5.裏切りの満月
夜が深くなり、空には綺麗な満月が浮かんでいる。
私は、王宮の中を、人に気づかれないよう、足音立てず、忍び足で一歩一歩足を進める。
離宮にある大きな倉庫に辿り着き、辺りを見渡して、誰もいないことを確認した後、中に入った。
「確か……」
しばらく使われていない倉庫の中。
奥に進み、荷物をどかすとそこには地下室に繋がる秘密の扉があった。
「あった……!」
もうかなり昔の話、まだ幼い頃。
蒼天と朔夜と秘密基地として、使っていた場所だった。王宮の大人の誰も知らない秘密の隠れ家。
扉を開けて、埃くさい階段を降りると、昔のままの風景がそこにはあった。
石壁に囲まれた大きな殺風景の部屋。
床には独特な円形の模様が重ねられており、壁には大きな鳥が描かれている。
その鳥は「頭」「首」「背」「尾」「顎」と5つに区切られていた。
私は、部屋の隅に座り、朔夜を待つことにした。
今日の昼間、彼に言われたのだ。夜になったら、あの地下室に来てほしいと。
なぜと理由を聞いても、教えてはくれなかった。
ただ、返ってきたのは、「どんなに遅くなっても必ず、行くから。絶対に外に出ないように」という言葉だけだった。一体、急にどうしたのだろうと不思議に思いつつも、朔夜が意味もなくこんなことを頼むはずがない。
私は、彼を信じて、待ち続けることにした。
それから暫くして、ハッと目を覚ます。
どれくらい時間が経ったのだろう。気づけば、うたた寝してしまっていたようだ。
部屋中を見渡すが、朔夜は……、まだ来ていない。
流石に遅すぎるのではないか。
ここまで姿を表さないとなると、彼に何かあったのではないだろうかという不安の波が押し寄せてくる。
ここで待っているように言われたけれど、居ても立っても居られない。
私は、この地下室から出ることを決めた。
階段を登り、倉庫の外に出ると、静まり返った廊下が広がっていた。
歩いても、歩いても人の影一つない。それに、何だろう。この鼻をツンと摘むような強烈な臭いは。
嫌な予感がする。
私は、本殿に向かう廊下を思わず走った。誰でもいい。
誰か人がいないかと、祈りを込めて、ただ走った。しかし、本殿に近くなるほど、嫌な臭いは濃くなっていく。
そして、廊下の奥。
お祖父様の部屋の扉が僅かに開かれ、僅かに光が漏れていることに気づいた。
それを見て、私は、深い安堵のため息をつく。そこに人がいるという事実に安心感が押し寄せてくる。
きっと、まだ、お祖父様は起きて仕事をしているのだろう。
お祖父様を一目でも見られれば、この嫌な不安も解消されるような気がした。
しかし、一目散にその部屋に向かうことだけを考えていた私は、足元にあった“それ”に気づかなかった。
転がっていた大きな“何か”に、足をひっかけ思わず転んでしまう。
「痛った〜〜!」
膝をさすりながら、床に転がる“何か”を見ると、
それは−−−−−−−−−“人間”だった。それも、息をしていない、“死体”だ。
「……っ!」
お祖父様に常についている影の者が、身体から大量の血を流して息絶えているのを目にし、思わず、悲鳴が出そうになるのを手で押さえる。
恐怖で言葉が出てこず、息が早くなっていくのを感じる。
その瞬間だった。
目の前のお祖父様の扉がギギギと嫌な音を立てて開いたのは。
そこにあったのは、想像もしていなかった光景。いや、とても信じたくない光景だった。
「お祖父様……!!」
部屋の奥で、お祖父様が血を流して倒れている。そして、私の目の前。
扉を開けた張本人は−−−−−−。
「何があっても、あの部屋で待ってるよう言ったのに」
黒い装束を身に纏い、鋭い剣を手にした朔夜だった。
彼は、この場には似つかない爽やかな笑みを浮かべている。それが、逆に怖かった。
「どうして……」
その光景を見て、何が起きているのか一瞬で察してしまった。
そうだと、思いたくなかった。でも、夜に紛れられないほどに、彼の黒い装束が赤黒く滲んでいるのが見てとれる。
この状況の全てが、彼がお祖父様を殺したのだと、証明するのには十分だった。
それでも、私は、まだ信じることができなかった。
何か間違いなのではないか、彼はたまたま居あわせただけで……などと、自分にとって都合の良い想像を重ねてしまう。
呆れるほどに、私は、こんな状況でも、なお、彼が“殺していない”可能性を探している。
――「どうして、そんなことをしたの」
その言葉が出てこない。それを聞いて、決定的な言葉を口にされてしまえば、もう、私は、目の前で起きている事実を認めざるを得なくなる。
しかし、彼は微笑んだまま、私が聞きたくなかったその言葉を口にしてしまった。
「僕が、陛下を殺したんだ」
「……っ!」
「最初からそうすることは決まっていた」
月の明かりに照らされた彼の笑顔に、思わず一歩後ろに後ずさる。
「……怖い?僕のこと」
あなたは、誰……?
得体の知れない恐怖が襲ってくる。
そこにいるのは朔夜で間違いないのに、まるで私の知らない人みたいで。
私は、目の前の現実から逃げるように、力の抜けた腰を上げ、一目散に長い廊下を駆け出した。足がおぼつかず、何度も転びそうになる。
それでも、とにかく、遠くへ、遠くへと足を動かすしかなかった。
私は、気づかなかった。
立ち去ったその部屋に、朔夜の他にもう一人、お祖父様が信頼を置いていた高官である朔夜の父がいたことに。
そこで、繰り広げられていた会話の内容も。
「朔夜様、いいんですか。赤髪の彼女を捕える絶好のチャンスだったのに」
「……ああ。いいんだ」
「……?」
「どうせ、僕の元に戻ってくることになるからね」




