18.秘めた思い
私たちは、本殿から暫く歩いたところにある、寂れた平屋の別邸に案内された。
暫く、人が住んでいないようで、全体的に薄暗く埃が被っているが、居間に料理場、いくつか部屋も分かれており、しっかりした造りをしていた。
庭には農園として、野菜を育てていた痕跡もあり、この敷地だけで、生活が完結しそうなほど十分に備えられていた。
私たちは、早々に、掃除に勤しんだ。
2人で掃除をするには、広すぎて時間がかかってしまったけれど、日が暮れる前には、それなりに綺麗になった。
そして、夜になると、ここまで案内してくれた従者が夕食を持ってきてくれたので、炎の灯った囲炉裏を囲いながら、私と蒼天は夕食を共にして、各々の寝室に決めた部屋で眠りにつこうとしていた。
しかし、布団の中で、私は眠りにつくことができず、ただ天井を見つめていた。
疲れているはずなのに、こうして目が覚めてしまうのは、今日の出来事が原因だろう。
ーー守護の力。
私は、両手を天井に挙げて、自分の手を見つめる。
信じられなかった。本当にそんな力を使うことができるなんて。
どうやって使ったのか、覚えていない。けれども、あの時「守りたい」と強く願ったことだけは覚えている。
その思いが通じて、力が開花したのだろうか。
ぐるぐると頭の中で考えてしまい、眠ることができないので、夜風でも浴びようと、部屋の窓をゆっくりと外に押し開けた。
窓のサッシに手をかけ、夜空を見上げると、綺麗な星空が広がっていた。
ここが本殿から離れており、辺りに灯りが少ないからだろうか。星が眩く輝いている。
「……綺麗」
「陽華?」
私が、思わず呟くと隣から蒼天の声が聞こえた。
思わず、窓から身を乗り出して、隣の部屋の方を確認すると、そこには同じく窓の外を見る蒼天がいた。
「蒼天も、起きてたの?」
「ああ。慣れない布団だと眠れなくてな」
「珍しいね、普段どこでも寝られるタイプなのに」
「ま、まあな」
蒼天の調子がいつもより元気がないような気がして、私は話を続けた。
「星、綺麗だよね」
「ああ。白魚国は標高が高いからな。空気が澄んで、空も綺麗に見える」
「あのまま、王宮の中にいたら、こんな景色を見ることなんて、一生なかったのかな」
外の世界で生きていくのは、想像以上に過酷だ。
現に、誰の助けも借りず、私1人では既に野垂れ死んでいただろう。
でも、過酷な世界だからこそ、稀にこういった景色を見ることができるのだ。
安全な世界に篭っていては、見ることのできないような。
「ねえ、こっち来ない?」
「……え、いや」
私は、サッシをコンコンと叩いて、蒼天を誘うも、彼は何故か困ったような返事をした。
「何でよ。寝れないなら一緒に星見ようよ」
「ここからでも一緒に見れるだろ」
「それはそうだけどさ……」
同じ星空でも、壁一つ違えた場所から見るのと、隣で見るのは違うじゃん……と思うも、その思いはあまり蒼天には伝わらないらしい。
彼がこちらに来ないならと、私は自分の部屋を出て、隣の蒼天の部屋を思いっきり開けた。
「おい……!なんでこっち来るんだよ」
「一緒に見たいって言ってるのに、蒼天が来ないからでしょ」
蒼天を端に寄せて人一人分のスペースを開けてもらい、隣に立って窓の外を眺めた。
隣では「しょうがねえな」と言いながらため息を吐いている。
嬉しかったのだ。蒼天も起きていると知って。
一人眠れず、寂しかったから。
「ねえ、前にもこういうことあったよね」
「……?」
「月が一番大きく見える日があるって聞いて、絶対見たいって、3人で夜にこっそり王宮の一番高い階にある部屋に忍び込んで、小さな窓から肩を寄せ合いながら見たの」
「ああ。よく、そんなこと覚えてるな」
「覚えてるよ。すごく、楽しかったんだから」
確か、あの時は、大きな月を見たいという私に、蒼天が一緒に見ようと提案してくれたのだ。
結局、夜に抜け出したことが大人たちにバレて、3人並んで叱られたけれど。
それも含めて良い思い出だ。
「俺は、あの後、林峻から「陽華様を夜に連れ出して何してるんだ!」って、めっちゃ扱かれたけどな」
「え、嘘!?」
「本当。あの時、今度からは絶対バレねえようにしようって心の中で誓ったな」
「そこは普通、「バレないようにしよう」じゃなくて、「もう、こんなことはやめとこう」ってなるところでしょ」
昔のことを思い出しながら、ひとしきりお腹を抱えて笑い合った後、また夜の静寂が訪れた。
「……なあ」
「ん?」
「さっきの不意打ちをつく作戦、どうやって思いついたんだ?」
「それは……、気合いで閃いたの!」
「……」
誤魔化してみたものの、蒼天からは、疑い深い様子でじっと凝視された。
私が、あんな作戦思いつくなんて信じられないと思う理由もわかる。
だって、あの王宮に閉じ込められていた私は、戦の作法だなんて滅法詳しくないのだから。
やはり蒼天に嘘をつくことはできないと、私は、観念して話し始めた。
「昔、教えてもらったの。異国の物語を読んだ時に、主人公の勇者が強敵である魔王と戦う場面があって。「どうしたら、主人公は勝てるの?」って聞いたら、弱い者が強い者に勝つには、真正面から戦っちゃいけない。相手をじっくり観察し、不意をつくことが1番だって」
「……」
「その時のこと、何故か急に思い出して」
そんな些細なこと、ずっと忘れていたのに。
蒼天が危機に瀕した場面で、その日の言葉が脳裏に浮かんだのだ。
その異国の物語をこっそり持ってきてくれた彼の優しい笑顔と共に。
あの物語の詳しい内容も、結末も、もう思い出せないのに、隣にいた彼の笑顔だけは鮮明に覚えている。
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話すだけ話して満足したのか、陽華は隣で船を漕ぎ始めた。
そして、定位置を見つけたかのように俺の肩にもたれかかり、そこで安心したように眠り始めた。
「はあ……」
本当に、人の気も知らないで。このじゃじゃ馬王女は本当に手がかかる。
「お前の中には、まだ朔夜がいるんだな」
先ほどの話の相手はきっと朔夜だろう。
陽華に沢山の本をこっそり与えていたのはあいつだった。
朔夜に裏切られてもなお、あいつを信じようとする陽華を見ると、怒りよりも先にやるせなさが押し寄せてくる。
ーーなあ、朔夜。何でお前はそんな酷いことができたんだよ。
陽華を傷つけるようなことを平気でできる奴だったなんて。俺はお前のこと許せない。
だけど、陽華は違う。多分、彼女は、お前を許す理由を探している。
俺は、隣でぐっすりと眠る陽華を肩に担ぎ上げようとして、思い直し、姫様抱っこのように腕に抱えて、彼女の布団へと運んだ。そして、顔にかかった前髪をそっと撫でてかき分け、無防備な顔を見つめる。
透き通るような肌に、揶揄うと恥ずかしそうにしては、すぐに赤く染まる頬、静かにすることを知らないその口に、朔夜のために伸ばしていた、陽華の性格を象徴するような真紅の赤髪。その全てが、俺の胸の鼓動を速くさせることを、彼女は知らないのだろう。
今まで、「綺麗だ」だなんて言葉、一度も口にしたことはない。
そんな言葉、朔夜みたいな男が言うから様になる言葉で、俺には似合わない。
もし、俺がそう口にしたとて、あいつは「何か企んでいるのだろう」と思って、間に受けてはくれないだろう。
もしくは、「体調でも悪い?」とか言って、本気で心配してくる姿が簡単に想像できる。
陽華を一番に守る護衛として、そして、時に何でも愚痴をこぼせるような彼女の気の置けない幼馴染として、側にいられるそんな関係を築いてきたはずだった。
あの日から、俺の目的は、”彼女を守る”それだけだった。
「それで十分だと思っていたはずなんだけどな」
思わず乾いた笑みを溢しながら、その場を立ち去ろうとした時、脇腹に大きな痛みが走った。
服を捲ると、包帯の上から血が滲んでいるのがわかる。
先ほど、傘玄さんと戦った時に負った傷だ。
夢鈴さんに”治癒の力”を使ってもらったものの、傷が大きすぎたのかなかなか回復しなかったのだ。
彼女も「普通なら止血して、傷跡も薄くできるはずなんですけど。おかしいですねえ」と、力が全然効かないことを不思議そうにしていたが、流石の彼女でも治癒できないほどに、俺は怪我をしていたということなのだろう。
この様じゃ、この先彼女を守れない。
あの日を繰り返さないために、俺はここにいるんだ。そう、自分に言いつけて、部屋を後にした。




