一人の男が姿を見せたのである。

 威風堂々とした体躯。

 青一色のマントが、夜風に翻る。

 東軍大将ガスタールその人が、誰も供に連れず、たった一人だけで、館の入り口に立っていた。

 ゴードは相変わらず一定の期間をおいて降伏勧告を続けていた。ガスタールが出てきたとき、ゴードはちょうどその口上を述べている真っ最中だった。見ようによっては、ゴードの勧告に従ったように見えたかもしれない――でもガスタールの姿を見た者は皆、彼が降伏のために出てきたとは思わなかった。それだけ、ガスタールが堂々として見えたのだ。

「よお」

 ガスタールはゴードに向けて、軽く手を上げて挨拶した。

 彼の声は、のんびりしていると言ってもいいようなものだった。

 

 ガスタールとゴードは同い年である。

 どちらもミンスター地区で一番発言力および指導力のある男だったから、何かと比較されることが多かった。ガスタールはその腕っ節の強さ、身体能力の高さと、人を引っ張っていく吸引力の強さで有名で、体躯もがっしりしていた。

 そして、ゴードは、その智謀で同じくらい有名だった。体つき自体は、ガスタールと比べてしまうと貧弱にすら見えた。ギルファスが先日横に立って驚いた通り、まだ成長途中であるギルファスと同じくらいである。横幅も細く、腕も細い。純粋に姿形だけを見れば、ゴードはどうしても取るに足りない存在に見える。しかしすぐ傍に立つまで、人はその体躯の貧弱さに気づきもしない。それだけ、ゴードの放つ存在感というものは絶大なものだった。

 その二人が、今、わずかな距離だけを隔てて、対峙していた。

 ガスタールは無造作に立っていた。敗軍の将だとはどうしても思えなかった。相変わらず生気に溢れ、笑みすら浮かべていた。彼は棍棒の間合いからわずかに外れた場所までやってきて、声を低めて囁いた。

「『宴』で弓矢が使えないってのは不便だよなあ?」

 その言葉で、ゴードは、ガスタールが『宴』に関して自分と同じ考えを持っていることを、はっきりと知る。

 長い付き合いではあったが、今まで『宴』の価値に関して意見を戦わせたことはなかった。しかしゴードはガスタールが自分と同じ考えを持つことを疑ってはいなかった。そしてそのことが図らずも立証されたわけである。

 ゴードは笑みをこぼした。

「なぁに、篭城が続いて弓を全て打ちつくしてしまったと思えばいいのさ」

「なるほど」

 ガスタールも笑みをこぼす。二人の男は一瞬笑みを交わし、

 そして、ガスタールが棍棒を抜いた。

「銀狼と媛を差し出すわけには行かないんだ」

 何気ない口調。

 だが、ガスタールの眼光がゴードを射抜いた。

「だから俺が来た。最後の意地だ。一騎打ちを――ゴード」

 そして、ガスタールは棍棒を、自分の胸の前で斜めに掲げた。

 

 ゴードが一番初めに考えたことは、『何をたくらんでいるんだ』ということである。

 ガスタールも『宴』を、いつか来るかもしれない本当の戦闘の叩き台だと思っている――先ほどそう悟ったばかりだというのに、ガスタールの行動は、悟ったばかりの真実と矛盾する。

 国民を少しでも生き延びさせるのを最大の目的とするのならば、銀狼と媛を差し出すのは間違いじゃない。実際、五十年前、乙女はそうして命を落としたのだ。

 そう、あの時、乙女は勧告に従った。銀狼はその場にいなかったから自ら出て行くことはできなかったが、乙女は銀狼を待たずに出て行き――そしてミンスターの民の前で処刑されたのだと聞いている。

 でも、大将は違うのだ。

 五十年前、確かに乙女は勧告に従って外に出て行った。しかし彼女が処刑されても、ガルシア兵士たちは攻撃をやめなかったのだ。乙女が一人で出てきたことで、兵士たちは、銀狼が出てこないのではなく、その場にいないのだということを悟ってしまった。奴らは初めから、『二人を差し出せば攻撃をやめる』という約束など守る気はなかったのだ。

 あの時城にいた者の大半は、その後半時も経たぬうちに殺された。

 死を覚悟していた、若かりし頃のエストールを助け出したのは、皮肉にも、ようやく戻ってきた銀狼だったのだという――

 そのことから、『宴』で行われる降伏勧告は、本気にせぬこと、という暗黙の了解ができている。この勧告は勝利宣言と同じような重みで使われることが多い。

 だからこそ。

 館に踏み込まれた際、一番欠けてはいけない存在は、大将なのである。大将がいなくなれば統制が取れなくなる。大将こそはこの場に出てきてはいけないはずなのに、ガスタールはやってきた。

 それも、一人で。

 いったい、何を企んでいるのだ……?

 探るような目をしたゴードに、ガスタールは晴れやかに笑って見せた。

「俺たちも、年を取ったもんだよなあ?」

 思わせぶりな言葉。

「『宴』に参加できるのも、あとわずかだよなあ?」

 ゴードは、今更何を言い出すのかと、ガスタールを軽く睨む。

『宴』に参加できるのは、三十九歳までと決まっている。四十代に足を踏み入れた時点で、『宴』に兵士として参加することはなくなる。今も彼らのそばで成り行きを見守っている『目付』としてしか、参加できることはないのだ。

「あとわずか。……お前と敵として向かい合える機会は、これが最後かもしれない」

 ガスタールの言葉に、ゴードは、一瞬目を閉じた。そのゴードの上に、ガスタールの言葉が降り注いでくる。

「俺はお前に勝ちたい」

「……俺もだ」

「知ってる」

 ガスタールは笑った。

「それなら、最後かもしれないこの機会に、――羽目をはずしてもいいんじゃないか?」

 大将としての立場を忘れろ、と。ガスタールは言っているのだ。

 ゴードは迷った。ずっと昔から、『宴』で名を上げることよりも、いつか起こるかもしれない戦争に今度は――今度こそは勝つためにと、模索してきた。『宴』を心底楽しんだことなどなかったような気さえする。頭の中にはいつも、ミンスターの勝利だけがあった。その記憶が、ゴードを迷わせた。純粋に勝利のみを望むのならば、今ここで号令を発して、ガスタールを捕らえさせたほうがいいに決まっている。

 けれど、ガスタールの言葉は、振り払うにはあまりにも甘美だった。

 ガスタールに勝ちたい。最後かもしれないこの機会に。ずっと昔、何度か本気で渡り合ったことがある――今でもこの偉大な男に対等に立ち向かえるのかどうかを、確かめたくてたまらなかった。

 ゴードの逡巡を振り払ったのは、カーラだった。この有能な副将は、少し離れたところで指揮をする手はずになっていたが、ガスタールが出てきたときからこちらに向かっていたようだ。二人の会話を聞いていたはずもないのに、息を切らせて走りよってきたカーラは、たどり着くなりゴードの背中を叩いた。

「……いいわよ」

 たった一言。

 けれど、それだけで充分だった。

 カーラの声に呪縛を解き放たれ、ゴードはガスタールの斜めに構えた棍棒に斜交いになるように、自分の棍棒を構える。

 ガスタールの笑みが大きくなる。

「楽しみだ」

「そうだな」

 交わす言葉は一言ずつだった。

 見守る西軍兵士たちが大歓声をあげる中、二人の大将は、棍棒を一度、かみ合わせた。

 がしん、と中身の詰まった音が、歓声の中に響いた。

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