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魔女と呼ばれた少女  作者: SANGSANG
異能者たち
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11/13

パトリック・スピノーラ伯爵

 ロンドン。


 ランカスターを出てから十数日。

 エレナを乗せた馬車は、街の一角に建つ大きな聖堂の前で止まった。


 古びた石造りの建物だった。

 正面には幅の広い階段と大きな扉があり、その上には長い年月で角の削れた彫刻が並んでいる。

 高くそびえる石壁を見上げても、屋根の端が見えない。


 馬車を降りたエレナは、思わず上を見た。


「……でっか」


 隣でダガルが笑う。


「このあたりじゃ一番大きいかな」


 ガーズィが先に扉へ向かった。


「立ち止まるな。行くぞ」


「はいはい」


 三人で中へ入る。


 外から見ても大きかったが、内部はさらに広く感じた。

 高い天井を太い柱が支え、奥には色のついたガラス窓から淡い光が差し込んでいる。


 エレナは歩きながら何度も周囲を見回した。


「なんか、ごつい聖堂やな」


「そう?」


「そうやろ。声出したら全部響きそうやん」


「試してみる?」


「あーあー」


「ホントにやるとはね」


「やかましい」


 少し先で、地味な服を着た年配の女が待っていた。

 ダガルたちを見ると、小さく頭を下げる。


「ご苦労様です。スピノーラ伯爵は、先に下でお待ちです」


「分かった。

 えっと、彼女がエレナ」


 女の視線がエレナへ向く。


「そうでしたか。

 どうぞこちらへ」


「ウチのこと、怖がらへんねんな」


「ここでは、あなたを怖がる必要がありませんから」


 女はふっと笑うと、奥の扉を開いた。

 その先にあったのは礼拝のための部屋ではない。


 下へ続く石段だった。


 エレナが立ち止まる。


「下?」


「下」


「何があんの?」


「行けば分かるよ」


「またそれかい」


 ぶつぶつ言いながらも、エレナは二人について階段を降りた。

 地上の聖堂とは空気が変わっていく。


 壁には一定の間隔で灯りが置かれ、途中には幾つもの扉があった。

 壁の高い位置には地上へ続く細長い採光口があり、そこから淡い自然光と冷たい風が流れ込んでいた。


 兵士らしき男が立っている。

 

 見える範囲だけでも、数人はいた。 

 それでも、廊下では人が忙しく行き来していた。


 書類の束を抱えて廊下を急ぐ男。

 壁に掛けられた大きな地図を見ながら話している二人。

 奥の部屋から木箱を運び出している者もいる。


 エレナが小声で尋ねる。


「……なんなん、ここ」


「仕事場。ここだけじゃないけどね」


「だから、何のやねん」


「それを今から説明するんだって」


 すれ違った男がガーズィを見る。


「お戻りでしたか。伯爵は執務室です」


「ああ。聞いている」


 短い会話を交わし、男はすぐに去っていった。

 別の部屋の前では、若い男がダガルに気づいて軽く手を上げる。


「ダガルさん。

 そっちが例の?」


「うん」


 男がエレナを見る。

 エレナも見返したが、男はそれ以上何も聞かず、扉の向こうへ消えた。


「……知り合い多いな、あんた」


「長くいるからね」


「どれくらい?」


「まあ、それなりに」


 エレナが訝しげに見る。


「なんやその答え」


 やがて三人は、廊下の一番奥にある扉の前で止まった。


 両脇には男が一人ずつ立っていた。

 二人ともダガルとガーズィを見ると、そのまま道を開ける。


 ダガルは扉を三度叩いた。


「パトリック。入るよ」


 エレナがガーズィを見る。


「パトリックって……?」


「パトリック・スピノーラ伯爵だ」


「え?」


 エレナの背筋が少し伸びた。


「なんで呼び捨て?」


 エレナは改めてダガルをまじまじと見た。

 年齢は二十歳そこそこに見える。


 初老のガーズィが代わりに答えた。


「今は気にしないことだ」


「って、ちょっ……心の準備が」


 ダガルが扉を開ける。


「大丈夫だよ。

 彼、作法なんか気にしないから」


「信用できん!」


---


 部屋の中では、一人の男が机に向かっていた。


 五十歳ほどに見える。

 赤みがかった髪には白髪が交じり、丁寧に後ろへ撫でつけられている。

 エレナたちが入ると、読んでいた書類を閉じて立ち上がった。


 机の脇には、一振りの大剣が立て掛けられていた。

 両手で扱うほどの長さがあり、革を巻いた柄は擦り切れ、鞘にも無数の傷がついている。


 その少し離れた場所には、もう一人、帳簿を開いている男がいる。

 エレナたちが入っても、計算の手を止めようとはしない。


「ようやく来たか」


「うん」


 ダガルは何でもないように答える。


「彼女がエレナ」


「ああ。そのようだな」


 男はダガルにそう返すと、エレナへ目を向けた。

 机を回り込み、エレナの前へ歩いてきた。


「初めまして。パトリック・スピノーラだ」


「……ど、どうも」


 エレナは思わず姿勢を正した。

 パトリックが笑顔を見せた。


「そんなに緊張しなくていい」


 ダガルが横から口を挟む。


「ごめんね。彼女、こういう作法とか知らないから」


「君にだけは言われたくないだろう」


「痛いとこつくね」


 エレナは目をパトリックと合わせることもなく、口を開いた。


「ウチ……、エレナ・クロウリー……です」


「よろしく、クロウリーさん。

 それと……」


 パトリックの言葉が一瞬途切れる。


「お父さんと、お母さんは残念だった。

 お悔やみを」


「……っ!」


 エレナは喉の奥が詰まった。


「あ、あんたが……」


「うん?」


「ウチを助けてくれたん……ですか?」


「助けるために動いた一人ではある」


 パトリックはそう答えた。


「宮廷にいくつか伝手があってね。今回はそれを使って、君たちご家族の件を通常よりずっと早く王のもとまで上げてもらった」


「ほな、あの書状も?」


「書状を出したのは陛下だよ。わたしにそんな権限はない」


 エレナが少しだけ首を傾げる。


「そんなすぐ、王様まで話が行くもんなん?」


「普通なら間に合わなかった」


 パトリックは淡々と答えた。


「だから何人かに無理を言った。順番も飛ばしてもらったし、早馬も走らせた。

 おかげで、しばらく頭の上がらない相手が増えたよ」


「……そこまでしてくれたん?」


「急がなければ意味がなかったからな」


 パトリックの視線がダガルとガーズィへ向く。


「それに、彼らが動かなければ、わたしも君たち家族の存在を知ることはなかった」


 エレナは少し黙った。


「……そやったん、ですか」


 パトリックは机の前にある椅子を示した。


「座るといい。長旅だっただろう」


「ええんですか?」


 再びパトリックが椅子に促すと、エレナがようやく腰を下ろす。


 ダガルは勝手に別の椅子を引き寄せた。

 ガーズィも何も断らず壁際へ立つ。


 エレナは二人を訝しげに横目で見ると、再び正面を向いた。


「それで」


 パトリックが話を戻す。


「ダガルから、どこまで聞いている?」


「ほとんど何も」


「んー。まあそれに近いね」


「こいつ、ほんましばいたろか」


 エレナはダガルを睨んでから、パトリックを見る。


「ウチみたいなんを保護しとる組織やとは聞きました」


「間違ってはいない」


「でも、保護するだけやなくて、ウチの力も借りたいって」


「そうだ」


 パトリックは頷いた。


「我々は昔から、君のように力を持つ者を保護してきた。ただし、慈善だけで動いている組織でもない」

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