決断
その電話は突然かかってきた。
軽い着信の振動を感じて、僕はスマホを取った。
馴染みのあるクラブからの番号だった。
(なんだろう?誰かの代わりにサッカー教室に行くとかかな?)
僕はゴールキーパーなんで、サッカー教室にはあまり呼ばれない。
でも、小さな子たちは体の大きな僕を相手にゴールをすると
ものすごい喜んでくれる。
僕は、それを見るのが楽しくて、派手にジャンプしたり、転んで見せたりする。(幼稚園のサッカー教室だといいな)そんなことを考えながら、スマホの画面に指を滑らせた。
「はい。もしもし・・・」
これも聴きなれたコーチの声。
・・・・・
え?
僕ですか?
・・・・・
(マジか)
どうしよう。
初の移籍の話。
「興味を持っているクラブがある」
「話を聞いてみる?」
移籍。
それも海外なんて。
ドイツなんて。
「行きたい」
その四文字が頭に浮かんだ。
でも、そのあと何も考えられなくなった。
真っ白だ。
どうする。
部屋にはボールが転がっていた。
何となくリフティングを始める。
一回。
二回。
三回。
……
続かない。
こんなこと初めてだった。
でも、だって、どうせ・・・
「どうしよう」なんてかあちゃんに言おうもんなら
「自分のことでしょ?」ってなるよな。
律は論外だ。自分のことのようにはしゃぐだろう。
そうだよ。
まずは自分の気持ちだ。
自分はどうしたいか。
今の自分の気持ちは「GO」なんだ。
でも、いろんなことを考えてしまう。
言葉とか、食事とか。
自分が通用するのか、とか。
いや違うな。
1番考えてしまうのは
かあちゃんを一人日本に残して海外に行くってことだ。
でも、かあちゃんは自分のために海外移籍をやめるなんて、あり得ないことだろうし、
かあちゃんは「行きな。」
って、そう言う。
そんな気がした。
「かあちゃんを理由に移籍をやめる」なんて僕にとっては一生かかってもかあちゃんに許してはもらえない「やらかし」となるはずだ。
「私を言い訳に使うんじゃない」って。
そうなんだ。
気持ちは決まってるんだ。
誰かに話して落ち着きたかった。
相談じゃなくて、うん、気持ちを語りたかった。
選んだ相手は、瑠。
本音で対峙できる相手。
「珍しいね。何?」
ほらね。気持ちよく切り込んでくる。
珍しいと言えば、瑠の私服姿も珍しい。
そうなんだよな。瑠って目を惹くキレイな子なんだよ。
「実はさ」
僕は、自分に今起こってること、考えてること瑠に話した。
「すごいじゃん」
瑠はそう言って口角をきゅっとあげた。
「で、ついて来いってこと?」
へ?
「ジョーダンだよ。まぁ、今じゃなきゃ行ってもいいけどさ」
え?何言ってる?
「ねぇ、私の話もしていい?」
「いいよ。聴く」
瑠は、WEリーグのチームから誘われている話、今、自分がそれをどう受け止めているかを話した。瑠の気持ちも明確だった。
「でもさ、ひとつ困ってることがあるんだ」
「何?」
「私さ、君のこと好きなんだよ」
そんな笑顔で言うのは卑怯だ。
瑠は目を逸らさない。
僕も好きだとはっきりわかった。
そして、新たな問題に気がついた。
僕は、こんな笑顔さえも置いて、ひとりでドイツにいくのか。
いや、その前に、何か答えなきゃ。
「あ、大丈夫。今日はお互いに気持ちの整理を語る日ってことで」
いや、だからこそだ。
大きく息を吸い込んで、僕は今気がついた気持ちを整理して言った。
「お互いさ。サッカーをやりきろう。その上で、お互いの気持ちが変わらなかったら、やり切ったほうが先に会いにいくってどう?」僕も笑った。
「お互いの気持ちって言った?」瑠がイタズラっぽく笑う。
こんな笑顔もするのか。ホント、ずるい。
「瑠にこの話をしたい」って思ったのは理由があったんだ。
瑠に聴いて欲しかったんだ。
このあと、
僕は海外の話をクラブから正式に聞いた。
瑠もクラブと正式に契約を交わした。
律は泣きながら背中を押してくれたそうだ。
そして、僕らは待ち合わせして
公園でボールを蹴った。
ここはかあちゃんとボールを蹴っていた公園だ。
好きな選手の話とか、かあちゃんの話とか、ドラゴンマスクの話とか、ゲラゲラ笑いながら話して、ボールを蹴った。お互い移籍までの時間を後悔のないように過ごしたい。お互いの気持ちに気がつくタイミングは最悪だけど、もしかすると最高だったのかもしれない。
ボールは、
何度蹴っても、
ちゃんと返ってきた。
あの日、
かあちゃんと蹴っていたボールみたいに。




