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緋凰の王女〜愛する人に裏切られた王女は、幼馴染の護衛と国を取り戻す〜  作者: 杉下桃
3章〜白魚国・前編〜

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17.それぞれの師匠

その後、私たちは場所を移し、王宮の謁見室に案内されたが、夢鈴さんは、「私はお二人を送り届けるまでが仕事ですから」と、歩いてきた旅路を戻っていった。


彼女がいなければ、あの窮地を乗り越えることはできなかっただろう。

夢鈴さんには感謝してもしきれない。


そして、現在。

私たちの目の前には、豪勢な椅子に座る凛雨様。

そして、その後に傘玄と呼ばれていた男が変わらず控えている。


「お前たちが国を略奪され、追われている身ということはわかった」


私たちは、これまでの経緯を洗いざらい話した。

匿ってもらうためには、私たちのことを信じてもらわなければならない。


それには、まず最初に、私たちが彼女を信じて、正直に話す必要があったのだ。

全てを話した上で、協力を拒否し、青鶏国へ売られる可能性もないわけではない。だが、私たちはこの人たちに縋る他なかった。


「それで、我が国に来たのは何の関係が?」

「暫く、私たちを匿っていただきたいんです」

「ほお?」

「私は、赤蛇国を取り戻すために、女王になるという目的があります。そのために、双子の兄を探さなければならない。それまで、ここで保護していただきたいんです」

「国を取り戻すために、女王になるねえ……」

「……?」

「女王になることが目的でなく、女王になることは手段にすぎないというわけだ。それで、

お前が女王になった後は、どうするつもりなんだ」

「え……?」

「青鶏国から国を取り戻すには、大きな戦になるだろう。そうなると、領地への被害も甚大だ。その後、お前は荒れ果てた領地をどう導いていくんだ。お前に、女王になる覚悟はあるのか?」


女王になった後……。


国を取り戻すことが全てのゴールだと考えていた私にとって、それは突然の質問で、何も言葉を返すことができなかった。

国を取り戻すことさえできれば、対話をして和解をすることができれば。

また自然と平和な日々がやって来る、そういう風に思っていたのだ。


「それは……、でも、まず戦争は起こしません。対話で平和的解決を望みます。そのために、私は兄を探しているんです」

「甘いな」


何とか絞り出した言葉を、冷たい声で一刀両断された。


「血を流さずに、国を取り戻そうだなんて都合が良すぎる。この世は、何事も犠牲なしでは解決しない」

「でも、争いを避ける方法があるはずなんです。対話さえできれば、きっと分かり合える!だって、相手も同じ人間だから」

「それで、お前は信じられるのか。自分の国を襲った相手のことを、自分の祖父を殺した相手のことを」


その言葉に、脳裏に朔夜の顔が浮かんだ。


「……信じます」


すると、凛雨様は乾いた声で笑った。


「でも、向こうはお前を信じないだろうね。結局、決裂して戦になるさ」

「……」

「まあ、いい。要求は飲もう。傘玄相手に面白いものを見せてもらったからな」

「……本当ですか!ありがとうございます!」


まさか、こんなにすんなりと要求を受け入れてくれるとは思ってもいなかった。

首の皮が一枚繋がり、安堵のため息を漏らす。


「ただし、その前に、一つ聞いておきたい」

「何でしょうか?」

「なぜ、あの時、そいつを庇った?」


凛雨様は、私の隣に座る蒼天に視線を移した。


「なぜって……。そんな、守るのは当然じゃないですか」

「お前は女王になるんだろう?それなら、その考えは改めた方がいい」

「え……?」

「王とは言わば、戦の大将首と同じだ。お前が死んだその瞬間に、ゲームアウト。国を取り戻すことは叶わなくなり、負けが確定する。反対に、お前さえ生きていれば、勝ち目はある」

「そレは、目の前に窮地の人がいても、見捨てろっていうんですか!?」


勢い余って、立ち上がった私を、珍しく蒼天が座るように諌めてくる。

私は、自分が熱くなっていたことに気づき、促されるがままに腰を下ろした。


「王の命とはそういうものだ。だから、国のために、何百人、何千人が犠牲になっても、生き残らなければならない。……例え、大切な人が死のうと」

「……」

「それに、お前もわかっているだろう。それくらい」


凛雨様の見つめる先には、蒼天がいた。

普段なら、相手が誰であろうと気に入らないことは食ってかかる蒼天が、今は、伏目がちになって、ただ黙っていた。


ーーなぜ、黙っているの。いつもみたいに反論してよ。


それじゃあ、まるで、凛雨様の言っていることに納得しているみたいではないか。


「それなら、王とは一体何なのでしょうか」

「……何が言いたい?」

「王は国の安寧と平和を守るための存在だと思っています。でも、犠牲の上にしか、成り立てないだなんて。そんな王に意味はあるんでしょうか」

「……」

「私は、誰も犠牲にはしません。誰も殺させやしない。全てを守って、女王になります」

「……!」


その言葉に、この部屋に静寂が走った。

暫くして、凛雨様が乾いたような笑みを溢した。


「全員を守るね……。青二歳だな」

「……」

「まあ、いい。その崇高な矜持がいつまで続くのか見てみようじゃないか」


そして、凛雨様は、部屋の隅で待機していた従者に私たちを部屋まで案内するよう告げて、その場から出て行こうとした。傘玄という男も、その後を追う。

しかし、彼女は扉の前で足を止めて、振り返った。


「今のお前が兄を見つけ出して、国に戻っても、簡単に首を取られるのは目に見えている。まずは、自分の知力と武力を鍛えた方が良い。だから……」

「……?」

「ここにいる間、私が女王としての戦い方を教えてやる。焦りは禁物。戦の基本だ。だから、兄探しはその後だ」


そして、体を翻し、颯爽とこの部屋から立ち去っていった。

突然の言葉に唖然としていた私は、既に背中を向けた彼女に向かって、慌てて「あ、ありがとうございます!」と返したものの、彼女が再び振り返ることはなかった。


厳しく棘のある言い方で、正直相いれないところもあるが、こうして私たちを匿うことを受け入れ、助言をしてくれるところを見ると、信頼できる人なのだと思う。

彼女を目の前に対峙した時の威圧感には、腰が引けそうな思いになるが、女性が一国を治めるには、それほどの力が必要だということなのだろう。


そもそも、私がこうして反論してしまったのは、自分の脇の甘さを見透かされだ。

凛雨様に「女王になった後」のことを尋ねられれて、何も答えることができなかった。


国を取り戻して、私が女王になるのであれば、責任を持って、国を導いていかなければならない。

今の私には、その覚悟が足りていないということを、彼女の言葉で自覚させられてしまったのだ。


だから、私は知りたいと思った、彼女のそばで。

ーー”女王になる覚悟”というものを。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「あの……!!」


俺の言葉に、前を歩いていた2人が振り返る。

俺は、上がった息を落ち着かせるように、その場で一呼吸置いた。


先ほど、謁見室に陽華と2人、残った従者に部屋に案内されそうになったところを、その場で少し待っていてほしいと告げて、追いかけてきたのだ。


「傘玄さん!俺を強くしてください」


振り返ったうちの1人が俺の言葉に、眉間に皺を寄せた。


「陽華が凛雨様から教育を受けている間、俺に稽古をつけてくれませんか」


思わず、力強く自分の拳を握りしめる。


悔しかったのだ。さっき、陽華を守るどころか、守られてしまったことが。

あの日のようなことは二度と起こさないと決めていたのに。

そのために、必死に強くなったつもりだった。いつでも、陽華の盾にもなれるように。


しかし、さっきの件で実感した。

このままでは、あの日と同様のことが起きてしまっても可笑しくはない。


それも、俺が弱いばかりにーー。


「あいつを守りたいんです」


目の前に、これほどに武力に秀でた人がいるのだ。

赤蛇国の誰よりも、そして、あの林峻でさえも上回るであろう軍人が。

自分でもらしくないことはわかっている。それでも、俺は、藁にもすがる思いで、必死に頭を下げた。


「明日6時。訓練場」

「……え?」

「俺の軍隊の訓練がある。ついて来れなければそれまでだ」


俺は、その言葉にハッと顔を上げた。今、自分の顔が喜びで緩んでいることがわかる。


「ありがとうございます!」


そして、再び頭を下げた俺に、 傘玄さんは静かに、しかし力強く言葉を放った。


「お前の剣は、独りよがりに見えた」

「それは、どういう……」

「その意味がわかれば、強くなれる」


その言葉を残して、傘玄さんは凛雨様と再び廊下を歩き始めた。


遠くなる背中を見つめながら、俺は考えていた。独りよがりの剣……、とは一体どういうことだ。

俺の戦い方に問題があると言いたいのだろうか。


その場で、思考を巡らせても、結局その意味はわからなかった。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


いつものように俺の1歩前を颯爽と歩く我が主人、凛雨の背をじっと見つめていた。


「何か言いたいことでもあるのか?」


俺の視線に気付いた彼女に尋ねられる。


「あなたらしくないなと思いまして」

「らしくないとは?」

「自ら指導を買って出るなど」


ただし、彼女がなぜそのようならしくない行動を取ったのか、心当たりがないわけではなかった。

陽華と名乗ったあの少女、初めて会ったような気がしなかった。なぜならーー。


「昔の自分と重ねているのですか」


似ているからだ。若かりし頃の凛雨に。

世界を知らないからこそ、世界を信じている純粋なあの眼差しが。


俺の言葉に、廊下を闊歩していた足取りが、突然立ち止まる。

しかし、依然視線は前を向いたままだ。


「さあな」

「……」


そして、再び歩き始めた彼女の後ろを俺は一歩下がって追いかける。

この距離が、彼女の側で一生仕えると決めた日から、俺にとって必要な距離感だった。

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