23.組紐
以前、王宮にいた女官たちが意中の相手に贈るプレゼントの話で盛り上がっているのを片耳に挟んだことがある。
白魚国では、戦場へ赴く兵士へ、「無事に帰ってきてほしい」という思いを込めて、剣柄につける組紐のお守りを贈ることがあるらしい。
その話を聞いた時、蒼天に贈るならそれしかないと思った。
私を守るために、赤蛇国から一緒に逃げ出してくれた彼に、普段は恥ずかしいから、面と向かっては言えないけれど、感謝の気持ちを伝えたかった。
風嶽なら、この類のプレゼントを沢山貰ってきているだろうし、どこで買うべきか、どんな物が良いか、実際に使う人の視点で意見を貰えるだろうと思ったのだ。
しかし、「組紐のお守りを買いたい」と風嶽に相談すると、彼は答えた。
「陽華ちゃん。それはね、買うんじゃなくて、作るんだよ」
「そうなの……!?」
「そう。紐を買って、あとは自分で結って作るの」
あまり手先が器用ではない自分に作れるだろうかと、不安に思っていると「ついて来て」と行き先を告げられないまま、風嶽に腕を引っ張られた。
そのまま、彼の後についていくと、暗い路地裏の喫茶店にたどり着いた。
階段を降りて、ドアを開けると店内はまだ薄暗く、人の気配も全くなかった。
どうやら、開店前のようだ。
「蘭瑤、いる〜?」
しかし、風嶽が名前を呼ぶと、店の奥の方から眠たげに目をこする女性が出てきた。
先ほどまで、眠っていたのだろうか、元より妖艶な露出のある服が少しはだけており、女の私でもドキッとするような色っぽさがある。
「まだ開店前なんだけど〜」
「ごめん、ごめん。でも、頼みたいことがあってさ」
「何〜?女の子途切れて寂しくなっちゃった?でも、私、今そういう気分じゃ……」
自然な動作で風嶽の体に腕を絡めた彼女は、風嶽の後にいた私の存在に気づき、パッと手を離す。
先ほどまで、眠たげだった目は、見開かれている。
「えっ!何、新しい子いるじゃん!」
「あ、いや、彼女は……」
彼女は物珍しそうに、私の頭からつま先まで視線をじっと見定める。
「へ〜〜。珍しいね。こんなピュアそうな子と付き合うなんて」
「ははっ。陽華ちゃんに手なんか出したら、俺の命はないだろうね」
どうやら、私と風嶽の関係を勘違いされているようだ。
しかし、反対に風嶽とやたら親しい様子の彼女は一体何者なのだろうか。
「まあ、一旦その話は置いといて、 頼みっていうのは、彼女に教えてほしいんだ。組紐のお守りの作り方を。蘭瑤、客のためによく作ってやってるよね」
「別にいいけど、なんで?」
「大切な人に贈りたいんだって、彼女が」
すると、彼女は好奇心満面の笑みで、目を輝かせた。
「え〜!何、まさか意中の人とか!」
「いやいや、違います!そういうのじゃないですけど」
「うんうん。いいね、若い子のそういうのキュンとしちゃう」
咄嗟に否定をするも、彼女は聞く耳を持たず、一人盛り上がってしまう。
そんな彼女に「いいよ!教えてあげるから、こっちおいで」と促され、半ば無理矢理に部屋の奥へ連れていかれた。助けを求めるように、風嶽の方を振り返るも、彼はいつもの笑顔を浮かべて「いってらしゃ〜い」と口パクをして手を振るだけだった。
この人、人が振り回されているのを見て楽しんでいるに違いない。
そして、彼女に促されるまま、椅子に腰を下ろすと、奥からゴソゴソと探し出して、小箱を持ってきた。
その中には、柄や色の違う紐とそれを結うための道具が入っていた。
「はい、じゃあまずは色選びからね〜。どれがいい?」
「えっと……」
私が机の上に広げられた沢山の紐の種類に悩んでいると、彼女がアドバイスをくれた。
「相手のことを思い浮かべた時、どんな色がイメージできる?」
その言葉に、頭の中で蒼天を思い浮かべる。すると、一つの紐が目に止まった。
それは、まるで青空のような蒼く綺麗な色をした紐だった。
「これにします」
「お、いいじゃん〜!綺麗な蒼色。なんでそれにしたの?」
「彼の瞳の色に似ているなって。彼に初めて会った時、青空をギュッと閉じ込めたみたいな素敵な色だなって思ったんです。それくらい印象的で」
「……やっぱり、好きなのね。彼のこと」
「だ、だから!そういうのじゃないです。でも……」
「……?」
「大切な人なんです」
「ふ〜〜ん」
彼女は、私の返答に満足そうに微笑み、別の紐を使って、手本を見せるように結い方を教えてくれた。
私も、彼女の手の動きを真似るように、紐を結んでいく。
そして、最後に、小さな鈴を紐に結んだ。鈴には、邪気払いの効果があり、あらゆる災いからその人を守ってくれるというらしい。
「できた!!」
出来上がった組紐を掲げると、チリンチリン……、という音が微かに鳴った。
蒼天は、喜んでくれるだろうか。
林俊から貰った大切な剣に、この組紐を結んでくれるだろうか。
正直、この組紐を見た蒼天に不格好だと笑われるような気もしていた。
蒼天とはそういう男だ。繊細さのかけらもないのだから。でも、それでも良い。
彼が、このお守りを結んでくれるのであれば、それで十分だ。
「蘭瑤さん、ありがとうございました!」
「いいのよ。こうやって、誰か一人のために、組紐を作るなんて、素敵じゃない。羨ましいわ」
不器用な私を見捨てず指導してくれた蘭瑤さんへ感謝を伝えると、彼女はどこか切なげな笑みを浮かべた。
「あの、1つ聞いてもいいですか?」
「……?」
「風嶽と蘭瑤さんって、恋人なんですか?」
すると、彼女はきょとんとした様子で、言葉を失った。
しかし、それも束の間、彼女は目に涙を浮かべながら、声を上げて笑い始めた。
「恋人!?あははっ、可笑しくて笑っちゃうわ。ないない!あいつとそんなこと、あり得ないよ〜〜」
「じゃあ、どういったご関係なんですか?」
「寂しい時に、お互い慰めるだけの関係」
「慰めるって、どういう……?」
すると、彼女はぴたりと笑うのを止めて、私の隣に座り、グイッと一気に距離を縮めた。
彼女の指が私の体をなぞるようにツーっと伝い、その感触がくすぐったくてビクッと体が跳ねる。
そして、気づくと彼女の顔が目の前に近づいていた。
私は思わずギュッと目を閉じると、首元にチクリと痛みが走った後、再び彼女の笑い声が聞こえた。
恐る恐る目を開けると、彼女は再び目に涙を浮かべて笑っていた。
「可愛い〜〜!安心して。獲って食ったりしないから」
「で、でで、ですよね。びっくりしました」
「でも、慰める関係って、こういうことだよ」
その言葉の意味を理解した途端、恥ずかしさで一気に頬が熱くなった。
反対に、蘭瑤さんは何てことのないように、ふう、と大きく背伸びをして、キセルを手に取ると満足げに煙を吐き出した。
「人に期待しすぎると、裏切られた時に傷つくのは結局自分だからね」
「……」
「誰にも干渉しすぎず、ほどほどの関係がちょうど良いのよ。それは私だけじゃない、風嶽も同類の人間」
そう語る蘭瑤さんの横顔は、どこか愁いを帯びていた。
そんな彼女の横顔をじっと見つめていると、外から「そろそろ終わったかな〜」という風嶽の声が聞こえてきた。
「外を散歩してたんだけどさ〜、もう飽きちゃって」
「ちょうど作り終わったわ〜、綺麗な蒼色の組紐」
「へ〜〜!いいね。あいつの瞳の色にしたのか」
彼は、私の手の中にある組紐を興味深そうに覗き込んだ。
「ちなみに、俺のは?」
「え、ないけど」
「そっか〜〜。残念」
「風嶽は、既にいっぱい持ってるでしょ」
「ははっ、バレたか。って、え?」
風嶽と話していると、彼の視線は私の首元のある一点で止まった。
「あれあれ、まさか、蘭瑤手出してないよね〜?」
その問いに蘭瑤さんははて?とそ知らぬ顔で首を傾げる。
私は、風嶽の言わんとすることを汲み取れずにいると、彼が私の首元に触れた。
「キスマーク」
「……え?」
「だから、キスマークついてる」
「え!!!???」
私は、思わず首元を隠すように急いで手で覆った。
変わらずキセルを蒸す彼女は「やっぱり授業料の対価は貰わないとね〜」と、イタズラに成功した子供のように笑っている。
「は〜〜。陽華ちゃんを1人にした俺も悪いけどさ〜〜。本当に油断しちゃだめだよ。蘭瑤は、可愛い子なら女子も対象だから」
「え〜〜〜〜〜!!!???」
驚きのあまり叫んだ声は、お店中に響き渡った。




