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緋凰の王女〜愛する人に裏切られた運命の赤髪の少女は伝説の鳳凰の器でした〜  作者: 杉下桃


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7.初めての外の世界

その後も、私たちは休むことなく馬を走らせ続けた。

しかし、当てもなく走らせていたわけではない。隣国の「黄亀国」に向かっていた。


蒼天曰く、「黄亀国」は大陸の中で中立国の立場を取っており、「あらゆる戦においても、交戦せず、どの国の味方にも敵にもならない。代わりに、国土を他国から侵されないことを保障されている」のだそうだ。


「青鶏国」の“味方”にならないことが保証されている国。かつ、異国の民にも寛容な風土から、身を隠す逃げ場所としては、これ以上に最適な場所はなかった。


そして、「赤蛇国」から「黄亀国」への国境を今日中に超えること。

それが、今の私たちの目的だった。


私が王宮から逃亡したことが明らかになれば、「青鶏国」は、他国へ逃げられることを恐れて、関門を塞ぎにくることは明白だった。だから、彼らに動かれる前に、国境を超えなければならない。


「大丈夫か?」

「……え?」


黙々と馬を走らせていた蒼天に指摘されて初めて、自分が尋常ではないほどに汗をかいていることに気づいた。


「息が上がって、心なしか体も熱いぞ。疲れたなら、今夜は休もう」

「大丈夫。今日中に国境を超えないといけないんでしょ?」

「そりゃ、そうだけど……」

「私は、大丈夫だから」


体の不調を、これ以上蒼天に悟られないよう、何事もないように明るい口調で繕ったつもりだった。しかし、彼は走らせていた馬を突然止め、馬から降りた。


「え、何で?」

「宿を取ると足がつく可能性がある、今日はここで野宿しよう」


そして、私のことも強制的に馬から下ろし、黙々と野宿の準備を始める。


「蒼天、だから私は大丈夫だって……!」

「大丈夫じゃないだろ。強がって隠すな。どこ怪我してんだ?」

「……え?」

「息が上がって、汗が止まらないなんて、怪我している証拠だろ」


彼には、本当に何でもお見通しだ。


私は、観念して、服の裾をゆっくりと捲った。

王宮で青鶏国の兵士が放った矢が太腿を掠った時にできた傷から、血が溢れ出し膿のようになっている。傷の存在を直視した途端、現実味がわき起こり、じわりと生々しい痛みを感じた。


「……こんな傷、何で言わなかったんだよ!」

「王宮から出た時に痛みはなくて。馬に乗ってたら段々……」


蒼天は、私の言葉に大きくため息をつきながら、彼自身の服の裾を破り捨て、私の太腿に強く結びつけた。


「……ごめん。ただでさえ、蒼天に迷惑かけているのに、これ以上、足手纏いになりたくなかったの」

「俺にとっては、陽華が怪我を隠してる方が十分迷惑だけどな」

「……っ!」

「忘れたのか。俺は、林峻から、『お前を守れ』って命令されてんだ。そして、守るっていうのは、傷一つけるなってことだ。林峻に会った時に、お前が怪我してたら、俺がどつかれるだろ」

「……」

「だから、俺のために、お前は自分のことだけを考えろ」


そう言って、止血作業を終えた蒼天は、水が確保できそうな場所と食べ物を探しに森の奥へ消えていった。


蒼天に任せるばかりで、何の頼りにもならない自分自身の無力感に襲われる。


しかし、今の私では彼の力になれることは何もない。

今は、体調を回復させることが最優先だ。

明朝には万全に出発できるように整えなければならない。

蒼天は何も言わないが、これ以上時間を無駄にする余裕がないことは確かだろう。


蒼天がいなかったら、今頃私はどうなっていたのだろう……という疑問が、ふと脳裏に過った。私一人では、馬でここまで走ることも、「黄亀国」に身を隠すという考えも、森の中で食料を調達することもできなかったのではないのだろうか。


あんなにも外へ行きたいと思っていたのに、現実はこの様だ。

私は、一人で生きる手段を持ち合わせていない。その事実に酷く打ちのめされた。


その後、食糧を調達してきた蒼天が戻り、集めた薪に火をつけながら、その周りを囲んだ。


私の目の前では、大きな肉の塊が焼かれている。

こんな大きな肉を一体どうやって食べるのだろうか、と呆然と考えていると、私の隣で、蒼天が豪快に兎の肉にかぶりついた。


「……!!」

「ん、どうした?早く、陽華も食べろよ」

「そ、そうやって食べるの?」


驚きで目を見開いて固まる私を蒼天は肉にかぶりつきながら見つめ返した。

やがて、私の言葉の意図を悟った彼は、「あ〜〜」と何かに納得した様子で、懐の小刀を取り出して、焼かれた肉を削ごうとした。


しかし、蒼天に甘えるわけにはいかない。

「大丈夫だから」と彼を制止し、見よう見真似で、目の前の肉に勢いよく噛みついた。


「不味くても我慢しろよ」


その言葉の意味がわからず、私は首を傾げる。


「王宮では絶対に食べることがないような肉だからな」

「美味しいよ。蒼天が獲ってきてくれたのに不味いわけないじゃん」

「……っ!」

「でも、こういう時でもお腹は空くし、ご飯を食べて美味しいって思うんだね」


お祖父様は、私の目の前で殺された。王宮から逃げて、この先どうなるのかもわからない。

こんな暗闇の状況でも、人は普通にお腹が空くことが不思議で、そんな自分にどこか呆れてしまう。


「こういう時だからこそだろ」

「え?」

「お腹が空くってことは、お前がこんな中でも諦めず“生きよう”としている証拠だ。全てを諦めた人間は、まず食べる気力から失う」

「……」

「お前、やっぱり強いな。さすがじゃじゃ馬姫と呼ばれてただけある」

「ちょっと、そんな呼び方してたの、蒼天だけでしょ!?」

「はは、そうだっけ?」


励ましてくれたと期待した私が馬鹿だった。

そうだ、蒼天は隙あらば、私のことを揶揄ってくるのだった。こういう時くらい、真剣になってもいいのにと思うものの、外に出てから、初めて心の底から笑えたような気がした。


この関係こそが、私と蒼天のいつもの距離だ。

王宮でのあの平和で退屈な日々を象徴するような。


「そうだよ!だって、蒼天と違って朔夜は私のことっ……」


――朔夜は私のことを「天使みたいだった」と言ってくれたことがある。

そう言おうとして、ハッと思い返すように、言葉を飲み込んだ。


「朔夜が何だって?」

「……」

「ってか、朔夜は無事なのかな。あいつ絶対お前のこと心配してるぞ」

「……」

「陽華?」


黙ったままの私に、心配そうに蒼天は首を傾げる。


「朔夜は、私のことなんて心配してないよ。だって、お祖父様のことを殺したのは……」

「……?」

「朔夜だから」

「……え?」


蒼天は目を丸くしたまま、口をあんぐりと開けて言葉を失った。


「おいおい、その冗談はさすがに笑えねえよ」

「冗談じゃないよ。この目で見たの」

「……嘘だろ。それじゃあ、あいつが青鶏国のスパイで裏切り者だったってことか?」

「わからない」

「そしたら、あいつがお前を見つめるあの視線は何だったんだよ。全部演技だったって言うのか?」

「……どういうこと?」

「いや……、今のは忘れてくれ」


蒼天は、私の言葉をちっとも呑みこめていないようだった。

それはそうだ。私だって、本当はまだ“信じたくない”のだから。でも、朔夜自身に直接言われてしまったのだ。自分が殺したのだと。


「陽華は大丈夫なのかよ」

「……え?」

「その……、お前、あいつのこと好きだっただろ」


「うん。今も好き」


私が誤魔化さず正直に答えたことで、蒼天は不意を突かれたような顔をした。

これまでは、彼にどんなに指摘されようと、朔夜を慕っていることは否定してきた。

認めるのが恥ずかしくて。彼に知られるのは、もどかしくて。


「あれは悪い夢だったんじゃないかって、今でも思う」

「……」

「だから、私は知りたいの。なぜ、朔夜がお祖父様を殺したのか。そして……、私に近づいたのも最初から別の目的があったのかって」

「いいのか、例えそれでお前が傷つくことになっても」

「知らないままの方が怖いから」

「……」

「それに、私には朔夜が本当に悪い人だと思えないの」


私が木から落ちて、朔夜に出会った日。

あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。


あの時から、既に決まっていたのだろうか。

いずれ、私たちを裏切り、お祖父様を殺すことを。

それであれば、あの出会いは偶然ではなかった可能性も出てくる。最初から全て嘘で塗り固められていたとしたら。


私が見てきた朔夜は全て偽りだったのか。


どうかーー、そうでないことを確信したかった。

あの日の出会いだけは、いや、これまでの朔夜との時間が嘘ではないと信じたい。

その答え合わせをするためには、今回の事件の全てを知らなければならないのだ。


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