6.鳥籠の外へ
「いたぞ!!赤髪の女だ!!」
本殿から外に出ようと、ひたすら走っていると、突然薪木に灯された炎の光を向けられ、思わず目を細める。
その瞬間、どこからか私を狙った矢が数本飛んできた。
その1本が太腿に擦り、思わず顔を顰める。しかし、痛みを感じている暇はなかった。
剣を持ち甲冑を着た男たちが、私を見つけるなり、遠くから追いかけてくる。
お祖父様が殺された。ということは、次に私が同じような目にあってもおかしくない。
しかし、体力は限界を迎えていた。
ただでさえ、あの部屋から走って逃げてきて、すでに息が絶え絶えになっている。
女1人の体力があの大男の軍勢に敵うはずがない。このまま逃げ続けるだけでは、いつか捕まるのは明白だった。
「捕えろ!!」
獰猛な叫ぶ声が近くなっている。
このままでは−−−−−−−−、殺される!!!
そう思ったその時、建物の陰から強く腕を引っ張られ、口を手で押さえられた。
「……っ!!!」
そして、その人は私に覆い被さるように物陰に身を潜める。
一瞬、抵抗をしようとしたものの、覚えのある体温に私も軍勢が通り過ぎるまで息を潜めた。
慌ただしい足音が遠くに消えていくまでの時間は、長く感じた。
「もう、大丈夫か……」
辺りに軍勢がいなくなったのを確認した瞬間、彼は私の口を覆っていた手を離した。
「蒼天……!!」
私は、思わず、蒼天の腕をギュッと掴む。自分の味方だと確信できる人が目の前にいる。
それだけで、先ほどまでの不安と孤独が一気に和らいでいくのを感じた。
「どうして!どうしてここにいるの…!?」
「誰かさんが毎日隠れんぼするせいで、お前の居場所を探すのだけは得意になったからな」
「……」
「それより、大変だ。隣国の青鶏国が王宮に奇襲を仕掛けてきた」
「……え?何のために」
「わからない。でも、確実に言えるのは赤蛇国の王族が狙われているってことだ。陽華は勿論、陛下の命も危ない」
「…………もう、遅いよ」
ポツリと言葉が溢れた。その言葉を聞いて、蒼天の動きも一瞬止まる。
「……え?」
「だから……、殺されたの。お祖父様は私の目の前で殺された」
「嘘だろ?だって、陛下には影の者だっていたはずだろ!?それに、王宮の深部まで、青鶏国の連中がみすみす侵入できるわけがっ……」
「……」
押し黙ることしかできない私に、蒼天はハッとした表情を浮かべる。
「もしかして、誰か裏切り者が……」
「……」
その時、辺りを忍びながら、林峻が「陽華様、蒼天!」と静かに呼ぶ声が聞こえた。
蒼天と顔を見合わせ、辺りに人がいないのを確認し、林峻の元へ駆け寄る。
すると、林峻は覚悟を決めたように、私たち二人の目を見つめた。
「お前ら、逃げろ」
「……え?」
思わず、私と蒼天の声が重なる。
「あの道をまっすぐ走った先に、馬を隠してある。それに乗って王宮の外、いや、この国から一刻も早く出るんだ!」
そして、彼は私たちの肩を強く掴み、言葉を続ける。
「いいか。よく聞け。先ほど、青鶏国の軍の手によって、陛下の首が晒された。あいつらの目的は、恐らく王族を根絶やしにして、赤蛇国自体を侵略すること。ただ、陽華様……」
「……」
「あなたは、まだ生きている」
「……!」
私を見つめる真っ直ぐな瞳が、次に蒼天に向けられる。
「俺は、これから陽華様が逃げる時間を作る。第一軍隊を率いて、王宮で青鶏国の軍勢と戦う」
「じゃあ、俺も……!」
「ダメだ。蒼天」
「何でだよ!皆と一緒に戦わず、ここで俺一人だけ逃げるなんて、できるわけねえだろ!」
「なぜ、わからない!!??」
「……!」
「お前は、陽華様を守るんだ。何を犠牲にしても」
「……」
「それがお前のいる意味だ」
ハッとした表情を浮かべた蒼天は、暫く押し黙った後、深く深呼吸をして、頷いた。
それは、まるで林峻の言葉の意味を落とし込むのに必要な時間のようだった。
そんな蒼天の様子を見て、林峻は安心したように微笑む。
「俺たちも、無駄死にするわけにはいかないからな。ある程度方がついたら、撤退する。だから、泣かないでください、陽華様」
その言葉に、私は初めて自分の涙がボロボロと流れていることに気づいた。
一度、自覚してしまうと、その涙は止まることを知らない。
「林峻。必ず、また会える?」
「はい。必ず」
そして、蒼天は、徐に私の手を強く握り締めた。私は、左隣に立つ彼の顔を見上げる。
「……蒼天」
「行こう、陽華」
そう言葉にした蒼天には、先ほどまで子どものように林峻に反抗していた面影は全くなかった。
彼の瞳は、一睡も揺らぐことはなく、私を見つめている。
「頼んだぞ、蒼天」
「ああ」
「陽華様が生きてれば、まだこちらにも勝機はある。なぜなら……」
「……?」
「陽華様は―――、“鳳凰の子”なんだ」
その言葉を最後に、林峻は炎の上がる王宮の方へ戻って行った。
それと同時に、私は蒼天に繋いだ手を引っ張られ、王宮とは逆方向に走り出す。
彼に握られた手の温もりだけが、今は唯一の頼りだった。
絶対に離さないで――、その思いを込めて、私は彼の手を強く握り返した。
林峻の言われた通りに進むと、一頭の馬が隠されているのを見つけた。
蒼天に抱き抱えられるように、馬に跨る。彼は、私の後で手綱を握った。
手綱を引っ張るのと同時に、馬は勢いよく走り出す。
そして、普段使われていない裏口から、王宮の外へ一歩踏み出した。
勢いよく駆ける馬が風を切り、頬に当たる風はどこか冷え込んでいる。
進めど進めど、鮮やかな緑色の草原が広がるばかり。
辺りを遮るものも、隠れる場所も何もない。そして、王宮はどんどん遠くなっていく。
薄暗い空気が大きな光に照らされ始める。
――朝日だ。
朝日が登り始め、あたりは橙色のような桃色のような光で染まっていく。
先ほどまでの王宮での出来事が嘘だったかのように、外の空気は穏やかで静かで澄み渡っていた。
「これが地平線だ」
後ろから、蒼天が私に教えるように呟いた。
本の中で見て、幾度も想像した景色が目の前にある。この目で見たいと何度も願った景色が。皮肉にもこんな形で願いが叶うことになるとは。
「……綺麗」
涙がポツリと流れる。
しかし、今、流れた一筋の涙の理由は自分にもわからなかった。
お祖父様が亡くなった悲しみか、故郷を追われ郷愁に駆られているのか、大切な人に裏切られたショックが尾を引いているのか、それとも、外の景色に感動しているのか。
きっと、どれも正解であって、どれも正解ではないのだろう。
でも、どちらにせよ、ここで終わりだ。涙を流すのは、終わりにしなければならない。
風が、髪を靡かせる。私は、目を閉じて、大きく息を吸いながら、空を見上げた。
「さようなら」
私の今までの人生の殆どを過ごした王宮に別れを告げた。
その別れが、今生の別れにならないことを祈って。
今後月に2回のペースで投稿予定です。よろしくお願いします!




