16.女王のお出まし
明らかに、蒼天が不利な状況が続いていた。
一度大きく太刀で突き飛ばされた後も、必死に立ち向かっているものの、男は意にも介さず、蒼天の攻撃を避け続けていた。
”あの男に傷を一つでもつけたら勝ち”
このルール自体、よくよく考えてみればこちらに不利な戦いだった。
相手は必要以上に攻撃を仕掛ける必要はなく防御に振り切ればいいが、こちらが勝つには、攻撃を仕掛け続けなければならない。こちらの体力だけが削られていくようなものだ。
――「蒼天さんの足を引っ張るだけです」
先ほど、蒼天に駆け寄ろうとした私に、夢鈴さんが投げかけた言葉がずしりと胸に落ちる。
蒼天でも敵わない相手に、私の力では何一つ及ばないことは明白だった。
今、必死に戦ってくれている蒼天の力になることすらできないなんて、自分の無力さに情けなくなる。
しかし、その時だった。
蒼天が男に突き飛ばされ、物凄い勢いで床に転がったのは。
「蒼天っ……!!」
その場で、なかなか立てずにいる蒼天に、男はゆっくりと近づいて行く。
まるで、最後だとでも言わんばかりの雰囲気に、最悪の状況が脳裏を過ぎる。
あの男、これまで蒼天に太刀を殺す勢いで振り翳していた。
あれをまともに受けてしまえば、重症どころでは済まないーー。
「夢鈴さん」
「……何でしょう?」
「よく狩りに行くと言ってましたよね。弓矢が得意なんですか」
「ええ、まあ。気配を消して動物を仕留めるのは得意ですが……、なぜ今そんなことを。って、まさか!」
「今から、急いで作戦を伝えます。協力してもらえますか」
「……え、ええ。わかりました」
先ほどから、あの男と蒼天の戦闘を見ていて、私はある違和感を覚えていた。
それを利用すれば、力量差のある私でも、かすり傷一つならつけられるかもしれない。
成功する確率は低い。けれど、ここで見ているだけでは、この状況は好転しない。
ーーこの作戦に賭けるしかない。
夢鈴さんに作戦を伝えた後、私はすぐさま蒼天の元へ走り出した。
男が蒼天に向けて太刀を振り翳した瞬間、私は、彼を庇うように、目の前に立ちはだかる。背後からは、「陽華!!!逃げろ!!!」という蒼天の焦る声が聞こえてきた。
しかし、その時、目の前の男の腕が一瞬止まった。
――思った通りだ。
この男は、女性に武器を振るえない。
というよりも、“私”を戦闘対象として認識していないのだ。
そして、私は、持っていた長剣を男に向かって突き出した。
当たるかどうかはどうでもいい。
これまで剣を振るったことがない私の力で、狙い通りに剣を突き刺せるわけがないのだ。今の狙いは、“私が攻撃しようとしている”ことに男を注目させること。
しかし、その時、私にも一つ想定外のことが起きた。
私と蒼天を守るように、透明な膜が私たちを囲むように現れたのだ。
その膜は、男の腕を弾き出すように跳ね返し、その衝動で、男が持っていた太刀が、手から離れて飛んで行った。男の目に、初めて動揺の色が走る。
そして、完璧なタイミングで、“想定していた本命の攻撃”が男を狙った。
夢鈴さんが男に向かって矢を放ったのだ。
“私の攻撃”と”謎の膜”に気を逸らされた男は、矢に気づくも反応が遅れた。
避けようとするも間に合わず、彼の腕に矢が掠った。
男はその傷をじっと見つめている。
「傷……ついた!」
それを確認できた瞬間、私は緊張から解き放たれ、安堵の思いからその場に崩れ落ちた。
それと同時に、私たちを囲っていた膜のようなものはシャボン玉のように弾けて消えた。
「陽華!!大丈夫か!!」
「大丈夫。力が抜けただけ」
蒼天が、崩れ落ちた私のことを抱えながら、心配そうに見つめてくる。
私なんかよりも、自分の方が酷い怪我をしているのに。
そこに、弓矢を置いた夢鈴さんも駆け寄ってきて、すぐさま蒼天の怪我を“回復の力”を使って、治癒を始めてくれた。きっと完治はできないが、幾分か痛みがマシになるだろうということだった。
「どうして、自ら飛び出てきた」
「……え?」
ずっと黙っていた男が、初めて自ら話しかけてきたことに、驚きを隠せなかった。
「その作戦で勝機はあると思ったのか」
「正直、賭けでした」
私は、足に力を入れて、立ち上がり、男と視線を合わせた。
「あなたは、最初から“蒼天”しか見ていなかった。私と夢鈴さんは元より対象から除外されていた。まあ、当然です。軍人同士の戦いに、私たちが割って入れるわけないですから。でも、あなたは自ら視野を狭めた。それを利用したんです」
「……」
「それに、戦闘中、私たちを落下物から庇ってくれましたよね。その時、確信しました。私たちは、あなたにとって攻撃対象じゃない。そして、戦闘中でも女性を反射的に守ってしまうような人だと」
蒼天が壁に叩きつけられた衝動で天井の灯りが落下してきた時、彼は太刀で落下物を薙ぎ払い、私たちを庇ったのだ。戦闘相手だと認識していたら、そんなことはしないだろう。彼は私たちをこの戦いを”見守る者”と認識していたのだ。
「とはいえ、私みたいなのが真正面から戦って勝てるはずがない。なので、不意打ちをつきました。それが、弱い者が強い物と戦う時の定石ですから」
そして、私の読みは当たった。
実際に、彼は太刀を振りかざすのを躊躇したーー、しかし。
「あの膜が出てきたのは想定外でしたけど……」
「あれは、“守護の力”ですよ」
蒼天の治癒を終えた夢鈴さんが、言葉を挟んだ。
「……え?」
「お話しましたでしょう。赤蛇国の王族が使える力。それを覚醒させたんです。蒼天さんを守りたい一心で」
「……」
「それは、もう非常に尊い。愛ですね♡」
「夢鈴さん!!、あ、いった!!」
蒼天は、顔を真っ赤にして狼狽えながら、声を荒げた。しかし、そのせいで、痛みが走ったようで脇腹を抱えている。私は、そんな蒼天を支えるように駆け寄った。
「蒼天、安静にして!大きな声出すと痛むでしょう」
「は?なら、お前がちゃんと否定しろよ!ツッコまないと恥ずかしい感じになるだろ」
「な、何を?」
「何をって……。それは、そのあ、愛とか何とか」
「でも、蒼天を守りたい。その一心だったから。あながち間違いじゃないでしょ」
「あのなあ、お前なあ……」
「……?」
射るような厳しい眼差しを向けてきたと思えば、突然額を指で弾かれた。
「いったっ……!え、何で??」
「そういうこと他の男に言わない方がいいぞ。勘違いするからな」
「蒼天以外にこんなこと言う人いないし」
「だから、そういうところが良くないって言ってんだよ!!」
「は〜〜??」
いつもの痴話喧嘩に発展しかけたその時だった。
遠くから、パチパチパチ……、とゆっくりと拍手をする音が聞こえたのは。
私と蒼天はその音が聞こえる方へ視線を移すと、そこには銀髪の透き通るような綺麗な長髪を、一つに結び、氷のように冷たい瞳と雪のように白い肌を思わせる凛とした女性が微笑んでいた。
「最初から見ていたぞ。まさか、私以外に傘玄に傷をつける奴がいるとはな」
「……!」
「面白い女だ」
彼女は、バルコニーから階段を降りて、段々とこちらに近づいてくる。
その圧倒的なオーラに気を取られている間に、いつの間にか私たちのすぐ目の前で彼女は足を止めた。
「傘玄、お前も油断したな」
「……」
「いつも、自分で言っているだろ。戦場では油断が一番の命取りだと」
「かたじけないです」
先ほどまで、勇ましく見えた傘玄という男も、この女性と並ぶと雨に濡れた子犬のように、縮こまって見える。
いや……、到底そんな可愛い生き物に例えられるわけがないのだが。
ただし、それほどに、突如現れた目の前の女性には有無を言わさぬ存在感があった。
気づけば、男は女性の後にさっと、一歩下がっていた。
そして、銀髪の女性は、私をまじまじと見つめる。
「お前は、赤蛇国の王女と言ったな」
「はい。藍 陽華と申します」
「ようこそ。我が白魚国へ。私がこの国の女王、雪凛雨だ。お前を歓迎しよう」
そう言って、彼女はふっっと小さく笑い、口角を僅かにあげた。しかし、その目の奥には私を探るような色が浮かんでいた。




