2.鳥籠の中の王女と金髪の少年
「陽華さま!!どこですか〜〜!!」
王宮の使用人たちの「またか……」と不満の色を滲ませながら、私のことを探す声が聞こえてくる。
けれども、今日こそは見つからない自信があった。
というのも、誰が想像できるだろうか。木の上に身を隠していることを。
私は、今日こそ王宮の外に出るのだと息巻いていた。
街で食べ歩きをしてみたいーー。外には色んな美味しいご飯があると聞いた。
本屋というものにも行ってみたいーー。伝記から物語まで沢山の種類の本があると聞いた。
一面に水が広がるという海も見たい、その先にある水平線、
――そして地平線というものも見てみたい。
何ひとつ視界を遮るもののない世界へ。この壁に囲まれた王宮という名の監獄から外に。
今日初めて、その夢を叶えーー、
「陽華!」
その時、外の世界に思いを馳せる思考を遮るように、聞き馴染みのある声が私の名前を呼んだ。
まさか……と思いつつも、恐る恐る木の下を見ると、そこには、呆れた様子の蒼天が木の上の私を見上げるように、腕を組みながら立っていた。そんな彼とばっちりと目が合い、もう逃れることはできなかった。
ああ、今日も見つかってしまった。
「げ……」
「何だよ、その反応。人を幽霊でも見たかのように」
「ねえ、何で?何でここにいるってわかったの!?」
「あのなあ、俺が何年、陽華の護衛やってると思ってんだよ。お前の思いつきそうなことくらいお見通しなんだよ」
そう。私の『王宮脱走計画』が毎度失敗するのは、この男のせいである。
虎 蒼天。赤蛇国の第一軍隊に所属する最年少の軍人で、私が8歳の時に、年齢が近いからという理由だけで、私の「遊び相手兼護衛役」に就くこととなった。この大陸では珍しい、輝くような金色の髪に、透き通るような蒼い瞳を持っている。
聞くに、蒼天は遠くの地から奴隷として、この大陸に連れて来られたところを、奴隷船を取り締まっていた”赤蛇国第一軍隊”の隊長である”虎 林峻”に保護され、養子として引き取られた過去があるらしい。
といっても、彼の容姿を持ってしても、美しい儚さを感じさせるものはなく、幼い頃からあの屈強な軍隊で揉まれていたからか、紳士さのカケラもない非常に豪胆な男だ。
「受け止めて!!」
「は!?」
私が、蒼天を目掛けて木の上から飛び降りると、彼は慌てながらも腕を広げて私の体をキャッチした。いつの間にか私より一回り二回りも大きくなった体に思いっきり体重を預ける。
「急に飛び降りるなよ!危ないだろ」
「でも、蒼天なら絶対受け止めてくれるでしょう?」
「ったく、人を何だと思ってんだよ……」
「何って……。私の護衛で、腐れ縁の生意気な幼馴染で……、何より私の一番の親友」
「……親友、ね」
「……?」
「それは光栄ですねえ。一国の王女様に“親友”と認めてもらえるだなんて」
一瞬、寂しげな笑みを浮かべたように見えたのは、気のせいだったのか、すぐに揶揄うような視線を落とした。この男、私のことを「一国の王女」だなんて思ったこともないくせに、よくそんな冗談が言える。
「まあ、今日も見つかっちゃったことだし。諦めて部屋に戻るわ。じゃあ……、」
ここはひとまず退散しようと、逃亡を諦めたふりをして、蒼天の元から離れようとするも、私の髪が彼の方へ引っ張られた。どうやら、彼の服のボタンに引っかかってしまっているようだ。
髪の毛、頑張って綺麗に伸ばしているから嫌だな……と思いつつも、細々と髪の毛を解く方が面倒という気持ちがギリギリ勝り、髪の毛を引っ張ってちぎろうとした。
しかし、それを察知した蒼天に慌てて止められる。
「お、おい……!」
「……?」
「何やってんだよ」
「何って、髪が絡まったから」
「おいおい。王女ってのは、普通もっとお淑やかで女の子らしい生き物じゃないのか?」
「悪かったわね、お淑やかな女の子じゃなくて!」
しかし、そう文句を垂れながらも、蒼天は絡まった髪の毛をゆっくりと解き始めた。
私は、彼のその決して器用とは言えない指先をじっと見つめる。彼の指は太くて皮が厚く、そしていくつもの剣だこができている。
「陛下が悲しむだろ。お前の真紅のような赤髪は縁起が良い色だと言って、気に入ってるじゃねえか。それに……」
「……?」
「あいつに褒められて、嬉しかったんだろ?綺麗な髪だって」
私は思わず、ギクリと背筋を伸ばす。
「……べ、別に、そういうわけじゃ」
「嘘つくなって。あの日以降、柄にもなく髪を伸ばし始めたくせに」
「……な!!」
図星だった。しかし、蒼天の前でそれを認めるのは癪だった。
最初は、家族とも周囲の誰とも似つかないこの赤髪が好きではなかった。しかし、あの人に褒められてから、この赤髪を好きになれたのだ。
そうもしている間に、いつの間にか彼の手によって、髪の毛はボタンから解けていた。
「そういうのじゃないから。勘違いしないで!!」
私は、髪が完全に解けたのを確認して、その場から逃げるようにそそくさと立ち去ろうとうとしたが、蒼天は私の腕を掴む力を一向に弱める気はない。
「そ、蒼天……?」
「だから、陽華の考えてることは、お見通しだって言ったよな?」
その瞬間、容易く彼の右肩に担ぎ上げられた。
まるで、米俵のような担ぎ方で扱いの酷さに衝撃を受ける。
私だって一応女子なのに。少しは配慮してくれてもいいではないか。
「は!?ちょっと下ろしてよ!」
「いやだね。どうせ、また逃げる気だったんだろ」
「……そ、そ、そんなことは」
「ああ、やっぱりな」
「ねえ、もう今日は逃げないから、下ろして!大人しくしてるから〜〜!」
何度も言うが、この男は繊細さの微塵もない、非常に豪胆な男で、これまで私を王女扱いしたことなど、一度たりともないのだ。でも、この窮屈な王宮で、それが心地よかったりするのは、調子に乗られるのも癪なので、蒼天には一生内緒だ。
私は力では敵わないと、抵抗するのを諦めて、大人しく担がれることにした。
すると、蒼天がふと私に尋ねてきた。
「なあ、どうして……、そんなに外に出たいんだ?」
「え?」
「陽華も、あと少しで18歳。成人したら、赤蛇国の王女として、国民の前でお披露目の儀もあるし、その時に外の世界を少しは見られるだろ」
この国では、王女は成人を迎えるまで、国民にお披露目をしないという決まりがある。不用意の王女の存在を明かせば暗殺者に狙われる可能性が高まるので、存在そのものを王宮の中に隠すのだと、以前お祖父様に聞いた。
だから、私の存在は王宮を出入りできる極一部の人間にしか知られていない。
そのせいで、生まれてこの方、異様なほどに、大切に、まさしく雛鳥のように王宮の中で育てられてきたのだ。
「私はね、自分の足で外の世界を旅したいの」
いつか、そんな日が来ることを、信じている。
鳥籠の中から、羽ばたける日を。




