ギルドの討伐依頼を工程表にしたら、魔石が42個になった
『一角兎駆除 作業計画書』 1.目標 使える大きさの魔石を確保する 2.方法 巣の位置と出現時刻を記録から集計し、通路で受ける 3.期間 3日
物置の戸の音を聞いて、俺はポケットの鍵を握ったまま庭へ下りた。
戸は閉まっていた。中には古い耕運機と肥料の袋と、俺が置いた懐中電灯がある。
懐中電灯の頭が戸のほうを向いていた。置いたときは壁に向けたはずだ。
誤差だろう。手帳に1行だけ記録して、元の向きに戻した。
縁側の健司が「兄貴、何してんの」と言ったので、在庫確認だと答えた。
嘘ではない。魔石は残り6個しかない。
6個では足りない。
俺は鍵を回して戸をくぐった。
3回目の入室だった。向こうでは3か月目の1日。
王都ルーメンの冒険者ギルドは朝から酒くさかった。
掲示板には羊皮紙がびっしり貼ってある。
「討伐・オーク」「護衛・南街道」「採取・月見草」と並ぶが、端に小さく札の色が描いてある。
木の色の札が付いているのは、一番下の1枚だけだった。
「木札の方が受けられるのは、こちらの一角兎の駆除だけです」
受付嬢は紙を指で押さえて、決まった文句を読み上げる声で続けた。
「一角兎は5匹で銀貨2枚。尻尾を切って持ってきてください。魔石は小指の先くらいですので、買い取りは1個銅貨数枚です」
「承知しました」
市場なら小さい魔石でも1個で銀貨が飛ぶ。狩れば原価はゼロだ。
工場の内製化と同じ話だ。
「一点、確認させてください」
「はい」
「一角兎の群れの巣の場所と、出現時刻の記録はありますか」
受付嬢のペンが紙の上で止まった。
「……ないです」
後ろの長椅子から笑い声が飛んできた。
「記録だってよ」
「兎に時刻表があるかよ」
「おっさん、角に刺されて帰ってくんなよ」
「気をつけます」
俺が頭を下げると、笑いはもう一段大きくなった。
依頼書に署名をして、受付の横の小部屋を借りた。資料室と札が出ているが、実態は書類置き場だ。
棚には討伐報告の束が年ごとに縛ってある。
日付、場所、匹数、報告者の名前。字は汚いが項目はちゃんと揃っている。
記録はある。
誰も集計していないだけだ。
俺は手帳を開いて、一番上の束から写し始めた。
計画の1日目は、森に入らずに終わった。
塔の実習室の机に3年分の報告を写した紙を並べる。 場所を森の目印ごとに分けて匹数を足し、時刻の欄が空いているものは報告の受付時刻から逆算した。
昼過ぎに、ルカが塔の戸を叩いた。
「先生、手伝いに来たっす」
退学の書類は裏返されたまま、学院からは何も言ってこない。
学院が休みの3日間だけ、という約束で手伝ってもらうことにした。
「先生ではなく、見学者です」
「はいっす、先生」
直らない。
夕方には棒グラフが1枚できた。
目印は全部で17か所ある。
そのうち北の倒木と、岩の割れ目と、古い炭焼き窯の跡。
その3か所だけで、匹数の8割になる。
「巣は3か所で8割です」
「……文字じゃなくて、棒っすね」
「棒の高いところから潰します」
ルカは紙を胸に押しつけて、棒の高さを指でなぞった。
字が読めなくても、棒の長さは読めるらしい。
森は門から歩いて1時間だ。狩りの2日も、夜は塔に戻って寝ることにした。
2日目の朝、北の倒木の前に立つと、草が湿っていて足首が冷たかった。
巣穴は倒木の根の下にある。出入りする道筋は、草の倒れ方で分かった。
一角兎は、まっすぐにしか走らない。
最初にこちらへ来た日、俺に向かって突っ込んできた1匹は、よけた先の木に角を刺して抜けなくなった。
あれは不良ではなく、仕様だ。
「《結界》」
地面に膝をついて、初級の《結界》を張る。
半透明の板が、肩の高さで1枚立った。板を斜めに2列並べれば、幅の狭い通路になる。
初級の板は、1枚で畳1枚ぶんの広さしかない。
塔で試した実測では、1日に張れるのは12枚までだった。12枚目で息が上がって、13枚目は立たなかった。
だから通路は6枚で1本、1日2本までだ。
通路の出口に、拾ってきた丸太を横倒しに据える。
角の高さに合わせて、樹皮を手斧で削っておく。
「ルカさん、巣穴の反対側からお願いします」
「了解っす」
ルカが倒木の向こうに回って、手順書を見ずに指を構えた。
息を吸う。指を4本折る。止める。
「《着火》」
指先の小さな火が、巣穴の裏の枯れ草に移った。
煙が入ると、穴の中が騒がしくなった。
1匹目が飛び出す。
まっすぐ走って、結界の板に肩をぶつけ、向きを変えて通路に入る。
そのまま丸太に頭から突っ込んで、角が樹皮に深く刺さった。
2匹目、3匹目と、同じ道筋で続く。
ルカの火が3つ目の穴に回るころには、丸太に白い毛玉がずらりと並んだ。
「先生、おれの火で兎が獲れてるっす」
ルカは煤のついた指を、自分の目の前にかざした。
「実地でも歩留まり10割。量産に入れます」
俺は1匹ずつ首の後ろを押さえて、手斧で仕留めた。
剣は使えない。使えなくても、刺さって動けないものは仕留められる。
「先生、これ、狩りっすか」
「段取りです」
昼までに倒木の巣が空になった。
岩の割れ目へ移る前に、セレスティアさんの台所から包んできた黒パンを齧った。 ルカは片手で棒グラフの紙をまた広げている。
「次は2番目に高い棒っすね」
「はい。午後で潰します」
午後は岩の割れ目に通路を張り直して、同じ手順をもう一度くり返した。
その日の分は倒木の脇に積んで、結界の板を1枚かぶせておいた。
夜、塔で数個試すと、小指の先より大きいものは1個で《明かり》が3回点いた。それより小さいものは1回で空になる。
3日目は、炭焼き窯の跡だった。
最後の1匹を丸太から外したところで、俺は窯の脇の木の根元に目を止めた。
落ち葉の下に、赤茶けた円筒が半分埋まっている。
拾い上げると、軽かった。
スチールの缶だ。
プルタブは開いていて、側面の塗装は錆でほとんど剥げている。
残った文字は、カタカナの「コーヒー」だけ読めた。底の印字は掠れて、製造の欄が読めない。
デザインが古い。俺が子どものころ、自販機に並んでいた形に近い。
製造年月が読めれば、ロットが追えるんだが。 理由は考えなかった。考える材料がない。
軍手のまま缶を持ち直して、ポケットのビニールテープを1周巻いた。テープには日付と場所を書く。
手帳に「異物混入 1件 炭焼き窯跡の木の根元」と書き、缶は別の袋に入れた。
「何すか、それ」
「ゴミです。持ち帰ります」
「ゴミを持ち帰るんすか」
「出どころが分からない物は、捨てずに保管します」
ルカは首をかしげて、それ以上は聞かなかった。
日が傾くまでに、倒木の脇の分も運んで窯の脇に集めた。
全部で126匹。
魔石を1個ずつ取り出して、手のひらの上で大きさを見る。 3回点く大きさだけを選ぶと、42個残った。 手帳の在庫欄は48になった。
小さい84個は別の袋に分けた。在庫には数えないが、1回分の明かりにはなる。
126本の角と尻尾の山は、腰の高さまであった。
ルカが山を見上げて、口を半分開けた。
「先生、これ、持って帰れるっすか」
ギルドの裏口で借りた荷車は、門をくぐるときに衛兵に止められた。
中身を見た衛兵は、何も言わずに道を空けた。
受付の前で、俺は報告書を書いた。
日付、場所、匹数、方法、異常の有無。異常の欄には「なし」と書いた。缶はギルドの依頼とは関係がない。
「報告書と、討伐の証明です」
ルカと2人で尻尾の束をカウンターに積み上げる。
1束、2束、3束。
受付嬢の手が、受け取ろうとした形のまま空中に残った。
4束目を置いたところで、彼女は息を吸い直した。
「……数え直します」
事務の声で言ってから、彼女は職員を呼びに奥へ走った。
走る工程は、受付の手順書にないと思う。
奥から出てきたのは、袖をまくった年配の職員だった。
職員は束をほどいて、尻尾を10本ずつ並べていく。並べるうちに口数が減った。
最後の列を数え終えると、職員は報告書の場所の欄を指でたどった。
「126匹……北の倒木と、岩の割れ目と、炭焼き窯。一角兎の巣が3つ空になってる」
後ろに戻ってきた受付嬢が、小さな声で言った。
「一角兎の駆除は、普通は1日5匹です」
職員が報告書の日付を見て、算盤の珠を2つ動かした。
「狩りは2日か。なら、1日63匹だな」
日産63。設備なしなら悪くない数字だ。
長椅子のほうがざわついた。
「おっさん、何者だ」
「巣を3つって、パーティ組んでも1か月だぞ」
「角に刺されるって言ったの誰だよ」
「お前だろ」
「工程どおりにやっただけです」
俺の返事で、なぜか長椅子が静かになった。
職員は算盤をはじいて、革袋をカウンターに置いた。
「5匹で銀貨2枚。126匹で、銀貨50枚だ。端数は切らせてもらう」
「承知しました」
金貨にすれば2枚半になる。火の魔導具なら、安いものが2つ買える。
受付嬢が奥から新しい札を持ってきた。赤みがかった金属の札だ。
「規定により、木札から銅札に上がります。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
長椅子がまたざわついた。
「初依頼で銅かよ」
「俺、木札3年目だぞ」
木の札と銅の札を交換する。銅のほうが重い。
重量で品質が上がるなら楽なんですが。
「それから、魔石の買い取りですが」
受付嬢は事務の声に戻った。
「126個ですと、まとめて」
「魔石は持ち帰ります。電池なので」
受付嬢は2回まばたきをした。
「でんち」
説明はしないことにした。
◇
その夜、ギルド向かいの酒場「鉄鍋亭」は、一角兎の話でもちきりだった。
受注の日に長椅子で笑った若い冒険者3人は、奥の卓で額を寄せ合った。
「工程表のおっさん、だとよ」
「何だそれ」
「紙に、やることを先に書くんだと。そしたら巣が3つ空く」
1人が給仕から羊皮紙の切れ端をもらってきた。炭の欠片を握って、紙の上で手を止める。
「……で、何て書くんだ」
「『兎』って書け」
「兎って、どう書くんだよ」
3人は顔を見合わせた。誰も知らなかった。
紙の端には、兎らしい丸と、角らしい線が1本描かれた。
「……これで巣、空くのか?」
「空かねえだろ」
◇
塔に戻ったのは、日が落ちてからだった。
階段を上って、実習室の扉を開ける。灯りがついていない。
窓辺に、セレスティアさんが座っていた。
銀の三つ編みが膝の上で動かない。机の上には、封の切られた羊皮紙が1枚あった。
「戻りました。魔石が42個」
「弟子」
報告を遮られたのは、初めてだった。
セレスティアさんは羊皮紙を指で押さえたまま、顔を上げた。
「教会から、呼び出しです。あなたと、ルカに」




