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魔女と呼ばれた少女  作者: SANGSANG
異能者たち
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第12話 組織の打算

「……やっぱり」


「ここに残るのであれば、君のその力を貸してもらいたい」


 パトリックの言葉に、エレナは椅子の背にもたれた。


「あの、月並みやけどさ」


「何かな」


「ウチが断ったら?」


 パトリックはすぐには答えなかった。

 代わりにダガルが口を開く。


「住む場所を用意するよ」


 エレナが振り向く。


「え?」


「名前も変えた方がいいだろうね。エレナ・クロウリーは、もう有名になりすぎた」


「逃がしてくれるん?」


「そうなるね」


「働かへんのに?」


「ここには置いとけないだけ。

 ただ、また捕まっても、次まで助けられる保証はないよ」


「……それは覚悟しとる」


 パトリックが続けた。


「言ったとおりだ。君の身分を整え、別の土地で暮らせるようにする。

 それで、ひとまずこことの関係は終わりだ」


 エレナは三人を見る。


「……選べるってこと?」


「ああ」


 パトリックが答えた。


「君の人生だからな。

 但し、魔法はもう使わないことだ。

 理由は言わなくても分かるね?」


 エレナはしばらく黙っていた。

 やがて鼻から小さく息を吐く。


「魔女裁判より、随分マシやんか」


 ガーズィが腕を組んだまま答えた。


「そりゃどうも」


「まだ信用した訳ちゃうで」


「ああ、分かっている」


 ダガルが笑う。


「少し元気になったね」


「うっさい」


 エレナが睨む。

 だが、声には以前ほどの刺々しさはなかった。


 パトリックは二人のやり取りが終わるのを待ってから、口を開いた。


「まだ決めなくていい」


 エレナが彼を見る。


「二年ほど前、スコットランドで、巨大な鯨が漂着したという話は、聞いたことがあるかね?」


「ああ。なんか聞いたことあるわ。えらいでかかったって」


「あれは鯨じゃなかった」


 エレナが目を見開く。


「……は?」


「まだ発表されていないものだ」


「……なんやそれ」


 ダガルが横から軽く答えた。


「世間には鯨ということにしたけどね」


 パトリックが再び口を開く。


「例えば、そういうものを扱うのも、我々の仕事の一つだ」


「そんなん、すぐに信じられへんわ」


 パトリックは口髭を触り、少しだけ笑みを浮かべた。


「では、まずは見てもらおう」


 そこで、今まで黙っていた男が帳簿を閉じた。


「伯爵。その前に、少しよろしいですか」


 パトリックが男を見る。

 王室から出る資金の管理を任されている会計監督官、エドワーズだった。


「今でなければ駄目か?」


「彼女の処遇に関わる話です」


 エレナが二人を見比べる。

 パトリックは少し考え、ダガルへ顔を向けた。


「悪いが、少しだけ彼女を外へ連れていってくれ」


「分かった」


「なんやねん」


 エレナが眉をひそめる。


「すぐ終わるよ」


「……隠し事だらけやな、ここ」


「否定はしない」


「ほら、行こ」


「押すなって」


 ダガルに促され、エレナが部屋を出ていく。

 扉が閉まった。


 ガーズィは壁際から動かず部屋に残った。

 エドワーズが息を吐き、帳簿を机に置く。


「では、率直に申し上げます」


「どうぞ」


「あの娘を、このままこちらで扱うおつもりですか?」


「本人が残ると言えばな」


 エドワーズの眉がわずかに動いた。


「陛下は、彼女の力に強い関心を示されています」


「ああ」


「今回、王室は処刑を止めるために動いた。書状も出した。その上、委員会には毎年少なくない額が下りている」


 エドワーズが帳簿へ手を置く。


「今後の処遇に、陛下の意向を反映させるべきでは?」


「報告はする」


「報告だけですか」


 パトリックは椅子へ腰を下ろした。


「君は何を求めている?」


「少なくとも一度は宮廷へ出すべきでしょう。あれほどの術者です。宮廷の直接管理下に置くという話が出ても不思議ではありません」


「それは認めない」


 パトリックに即答され、エドワーズの表情が少し硬くなる。


「陛下が彼女の保護と処遇を伯爵に委ねられたことは承知しています」


 エドワーズは続けた。


「ですが、王室の助力がなければ、彼女の処刑を止めることもできなかったのです」


「分かっている」


「ならば――」


「エドワーズ」


 パトリックが遮った。


「我々は王室と協力している。資金も受け取っている。それを否定するつもりはない」


 エドワーズは黙って聞いている。


「だが、ここで誰を保護し、誰を働かせるかまで宮廷に決めさせたことはない。これからもだ」


「しかし――」


「それに、あの娘を無理に抱え込んで何になる」


 エドワーズが言葉を止める。


「あれほどの力です。戦力として――」


「だからこそだ」


 パトリックは机の上で指を組んだ。


「法廷で何をしたか、君も報告を読んだだろう」


「ええ」


「本人が望まないまま閉じ込め、命令して魔法を使わせる。それで素直に従うと思うか?」


 エドワーズは言葉に詰まった。


「嫌がる術者を無理に抱えれば、戦力ではなく火種になる」


「実際、一度燃えかけてるしな」


 ガーズィが壁際でぼそりと言った。

 パトリックは横目でガーズィを見たが、すぐにエドワーズへ視線を戻した。


「こちらを選ぶなら使う。断るなら外へ出す。それが最も面倒が少ない」


「本当に自由にするおつもりで?」


「完全に手を離すとは言っていない」


 エドワーズの目が細くなる。


「居場所はこちらで把握する。公の場で再び魔法を使えば調べる。危険と判断すれば、その時は保護対象として扱うとは限らない」


「それを本人には?」


「魔法を使うなとは伝えた」


「全部は話していない、と」


「今話す必要がないだけだ。何も起こさず暮らすなら、こちらも何もしない」


 エドワーズはしばらく黙っていた。


「……少なくとも、情だけで決めたわけではなさそうですね」


「当然だろう」


 壁際からガーズィが言った。


「エドワーズ。こいつを何だと思ってたんだ」


 パトリックはちらりとガーズィを見ただけで、すぐに立ち上がる。

 そして両手を広げた。


「聞いた通りだ。もういいか?」


「ええ。陛下への報告はこちらで整えます」


「頼む」


「ただし、宮廷から正式な要求が来た場合は、また話をさせてもらいます」


「その時はその時だ」


「では」


 エドワーズは帳簿を抱え、一歩下がる。

 パトリックは扉に向かった。


「いつまでも待たせると、今度はあの娘に怒られそうだ」


 扉を開けると、廊下の壁にもたれていたエレナがすぐに顔を上げた。

 少し離れたところには、ダガルもいる。


「終わったん?」


「ああ」


 エレナは部屋から出てきたパトリックと、その後ろにいるエドワーズを交互に見た。


「ウチ、どうなるん?」


「さっきと変わらないよ。君が決めていい」


「そりゃ、ありがたいけど……なんか、こそばいな」


「我々にも打算がないと言えば嘘になる」


 エレナが一瞬きょとんとして、それから鼻で笑った。


「いや……、そっちの言葉の方が信用できるわ」


 パトリックは苦笑する。


「今日はゆっくり休むといい。その後は――」


 パトリックがガーズィへ目を向けた。

 ガーズィの眉がわずかに動く。


「……《《宝物庫》》か。

 いや、今は収蔵庫みたいなものだな」


「ああ」


 エレナが二人を見比べた。


「何があんの?」


「君がここに残るかどうかを決める前に、見せておきたいものがある。

 ソールズベリーにそれがある」


 エレナはしばらくパトリックを見たあと、隣のダガルへ目を向けた。


「……また、見たら分かるってか?」


「まあ、今回はそんな感じかな」


「あんた、だいたいそれやな」


 ダガルが笑う。


「見てからやめるって決めても、遅くないでしょ?」


「ソールズベリーって遠いん?」


「近くはないね。明日の朝に出れば、順調にいって三日くらいかな」


「また荷馬車かいな……」


 露骨に嫌そうな顔をするエレナに、ダガルが肩をすくめる。


「歩いていく?」


「絶対イヤや」


 エレナは小さく息を吐き、パトリックを見た。


「伯爵」


「何かな」


「ウチに、それを見せてもらえますか」


 少し間を置いて続ける。


「それが何か知らんけど」


「そうか」


 パトリックが頷いた。

 ガーズィは壁から背を離した。


「なら、明日は早いぞ」


「……やっぱ今から嫌になってきたわ」

魔女を取り締まった国王と、エレナの処遇について


1612年、イングランドの国王はジェームズ1世でした。


この国王、実は魔女裁判と非常に関係の深い人物です。


1597年には『デモノロジー(Daemonologie)』という悪魔学の書物を出版しています。


さらに1604年には、ジェームズ1世の治世下で魔女法が制定され、魔術に対する処罰が強化されました。


つまり、本作の舞台となる1612年のイングランドでは、魔術は決して見過ごされるものではなかったのです。


もっとも、ジェームズ1世は魔女に関するあらゆる告発を無条件に信じていたわけではありません。後年には、悪魔憑きなどの虚偽の主張を見抜いたことも知られています。


ここからは本作独自の設定になります。


第12話【組織の打算】で描いたように、王室はエレナの力に強い関心を示しています。


魔術を危険視する国王にとって、実際に超常的な力を行使した少女は、処罰すべき存在であると同時に、その正体を確かめる価値のある存在でもあったのではないか。


本作では、そのように解釈しています。


そして、エレナの保護と処遇は、国王からパトリック・スピノーラ伯爵に委ねられています。


ただし、王室が資金を提供しているからといって、委員会が王室の命令に無条件で従う組織というわけではありません。


国王の関心、王室の利益、委員会の独立性、そしてエレナ自身の意思。


これらが必ずしも一致しないことを、第12話では描いています。


なお、ジェームズ1世がエレナの処刑を止め、委員会に処遇を委ねたという部分は、もちろんフィクションです。


史実の人物や制度を取り入れながら、当時の社会で何が起こり得たのかを考え、物語を組み立てています。

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