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不可避

 日が傾きかけていた。

 昼前の騒動から、ソフィアはほとんど口を開いていなかった。

 

 ルークは二人から話を聞き終えると、しばらく腕を組んでいた。


「最初の風を見られたんは?」


「一人だと思うわ」


「あの行商人。エレナの手を見てた」


 エレナは、父と目を合わせられなかった。


「……ごめん」


 ルークは責めるようなことは言わなかった。

 代わりに、短く息を吐く。


「……その場には、何人くらいおった?」


「十人はいたと思う。もっといたかもしれない」


「役人は?」


「見なかったわ」


「誰か、知らせに走った奴は?」


「そこまでは分からない」


「そうか……」


 ルークは額に手を当てた。

 エレナは膝の上で両手を握る。


「お母ちゃん」


「なに?」


「なんで、あんなことしたん?」


 ソフィアはすぐには答えなかった。


「ウチが風出したあと、もう一回使ったやろ。

 あれ、わざとやんな?」


「ええ」


 あっさり認められ、エレナが勢いよく顔を上げた。


「あの男、ウチ見てたから?」


「そうよ」


「ほんなら……」


 エレナは一瞬、喉を詰まらせた。


「ウチの代わりになったん?」


「あなたを守っただけよ」


「せやけど……」


 エレナは一瞬、喉を詰まらせた。


「みんな、お母ちゃんのこと魔女やって言うてたやん!」


「エレナ」


「ウチが使ったのに」


 ソフィアが何か言いかけるより早く、エレナは俯いた。


「ウチが悪いんや」


「違うわ」


「違わへん。外では使うなって、ずっと言われてたのに」


「それはそうね」


 思いがけない返事に、エレナは母を見た。

 ソフィアは娘の膝の上で固く握られた手に、自分の手を重ねた。


「約束を破った。それは反省しなさい」


「……うん」


「でも、あの子を助けたことまで悪かったことにする必要はないわ」


「そやけど、お母ちゃんが――」


「じゃあ、あのまま木が落ちるのを見ていればよかった?」


 エレナは答えられなかった。

 あの子は、逃げることさえできていなかった。


「それは……嫌や」


「私もよ」


 ソフィアはそれだけ言った。


 ルークが椅子に座り直した。


「せやけど、問題はそっからや」


 二人の目が、ルークに集まる。


「この前の裁判が終わったばっかりや。今あんな噂が立ったら、どう転ぶか分からん」


「でも、役人はおらんかったんやろ?」


「おらんかったから安心、とはいかん」


 ルークは窓の外の通りへ顎をしゃくった。


「十人も見とったんや。明日の朝まで黙っとるとは思えへん」


 エレナが唇を噛む。


「どうすんの?」


 沈黙が落ちた。ソフィアも、夫の言葉を待っている。


「……ここを出る」


 エレナは思わず父を見返した。


「また?」


「ああ」


「また引っ越すん?」


「今度は引っ越しいうほど悠長な話ちゃう」


 ルークは立ち上がった。


「今出たら人目につく。

 もうすぐ日が落ちる。それまでに馬車を用意すればちょうどええ」


「今夜?」


「朝まで待たん方がええ」


 エレナは俯いた。

 いつの間にか、窓の外は薄暗くなり始めていた。


「またウチのせいや」


「それはもうええ」


「でも――」


「エレナ」


 いつものように言い返そうとして、エレナは口をつぐんだ。


「今は誰のせいか決めとる場合ちゃう」


 エレナの膝の上の手に、さらに力がこもる。


「三人でここを出る。それだけ考えよ」


 ソフィアはもう腰を上げていた。


「分かったわ。荷物をまとめる」


「ワシは馬車を――」


 玄関の扉が叩かれた。


 三人の動きが止まった。

 扉の向こうから、ぬかるみを踏む複数の足音と、馬の鼻息が聞こえる。


 ルークは窓辺へ寄り、目隠し板の隙間から外を窺った。家の前に、幾つもの人影が集まっている。


 間を置かず、もう一度。

 今度は扉の蝶番が軋むほど、強く叩きつけられた。

 エレナが思わず腰を浮かせる。その腕を、ソフィアが掴んで引き留めた。


 外から男の声がした。


「ルーク・クロウリー牧師!」


 ルークは一度だけ、妻と娘を振り返った。


「二人とも、ここにおれ」


 そう言い残し、玄関へ向かった。



---


 ルークが玄関の扉を開けると、外には四人の男が立っていた。


 先頭にいるのは、数日前、近所を聞き回っていた役人だった。その隣で、別の男が書類を抱えている。


 後ろには槍を持った兵士が二人。

 さらにその向こうでは、近所の者が何人か足を止めていた。


「今日は何の用です?」


「ソフィア・クロウリー夫人に、同行していただきたい」

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