24.弱点
風嶽と休憩がてら茶屋に入り、ゆっくりお茶とお菓子を嗜んでいた。
蒼天へのプレゼントを作るために、協力してくれたので、そのお礼に細やかだけれどご馳走をしようと思ったのだ。
今も外に出る時は、マントを被るようにしている。この髪色は白魚国でも、よく目立つようで、マントがないと、周囲から好奇の目でジロジロと見られることが多かった。
白魚国は、鳳凰の力により王族の血筋には”斬撃の力”が宿ると言われている。
治癒や保護のように、目に見えてわかりやすい力ではないが、この国の王族の血を引く者は戦場に置いて、到底人の力とは思えないほどの武力を発揮するのは、このためだと言われている。
以前、兵士たちが、凛雨さんが一捻りしただけで、敵の体が弾け散ったのを見たと誇らしげに彼女の強さを語っていた。
この国では、戦場で強い人が偉いという考えが染み付いている。
だから、鳳凰によってたらされる”斬撃の力”と言うのは、王族がこの国を統治する上で、欠かせないものなのだろう。
現に、この国は武力の力で他国を制してきた歴史がある。
「それで、陽華ちゃんたちは、これからどうするの?いつまでも、ここにいるつもりはないんでしょ?」
「そろそろ、双子の兄を探しに行こうと思う」
実は赤蛇国の王女で、鳳凰の双子を探していることは、王宮内でも一部の人間にしか知らされていない。
傘玄さんの部下の中でも知っているのは、風嶽のみで、他の兵士たちは、私たちのことを、凛雨さんの遠い親戚だと思っている。
「でも、なかなか凛雨さんから合格点を貰えないんだ」
「合格点……?」
「私は、いつも守りに入りがちで、”選択することから逃げている”って言われるんだけど、それが、よくわからなくて」
「ああ、それなら。凛雨様が指揮を取る戦場で戦った時、思ったことがあるよ。あの方は、成し遂げたいもののためなら、犠牲を厭わないって。それを選択というのなら、確かに陽華ちゃんには難しそうだ」
「え、なんで?」
「だって、君は、優しすぎるじゃん。そういう人は、選択することを躊躇う。全てが平等に大切だから」
「……」
ーー全てを守って、女王になります。
初対面で凛雨様に自分の意思をぶつけた日のことを、ふと思い出した。
あの時、凛雨様には青二才だと鼻で笑われたが、今もその思いは変わっていない。
「全てを守ろうとするのは、良くないってこと?」
「ん〜〜、良くないことはないんじゃない?理想論ってだけだよ」
「……!」
何気なく放たれた「理想論」という言葉が私の心にグサリと刺さったことに、風嶽は気づいておらず、「おじちゃん!団子もう一個ちょうだい!」と注文をしている。
そして、出された団子を頬に頬張りながら続けた。
「でも、勝つために何を捨ててるのか、選択できる凛雨様は、戦場では頼もしかったよ。だから、これから国を取り戻すために戦うっていうなら、そういう覚悟も必要だって言いたいんじゃないかな、凛雨様は。俺の勝手な想像だけどね〜」
「……」
「まあ、あの方は、家族も恋人も全員戦争で亡くしてるから、元より失うものもないのかもしれないけど」
「え……!?」
驚きのあまり、私は彼の言葉を遮るように声を上げた。
本当、このような大切なことを、事も無げに話すのは、彼の悪い癖だと思う。
「あれ、知らない?凛雨様、10年前の戦争で、当時、王だった父と、第一継承者の兄、そして軍人だった恋人を亡くしてるんだよ」
「そんなこと、知らなかった」
「まあ、俺も伝え聞いた話だから詳しくは知らないけどね。当時の戦争に参加していた軍人はほとんど生き残ってないし。今も一線で活躍してるのは、傘玄くらいだよ」
考えてみれば、あの若さで、しかも女性が王に即位しているのは珍しい。
ここに来てから、彼女以外に白魚国の王族に会ったことがなかったのは、そもそも凛雨様以外存在しないのだとすると納得がいく。
ずっと不思議だった。彼女があそこまで、”大切なものを守るには、時に犠牲が必要だ”という理由が。
まるで全てを守ることはできないと、初めから否定されているような気がして。もしかしたら、過去の経験が凛雨様に影響を与えているのかもしれない。
その後も、茶屋でゆっくりしていると、奢りだからと調子に乗った風嶽が団子を永遠にお代わりしかねない勢いだったので、茶屋を出て帰路に着いた。
曲がりなりにも私より年上なのに、遠慮というものを知らないのだろうか。
王宮に到着して、私は風嶽にお礼を告げた。
「今日は、ありがとう。おかげで、良いプレゼントを用意できた」
「いえいえ。またいつでも2人でデートしようね〜」
「蒼天、喜んでくれるといいけど」
「あれっ、今の言葉サラッと受け流された?」
「……うん」
「ははっ、俺の些細な冗談にも反応するところが可愛かったんだけどな〜。残念」
この半年近くで、風嶽との接し方は大方わかってきたつもりだ。
こちらの反応を楽しんで絶えず冗談を入れてくるが、それに反応したら彼の思う壺だということも。たまに核心を突くような鋭い一言を放つが、それさえもあの軽薄な笑みを浮かべながら話す。
そう、何を話すにも、彼の表情は一貫しているのだ。
その口元には常に笑みが張り付いているて、たまに彼の真意がどこにあるのかわからない時がある。
「ねえ、君たちは、本当に恋人じゃないの?」
「もう、風嶽まで何?蒼天は、私の初めての親友で幼馴染だって言ってるじゃん」
「ふ〜〜ん。まあ、君たちの関係は、恋人なのか、幼馴染なのか、親友なのか、主従なのか、それとも、名前のない結びつきで繋がれているのか、どれでもいいけどさ……」
「……」
「替えの効かない存在がいるのって怖くない?」
初めてだった。彼がいつもの軽薄な笑顔を浮かべずに、真っ直ぐにこちらを見つめてくるのは。夕日が彼の顔を照らしているせいか、瞳の奥に宿る切なさを際立たせる。
「陽華ちゃんはさ、あいつがいなくなったらって、考えたことはある?」
「……え?」
ーー蒼天が、いなくなる?私の前から?
そんなこと、考えたこともなかった。蒼天はいつも当たり前に私のそばにいたから。
「ははっ。そんなこと考えたこともなかったって顔してるね」
「だって、いなくなるなんて、そんなことあり得ない……し、」
「この世に絶対なんてことはないよ。例えば、あいつが死んだら?」
「……死ぬ?」
「そう。そしたら、君は、大事な親友も、自分を守ってくれる護衛も、幼い頃からの大切な思い出を共有する人も、全てを失うんだ」
彼は私の反応を窺うように、じっと見つめてくる。
その眼差しに、自分の動揺が見透かされるような気がして、思わず目を逸らす。
「俺にとっては、すごい不思議なんだ。どうして、そこまで他人に自分を預けられることができるのか」
「……」
「君たちの関係は、危険だよ。片輪が壊れたら馬車まるごと崩壊しかねない」
そんなことを言われたのは初めてだった。
それに、私が蒼天に自分を委ねている自覚も、まるでなかった。
母を亡くして、広い王宮で一人寂しい日々を送っている時に、彼が現れた。
そして、一人だった私は、いつの間にか、蒼天と一緒にいるようになって、楽しくて。
気づけば、10年も一緒にいた。蒼天のいる日々が当たり前だった。
それだけだった。
「風嶽にはいないの?風嶽が言うような、その替えのきかない存在っていうの」
「いないよ。というより、作らないさ。そういう人がいると、自分が傷つくだけだからね」
彼は、私の言葉に被せ気味に答えた。
「それに、俺は誰かの替えのきかない存在にもなれはしない」
「……」
「だから、蒼天が羨ましいね。君みたいに思ってくれる人がいるなんてさ」
その声に、先ほどの蘭瑤さんの言葉を思い出した。
ーー「誰にも干渉しすぎず、ほどほどの関係がちょうど良いのよ。それは私だけじゃない、風嶽も同類の人間」
本当にそれが良いと心の底から彼は思っているのだろうか。彼の寂しげに揺れる瞳を見ると、とてもそのようには思えなかった。
「そもそも、この世に替えのきく人なんて、1人もいないよ」
「……?」
「蒼天は蒼天以外に替われる人はいないし、私も私以外に替われる人はいない。もちろん、風嶽も風嶽だけ」
彼は一瞬、私の言葉に意表を突かれたように目を見張ったが、すぐにその瞳に暗い影が落ちた。
「さっき、僕、『君は優しすぎるから、全てが平等に守ってしまうだろう』って言ったよね」
そして、先ほどの寂しげな影を落とした表情が見間違いだったのか、彼はいつもの仮面を被ったような笑みを浮かべた。
「でもさ、陽華ちゃんにも、唯一例外がある」
「……?」
「もし、俺と蒼天どちらか一人しか助けられないってなったら、どっちを選ぶ?」
「それは……、私はどっちもっ……!」
「どちらも助ける方法を探すは、なしだよ」
まさに言おうとしていた言葉を、彼に塞がれてしまい、私は再び口を閉ざす。
「わかるだろ。誰もが替えのきかない存在だなんて、綺麗事だって」
そうして、彼は「プレゼントきっと喜ぶよ」という言葉を残し、先ほどまでの会話がなかったかのように、この重たい雰囲気を無視する調子で「じゃあね〜」と軽く手を振りながら立ち去った。
「僕と蒼天、どっちを選ぶ?」と聞かれたあの声が、私の頭の中で反芻していた。




