15秒の切り抜きと、30分のアーカイブ
【炎上】手品おじさん「誰でもできる」発言→姪が失敗【才能否定?】
1:名無しさん 発端の切り抜き 『おじさん「手順どおりにやれば誰でもできますよ」→姪、できない』(15秒) サムネは姪の手元のアップに赤字で「誰でもできる(できない)」 月曜の朝の時点で再生80万
2:名無しさん 乙
3:名無しさん 都合のいいとこだけ繋ぐのやめろ 姪かわいそうだろ
4:名無しさん いや「誰でもできる」は言い過ぎでしょ できない人はできないんだよ
5:名無しさん
4 手順書の話だろ 魔法の才能の話じゃない
6:名無しさん 製造業だけど、これ現場の感覚そのまんまなんだよな 「できないのは本人のせい」で終わらせたら不良率下がらんのよ 新人教育にそのまま使いたい
7:名無しさん
6 でも「誰でもできる」って言い切るのは現場でも嫌われるぞ できる前提で話すと詰む奴が出る
8:名無しさん 看護師だけど、手順書があるから夜勤回ってる あれがなかったら事故だらけ
9:名無しさん 努力を舐めてるとしか思えん 「手順どおりにやれば」って、その手順にたどり着くまでが努力だろ
10:名無しさん
9 いや手順書は配られてる側だから 努力の話にすり替えるな
11:名無しさん 姪を配信でさらし者にしたのは良くない
12:名無しさん 宮大工の配信者(フォロワー80万)がこの件について動画出してた タイトルが「手順書では人は育たない」
13:名無しさん
12 動画見た 「手順で誰でもできるなら、弟子入りはいらない。手順書に書けないものを10年かけて覚えるのが職人だ」 って言ってた。まともな反論だと思う
14:名無しさん 職人系の人たちが一斉に「それはそう」って言い出してる まあ手に職つけてる人からしたら、手順書だけで済む仕事に見えるのは腹立つんだろ
15:名無しさん まとめ ・顔は出ていない。映っているのは手だけ ・本人いわく元品質管理。今は無職 ・《浄化》で泥水が透明になった(編集加工の痕跡なし) ・姪は《着火》を3回失敗。不良A×2、不良C×1と分類された ・21:30ちょうどに「時間なので失礼します」
16:名無しさん 昼休みに覗いたらまだ伸びてる 切り抜き再生200万いったぞ
17:名無しさん
16 200万て。1日でか
18:名無しさん あの15秒だけでか。そりゃそうだよな。姪が失敗してしょんぼりしてるとこだけ繋げばそりゃ伸びるわ
19:名無しさん 才能否定おじさんとか言われ始めてて草 「誰でもできる」はさすがに才能ある側の発言だろ
20:名無しさん 定時退社おじさん、炎上中も定時で寝てそう
21:名無しさん
20 炎上してるの本人が一番知らなそうなのむしろ笑う
22:名無しさん 姪の登録者やばいことになってたぞ さっき見たら21,000→38,000まで増えてた
23:名無しさん
22 表示3.8万だけど丸めてあるからな
24:名無しさん
22 増え方はいいとして、コメント欄が「姪さんは悪くない」と「才能ないのを晒すな」で埋まってて地獄
25:名無しさん アーカイブ30分、最後まで見てきた 切り抜き、続きが切れてる この人、あのあと「誰でもできるようになるまで手順書を直すのが書いた人間の仕事」「できなかったら、それは手順書の不良です」って言ってる
26:名無しさん
25 それ言い訳じゃん
27:名無しさん
26 いや逆だろ できない人じゃなくて手順書のせいにしてるんだぞ 「お前のせい」じゃなくて「俺のせい」って言ってる
28:名無しさん
27 でも「誰でもできますよ」は言ったんだから、できなかったら本人のせいってことになるじゃん
29:名無しさん
28 その直後に「書いた人間の仕事です」って言ってる 責任の置き場所が最初から自分側なんだよ
月曜の夜までに、切り抜きは300万回再生された。
◇
東央大学の理工学部3号館の4階は、夜の9時を過ぎても半分だけ明かりがついていた。
稲葉千景は机に向かっていた。ノートPCの画面には、測定データのグラフが3つ並んでいる。
机の上には100均のタッパーが置いてある。蓋は閉まっている。中身は白い角が1本。X線回折の結果は、3回とも【一致なし】だった。
論文の下書きは昨日から書き始めている。まだ「緒言」の途中だ。
「構造解析の結果、本試料は既知のいかなる生物由来硬組織とも一致しない」
そこまで書いて、手が止まる。「試料は」と打ち直して、指がキーボードの上で3秒ほど動かなくなった。
ノックの音がした。
「稲葉さん」
声は穏やかだった。開いたドアの向こうに、白髪まじりの男が立っていた。物性物理学研究室の教授だ。
教授は稲葉の机の前に立った。タッパーに一瞬だけ目をやってから、稲葉に視線を戻す。
「これ、少し見てもらえますか」
教授が差し出したのは、スマホだった。画面には切り抜き動画が表示されている。
「この手品師の試料で、論文を出すんですか」
稲葉は画面を見た。見たまま、何も言わなかった。
「炎上している人の試料ですよ。しかも、元品質管理を名乗る手品師だ。大学の名前を出して、この人と共同研究をしているように見えたら、どうなりますか」
「共同研究の契約書はありません。違うと言えば違う。でもね、稲葉さん。世間は、違うと言われても見た目で判断しますよ。『大学が手品師の小道具を研究している』と書かれたら、もう終わりです」
稲葉の指が白衣の袖口を軽く握った。
「教授。測定の結果は、私の言葉よりも先にあります。カルシウムとリンと酸素が出て、硬さは石英より上で密度は骨より下で、放射線は出ていません。これが揃う物質を、私は知りません」
「それは、あなたの研究の話です。私が言っているのは、大学の評判の話です。この試料を出した人物が、いま何と呼ばれているか。それを見てからでも、遅くはないでしょう」
稲葉は、ノートPCの画面を見た。書きかけの「緒言」の末尾で、カーソルが点滅している。
「……確認します」
「ええ。それでいいと思います。結果は急ぎません。でも、論文を出す前に一度見せてください。私も頭を下げる準備はしておきますから」
教授は背を向けた。
「お疲れさまです」
ドアが開き、閉まる。革靴の足音が廊下を遠ざかっていく。
稲葉が次に開いたのは、切り抜きではなかった。
ひよりの配信のアーカイブだ。再生時間は30分。
稲葉は早送りをしなかった。等速で見た。
「工程4、両手で器を挟みます。指の腹を側面に密着させます。隙間があると魔素が漏れます」
画面の中で、姪がうつむく。手帳を膝に置いている。声が小さい。
「……ごめん、おじさん」
1拍おいて、手だけの男が言った。
「手順どおりにやれば、誰でもできますよ」
稲葉の手が止まった。
「誰でもできるようになるまで、手順書を直すのが、書いた人間の仕事です。今、できなかった人がいたら、それは手順書の不良です。次の版で直します」
稲葉は巻き戻した。その一文だけをもう一度聞いた。
「時間なので失礼します」
画面の右上で赤い点が消えた。最後の同時視聴者、4,800人。稲葉は再生位置のつまみを、また左端まで戻した。
「先生、それ2回目ですよ」
声は机の並びの奥から来た。丸眼鏡の院生が、椅子の背に顎を乗せてこちらを見ている。
稲葉は答えなかった。
紙のノートを引き寄せた。ページを開いて、日付を右上に書いた。10/12。
稲葉は一文を書き写した。一字一句、句読点まで同じに書いた。
書き終えて、ペンを頁の上に置いた。
稲葉は、その文字を見たままつぶやいた。
「この人、測定と同じことを言ってる」
「何がですか」
丸眼鏡の院生が、椅子の背に顎を乗せたまま聞き返した。
「外れ値が出たら、まず測定手順を疑えって。測られた側のせいにするなって」
「はあ。先生、今それ言うと、手品師の肩を持つみたいに聞こえますよ」
「肩を持つんじゃない。測定の話をしてるだけです」
稲葉はノートを閉じて、ノートPCに視線を戻した。
キーボードに手を置いて、ファイルの末尾まで一気にスクロールした。
謝辞の欄がある。空欄だった。
稲葉は、しばらく画面を見ていた。院生の視線が背中に刺さっているのが分かる。分かっていて、そのまま打った。
「試料提供:匿名の方」
「それでいいんですか」
院生が言った。軽口ではなかった。
「いいです。今は、これで」
◇
王都ルーメンの聖光教会 審問局は、夜になると灯りを2つしか残さない。
3か月目の8日の夜だった。机の上に銀の聖印が1つ置いてある。その横に、羊皮紙が3枚。
グレゴールは椅子に座っていた。白い法衣の襟をきっちり合わせ、灰色の髪は1本も乱れていない。両手は机の上で組んでいる。
扉の側に書記が立っていた。若い男である。羊皮紙を両手で持ち、羽根ペンを耳に挟んでいる。喉が一度動いた。
「審問官。3か月目の7日、大結界の陣に関する報告です」
グレゴールは答えない。目だけが書記の方へ動く。
「同日朝、城の地下にて大結界の陣が起動しました。30年ぶりであると記録係が申しております」
グレゴールの右手が机の上を滑った。指の腹が銀の聖印に触れる。聖印は動かない。指がその縁をなぞる。ゆっくりと、一度だけ。
「起動の号令をかけたのは、客員シマ・コウイチ。同日夕方、王が客員宮廷魔導師に任じた者です。号令は、吸って4拍、止めて4拍。7人の息を数えて揃えるものでした。シマは7番の立ち位置に立ち、詠唱はせず号令だけをかけたと、立ち会った騎士が証言しております」
グレゴールの指が止まった。聖印の縁で、止まった。
「宮廷魔導師ヴァルターが、その号令の紙を求めております。号令の紙がなければ、陣の再現はできぬと」
「学院では、見習いルカが手順書の写しを他の見習いに配っております。写しの写しを作った者もおり、現在、学院の見習いの半数以上が所持していると」
書記は羊皮紙の3枚目をめくった。
「教会の代理が王宮の会議で異端と申し立てた件ですが、王は裁可を出しておりません。王の言葉は『教義にはわしは踏み込まぬ』。それのみです」
書記は羊皮紙を揃えた。耳から羽根ペンを取って、机の上のインク壺のそばに置く。
「報告は以上です」
グレゴールは聖印から指を離した。両手を組んだまま、書記の顔を見ている。
グレゴールが口を開く。怒鳴らない。
「王は教義に踏み込まぬと言った。ならば、教義の場で決する。異端の書は、教義に反する。教義に反する書は、信徒の手に渡してはならぬ。王都にある手順書の写しを、すべて集め広場で焼く」
書記がペンを取り直した。羽根の先が羊皮紙を引っかく音が、部屋の中では妙に大きく聞こえた。
「写しの元である見習いルカを審問にかける。学院の籍がどうあれ、教義に反する書を配った行いは、審問局の責務のうちにある」
薄い唇が、最後にもう一度だけ動く。
「焼け。写しも、写した手も、神の前に出させよ」
書記の羽根ペンが、羊皮紙の上で止まった。インク壺にペン先を戻す音もしない。部屋の空気が、そのまま動かなくなった。
◇
10月12日、23時59分。
ひよりのひより見、登録者 21,000 → 120,000。
隣の部屋のおじさんは、寝ている。




